第28話
来る土曜日――決戦の舞台である、ドリーミィ・スター魔法少女事務所地下、マジカル★デスルームには、いくつもの思惑が渦巻いていた。
「加奈! 特訓の成果、見せつけてやれ!」
師匠として、弟子の勝利を願う者。
「フッ、そう簡単にいくかな? 私にも魔法少女としての矜持が……おっと涎が」
勝利の先の報酬に垂涎の者。
「この日のために、手入れはバッチリよ!」
どっちに転んでも美味しいとばかりにビデオカメラを構える者。
そして、私は――。
「「 変身! 」」
私と村雨さんが魔法少女に変身する。
白と、紅が対峙する。
「ルールの確認だ。いつもの『やられて覚える魔法操作レッスン』を、三本。
その内、加奈が一本でも取れば、加奈の勝ち。一本も取れなければ朱里の勝ちだ」
「……はい」
私は返事をして、杖を握りしめる。
村雨さん――ヴァーミリオン・セイバーは、これまでと同様に紅の大剣を置き、代わりに片手剣を手に取り、
「こっちも、準備OKさ」
スッ、と構える。
「では……まず、一本目! 開始!」
星司さんの宣言と同時、ヴァーミリオン・セイバーは、片手剣に水流を纏わせる。
挑発的な微笑を浮かべ、
「さあ、どうくる!?」
と言えば、私も毅然とした笑みを返し、
「――こう、です!」
足元に烈風が渦巻く。
軽いジャンプで飛び立てば、ぎゅんっ、と一気に私の身体は浮上する。
「……ムッ!」
ヴァーミリオン・セイバーは眉間に皺を寄せ、即座に踏み込んで剣を振るけれど、その時には既に、私は剣の届かない場所へと退避。
「へえ……やるじゃない、かっ!」
賞賛の言葉を口にしながら、ヴァーミリオン・セイバーは跳躍し、私の杖を狙って突きを放つ。
「やっ!」
その攻撃を、私は横に加速してなんとか回避。
すぐさま体勢を整えて、追撃に備える。
それからも何度か、跳躍からの一閃が襲うも、私はそれらをことごとく躱す。
魔法を練る余裕はまだないけれど、全神経を加速と方向制御に集中しているおかげか、これまでの敗北の山がウソのように戦えている。
「いいぞ加奈! 特訓の時よりもいい動きだ!」
星司さんのエールが、私にさらなる力をくれる。
予め、「なるべく私の方を見ないでください」と厳命しておいたためか、視線がどこか遠くを見ている。
そんな星司さんに、私は自分の想いを、もう一度、強く感じる。
この戦いに懸ける私の想い。
それは、早く一人前の魔法少女にならなくちゃという向上心や、村雨さんに一日を捧げることの危機感なんかも、当然あったけれど。
でも、一番は――。
* * *
「そ、そっかー! 飛行キャラをつかえば、よかったんですねー!
……あ、ああっ!? これってもしや、つ、次の対決でも活かせるんじゃーっ!?
そんなっ、まさかっ、そういうことだったンデスネーっ!!」
「加奈、そんなことより次のステージだ」
「えっ? いやあの、もう気付きはちゃんと、」
「こんな名作をこれでオシマイなんてできるわけないだろう。次のステージはシナリオが最高で……ああもう貸せ!」
(私の後ろから覆い被さってゲーム機を握ってくる星司さん)
「きゃあああ!? なにっ、なにを!?」
「俺もやりたくなってきた。ステージクリアかミスしたら交代な」
「わ、分かりましたから!
