第26話


「いくすたよー!」

「うん!」


 天井近くに浮かんだすたおが叫ぶ。

 応答する私は、マジカル★デスルームの床から1メートルくらいの高さを飛ぶ。


 すたおは、提げた袋から紙片を降らせる。

 はらはらと、紙吹雪のように舞うそれを、


「――はっ!」


 私はゆったりと飛んで真下へ移動、右手でキャッチする。


「ナイスすたよ!」

「えへへ……!」


 笑みを交わす私たち。

 飛行のレッスンは、次のステップに進んでいた。


 前回、思わぬ失敗をしてしまった私だったけれど、本日の再チャレンジで無事成功。

 なお、その際、私の懇願によって飛行レッスンの時は星司さんはすたおになって、私より(正確には私のスカートより)下の位置にいないこと、という約束を締結した。


 そうして迎えた、次のステップ。

 方向転換や加速・減速を織り交ぜた、紙吹雪キャッチのレッスンである。

 自由自在に飛ぶための基盤を固めるのだ。


「じゃあ、次いくすた!」

「うん! どんどん来て!」


 すたおが次々と紙片を降らせる。

 縦横無尽、とはさすがにまだ言えないながら、なんとかキャッチングを続ける。

 追いつけず、手が空を切ってしまう時もあったけれど、五枚、十枚、とスコアを伸ばす。


「ラストすたっ!」

「やあっ!」


 ぱしっ、と最後の一枚をキャッチ。

 床に降り立ち息をつけば、すたおもやがて降りてきて、私のキャッチした紙片を確認。


「……二十枚中、十一枚! 初めてでこれは、とっても上出来すた!」

「ホント?」

「すたっ!」


 どうも、星司さん的には、正体をばらした後でも『ドリーミィ・スター』・『鳥海星司』・『すたお』のキャラ分けはきちんとしなきゃいけないみたいで、つられて私も、中身は星司さんだと知りつつも、すたおにはフランクな口調で接してしまうのだった。


「ドリーミィ・スターは十枚だったすたから、加奈の勝ちすた!」

「そっかあ。えへへ……」


 すたおの言葉に、私はにまにまと相好を崩す。


 どうやら私は、飛行に関してやや適性があるらしかった。

 初回こそ、ちょっと暴走して失敗してしまったけれど、今はそれなりに様になっている気がする。


 なにより、飛ぶことはとても楽しかった。

 このまま練習を続けて、いつか空を切って自由に飛び回る、そんな自分を想像するだけで、自然と笑顔になってしまう。


「うん、その気持ちが大事すた」


 と、すたおは頷く。


「魔法を、空を飛ぶことを……魔法少女を楽しむ気持ちが、魔法そのものにも良い影響を与えるんだすた」

「笑顔が魔法少女の力になる、ってことだね」

「すた! ……じゃあ、もう一番、いくすたよ!」

「うんっ!」



 * * *



 それに引き換え、ヴァーミリオン・セイバーとの魔力変性の模擬戦、『やられて覚える魔法操作レッスン』の進捗は、あまり芳しくなかった。


 最初のレッスンから、今日でおよそ一週間。

 村雨さんの都合もあるから、毎日レッスンできたわけではないけれど、合計で十本以上はチャンスがあったものの、未だに一本も取れていない。

 昨日もまた、詳細は必死に思い出さないようにするけれど、とにかくいろんな罰ゲームの餌食になってしまった。


 単純な話で、ヴァーミリオン・セイバーの構えた魔法の性質を把握し、相性の良い魔法を選択、変性させた魔力を集中、攻撃……という複合的なアクションを短時間で行わなければならないことに、私の頭と身体が追いつけなかった。

 もしかしたら、どんくさいタイプなのかもしれない。


「――それに、加奈ちゃん。結構プレッシャーに弱いよね?」

「うぐっ……」


 私の膝を枕にして、鋭く指摘したヴァーミリオン・セイバーは愉快そうに笑う。


 確かに、過去に私が失態を起こした時を思い出してみても、オーディションの面接の時とか、顔合わせの正体告白の時とか、プレッシャーというか、とにかくとても緊張していた場面だったことは間違いない。

 そういえば、受験の時の面接でも、多少噛んでしまった気がしないでもない。


 こう、「今!」というような差し迫った場面で、どうにも自分が言うことを聞いてくれなくなってしまうのだ。

 そういった感覚は、もしかしたら誰にでもあるものかもしれないけれど、私はそれが他人ひとよりも顕著なのか、あるいはその上でパフォーマンスを発揮できる程の器用さがないのか、いずれにしても、大きな問題にであるように思われた。