一旦離っ――手っ! 顔っ!! 近いいいぃぃ……!!」
* * *
星司さんとやったマホコレは、楽しかった。
ゲームそのものの面白さも、あったとは思う。
けれど、『どんなゲームをするか』だけじゃなくて、『誰とゲームをするか』ということも、面白さを倍増させる大事な要素なんだって、気付いた。
そして、もう一つ。
私は星司さんと、こんな風にゲームで遊んだり、何気なくおしゃべりしたりとか、そういうことをしたことがなかったことにも気付いてしまった。
ずっと、レッスンばかりの、師匠と弟子の、魔法少女だけが繋がりの関係でしかなくて、それが、なんというか……
公私で連帯感を高めることがより良い師弟関係に云々、だなんて、言い訳を弄すことは容易いけれど。
素直に言ってしまうなら、私は星司さんと、普通の男女のように一日を過ごしてみたかった。
まあ、もちろん星司さんのことだから、一日自由権利で「これでみっちりレッスンできるな!」とか、そういう私の期待を完全スルーしたオチになってしまうのが、実際のところ大本命なんだけれども。
そうしたら、もう一歩、勇気を出してみてもいいかもしれない。
日曜はレッスンは休んで、遊びませんか――って。
私は自分の意志で、勝利を手にしたかった。
「――よしっ」
小さく呟く。
気持ちのこもった対決の中で、私はどんどん飛行のコツを掴んでいく。
心にも、余裕ができつつあった。
「これ、なら……!」
身を引きながら後ろへ移動、横薙ぎの一撃を躱す。
並行して、私は杖の先に熱風の弾丸を形成する。
今度はこっちの番だ!
「……フッ」
しかし、ヴァーミリオン・セイバーは不敵に笑った。
「星司先輩の入れ知恵かな? なるほど、私も踊らされてしまったが――それなら、こちらにも考えがあるッ!」
「えっ……!?」
ヴァーミリオン・セイバーが走り出す。
今までのような、跳躍したりだとか、あるいは剣を投げたりだとか、そういう手段ではなく、首を真上に向けて、ただただ真っすぐ、魔法を練る私の真下に滑り込み、
「ははははは! 絶! 景!!」
「きゃああーーーっ!?」
この期に及んでこの人はもう!!
叫びながら、私は必死に両手でスカートを押さえ込み、
「……あっ!」
しまった、と思った時には手遅れだった。
羞恥心と動揺で魔法の制御が疎かになっていたのか、スカートを押さえる際の動作で振られた杖の先から、熱風の弾丸が射出されてしまう。
解き放たれた弾丸は斜め下方向へと突き進み、誰もいない床の一部に命中した。
「加奈! 心を乱すな!」
「は、はいっ!」
星司さんの言葉に返事をするけれど、ハイと言ってすぐさま平常心になれるわけじゃない。
何より、右へ左へと移動してもヴァーミリオン・セイバーはピッタリと足元に張り付いていて、スカートを押さえる手が自由にならない。
とにかくなんとかしなくちゃ、と杖を握る右手だけでも離してみれば、
「チャンス到来! 逃さん!」
「ええ! 見逃せないわね!」
とヴァーミリオン・セイバーの眼が光るし、優花さんは出て行ってください。
「もうレッスンとかどうでも良くなってません!?」
「何を言う! これも立派な精神攻撃さ!」
「騎士キャラにあるまじきセリフ言わないでください!」
「ムムっ――見えたぞ! スカートの中は、」
「きゃーーっ! わーっ! わあわあーーっ!!」
ヴァーミリオン・セイバーの
杖を自由にしたところで、全力で心をかき乱されたら魔法なんて練れるわけない。
一体、どうしたら――。
「加奈ッ!」
ぐちゃぐちゃの頭に一筋の光が差すように、星司さんの声が届く。
「聞け! 大丈夫だ!」
「せっ、星司さん……!」
真っすぐに私の瞳を見つめる。
その眼差しが、その声援が、乱れた私の心を一つにして、私に力をくれる――
かと思いきや。
「内股にホクロがあろうがなかろうが、キミは俺の自慢の弟子だッ!!」
一瞬にして、場が凍り付く。
全ての音と動きが、マジカル★デスルームから消えた。
「……星司先輩。私、そこまでは見えてなかったです」
「星司君、さすがにそれは……」
二人が何とも言えない目で星司さんを見る中、私は、
「……う、ううう、うわああああーーんっ!!」
この最低な
足元に集中した風の魔法は、この間のロケット噴射をも上回るほどの、乱れに乱れた心模様を映し出したかのような暴風へと変貌し、爆発した。
「――くううッ!?」