「そんな加奈ちゃんも可愛いとは思うけど、これじゃあ私から一本目を取るのは遠いし、正式なデビューはさらに遠いだろうねえ」

「ですよね……」

「おっと、気を落とさないでくれ。そうだね……自分に自信が付くようなシークレットレッスンも加奈ちゃんが望むならやぶさかでは、」

「ハイ、三分経ちましたよ」


 私は横たわったヴァーミリオン・セイバーの肩をグイと押す。

 ヴァーミリオン・セイバーは名残惜しそうに立ち上がり、以て罰ゲーム『膝枕(三分間)』が終わった。


「もう一本くらいやっておくかい?」

「はい、お願いします」


 私が杖を構えれば、ヴァーミリオン・セイバーもすっかり手に馴染んだ片手剣を構える。


「……まあ、何事も慣れだよ、慣れ。その内、自然にできるようになるさ」

「そうでしょうか……?」

「ああ、もちろん。私も、それまでいくらでも付き合うよ。ゆっくり行こう」


 そう言って、ヴァーミリオン・セイバーは涼やかに微笑む。

 いろいろと変なこともされているけれど、この人も、私のために時間を割いて付き合ってくれていて、そこについては心から感謝していた。

 尤も、


「そしてもちろん、それまでたっぷり罰ゲームを堪能させてもらうがね!」

「やっぱりですか!」


 レッスンは一刻も早くクリアしなければ、という決意はより強固になるのだけれど、結局その後も一本取れずじまいだった。



 * * *



「……でも、ちょっと問題よねえ」


 頬に手を当て、優花さんが溜め息をつく。

 今日のレッスン終了後、応接室に四人、お茶を飲んでいた時のことだった。


「リリプロさんとの契約、今年度で切れちゃうのよね、確か」

「……ああ」

「私はフリーだし、お世話になった星司先輩の頼みだから問題ないけど、向こうはそうもいかないからね」


 私の頭上を、なんだか難しそうな、オトナの会話が飛び交う。

 下手に詳細を尋ねてもいいものかもよく分からず、私はとりあえず気配を消しながら、所在無い手をお茶請けのお饅頭に伸ばす。


「時間はまだある……とはいえ、のんびりもしていられないが」

「次の段階いっちゃいます?」

「いや、飛ばすのはよくない。一個一個、確実に、だ」

「それなら――」


 ……自意識が過剰だったり被害が妄想だったりなのかもしれないけれど、私のレッスンの調子が良くないことに起因する何かを話し合っている。気がする。

 そうじゃないとしても、私のレッスンが捗っていないのは確かなので、申し訳なさやら不甲斐なさやら恥ずかしさやらで、どうにも居た堪れなくなってしまう。


「そうだ、分かったわ!」


 その時、優花さんが明るい声を放った。

 なんだろう、このパターン、私はあまり良い予感がしないのだけれど……

 不安な視線を優花さんに送ると、対する優花さんは『私に任せてっ☆』というようなウィンクを返してきて、申し訳なくも不安な気持ちが倍増してしまう。


「星司君と朱里ちゃんの言うこと、どっちもその通りよね。段飛ばしは良くないけど、とは言えこのままじゃタイムリミットが迫るばかり」

「うむ」

「そうだね」

「私の『加奈ちゃんマル秘画像ファイル』もパンクしてしまいそう」

「それは消してください」

「そこで!」


 私の言葉を無視して、優花さんが勢いよく立ち上がる。


「次の魔法レッスン……つまり、土曜日あさって! 加奈ちゃんが一本取れなければ!」

「け、ければ……!?」


 もう絶対、嫌な予感しかしないけれど、私が続く言葉を促せば、


「朱里ちゃんは! 日曜日つぎのひ、加奈ちゃんを一日好きにしていい権利をゲット!!」


 優花さんは拳を高く振り挙げて宣言する。


本当マジですか!?」


 村雨さんがガタッと立ち上がる。


正気マジですか!?」


 私も同時に立ち上がる。


「あ、もしかして用事あった?」

「いえ、ないですけど……! っていうか私の意見は!?」

「分かってるわ」


 優花さんが神妙に頷く。

 絶対分かってない!


「その代わり、加奈ちゃんが一本取れたら! その権利を星司君がゲットです!!」

馬鹿マジですか!?」


 私は再度叫ばずにはいられなかった。

 だってそれ……だってそれ!

 っていうか、当の星司さんはどう思っているのか、と一人押し黙ったままの星司さんを見れば、目を閉じて何やら思案顔のまま、数秒。


「……いいだろう」

「いいんですか!?」

「決まり、だね」

「決まりなんですか!?」

「じゃ、そういうことで!」

「そういうことなんですかー!?」


 こうして、もはや私がそういう星の下に生まれてしまったものとして泣き寝入りするしかないのか、流されるままに、私の日曜日を賭けた世紀の決戦がセッティングされてしまった。

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