私の真下にいたヴァーミリオン・セイバーは、嵐の攻撃を一番まともに受けたはずだ。
でも、その影響のほどを確認することはできなかった。
一方の私も、暴発の余波で跳ね飛ばされてしまったからだ。
「きゃあああーーっ!?」
まるで洗濯機に放り込まれたかの如く、上下も分からないくらいグルグルと回る。
このままだと、壁か床か、とにかく部屋のどこかに激突してしまう。
私は無我夢中で風を起こして勢いを殺し、どうにか足から床に着地する。
「っ……わっ、たっ、たあっ!」
けれど、完全に止められたわけではなくて、坂道を全力で駆け降りた後みたいな止まらなさでたたらを踏んでしまう。
結局このままじゃ壁にぶつかってしまうんじゃ――というところで、
「ッ……、と!」
「わヒッ!」
正面からガシッと肩を掴まれて、思わず変な声を上げつつも、私は遂に停止する。
顔を上げれば、至近距離に星司さんの顔があって、
「ひゃあっ!?」
と短い悲鳴を上げて、すぐさま身体を離す。
あんなことを言われた後なんだからまともに顔も見れないし、無意識のうちに両手がスカートの裾を固く握っていた。
「平気か?」
「う……はい」
失礼な反応をしてしまった気もしたけれど、星司さんは特に気を悪くした感じでもなく、いつも通りのトーンでそう訊いてきたので、私は首肯を返す。
そして、受け止めてもらったのは事実なんだから、と、
「その……ありがとう、ございます……」
遅れながら、ごにょごにょと言葉を口の中で転がすのだった。
「っ、痛たた……」
微かに聞こえてきたヴァーミリオン・セイバーの声に、ハッと気付く。
そうだ、途中から胡乱な方向に行きかけていたけれど、今はレッスン中だった!
しっかりやり遂げなきゃと振り返れば、ヴァーミリオン・セイバーは床に腰を下ろしたまま。
目が合うと、肩をすくめ、お手上げのポーズを取る。
「……はあ、まいったね、こりゃ」
ぼやくように呟いて、クイッと顎で示した先には、床に転がった片手剣。
さっきまで纏っていた水流は、なかった。
「魔法の暴発を剣でガードをしたのが悪手だったな」
「ええ。咄嗟だったので、つい、いつもの大剣の要領でやってしまいましたよ。正式なコスチュームと模造品じゃあ、魔法の定着力が全然違うのにね」
話を咀嚼すると、つまり、私の起こした暴風が、片手剣ごとヴァーミリオン・セイバーの水流の魔法を吹き飛ばした、ということなんだろうか。
だとしたら、それは。
「――加奈ちゃんの、勝ちーーっ!」
ビデオカメラを構えていた優花さんが、私の手を取って高く掲げる。
されるがままになりながら、私には勝ったという実感がなかった。
事故みたいな幕切れだったこともあるし、グルグル回されてた所為か、まだあまり頭がよく働いていない感じもあった。
「偶然とはいえ、結果は結果だ」
そんな私に、星司さんが片手を掲げる。
「やったな、加奈」
星司さんの、少しだけ誇らしげな顔を見て、簡素ながら心に沁みこむ賞賛の言葉を聞いて。
ようやく、喜びとか安堵とかの感情が湧いてきた。
ハイタッチに応じようと手を動かしかけて、はたとさっきのことを思い出す。
「……星司さん、私に、何か言うことは?」
「言うこと……?」
上目遣いにキッと睨むと、星司さんは眉根を寄せて首を傾げる。
もちろん私も、星司さんという男がどれだけデリカシーのない鈍感なひとかなんて重々承知している。
そもそも辱められた事実は揺らぎようのないものなんだから、もう腹いせに魔法でドカンとお仕置きするつもり満々であったのだけれど、
「――ああ。明日、映画でも見るか」
突然、そんなことを言われた。
「……はい?」
その答えは、本命でも対抗でも、大穴ですらない異次元から湧いて出たもので、私はパチパチと目を瞬かせる。
明日? 映画?
えっと……何の話……?
「加奈の明日は俺の自由なんだろう? だから、映画でも見に行こうか、と言ってるんだ」
紡がれた言葉に、私の顔は、今日のどんな辱めよりも真っ赤になってしまって、
「……」
「痛っ」
「……」
「おい、なんだ。映画、不満なのか?」
「……違いますけど」
「じゃあ何……痛っ」
顔を隠すように俯いて、杖の先っちょで星司さんをぷすぷすと刺してお仕置きということにした。
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