第29話
その日は、春の訪れを感じさせる、爽やかな晴天だった。
待ち合わせ場所の駅へと、私は早歩きで向かっていた。
時計を見れば、待ち合わせ時間の十一時まで、まだそれなりに余裕はある。
遅刻しないように急いでるというわけではなくて、なんだか自然と足が急いてしまうのだ。
駅目前のショーウィンドウの前で一旦立ち止まって、自分の姿を最終チェック。
カーディガンにワンピース、ぺたんこパンプス。白とピンクでまとめている。
シンプルな感じで、こう、あんまり気合が入り過ぎてないくらいに留めつつ、ちょっとくらいは、なんというか、「可愛いな」とか、思ってもらいたいな、という、まあ、虚しい努力です、ハイ。
髪型は、いつものショートポニー。
早歩きしていた所為か、ちょっと前髪が乱れちゃったかな、と手櫛で直してみて、ううんまた変になっちゃった、と引き続きぐしぐし。
たぶん、どっちも大差ないんだろうけれど、ちょっとのことに過敏になってしまっているみたいだ。
駅に着くと、目当ての人はすぐに見つかった。
ジャケットにシャツに仏頂面――大体いつもの三点セットで柱に背をもたれた、私の師匠、魔法少女ドリーミィ・スターこと鳥海星司さん。
今日は彼と、初めて、私的な用事で会う。二人で映画を見に行くのだ。
世間一般で言うところの、デートにあたるなにか、だと思う。
なんて、意識しだすと、頬がほんのり熱を帯びてきてしまっていけない。
「お、お待たせ、しました」
ぎくしゃくとそう言うと、
「いや、俺もさっき来たところだ」
まるでテンプレートな待ち合わせのやりとりを再現してしまい、なんだか無性に恥ずかしくなってきてプイと顔を逸らしてしまう。
しかし星司さんの方は、なぜか私のことを、上から下へ、また上へ、しげしげ眺めている。
「な、なんですかっ?」
慌てて尋ねてしまう。
何か変なところでもあったのだろうか、途端に不安になってくる。
「その恰好」
星司さんが、私をじっと見る。
もしや、星司さんともあろう者が、今日のコーデを褒めてくれちゃったりなんかして――!?
「『ティンクル☆リリィ』の十七話でユリ子が同じような服装してたな、と」
「…………はあ」
時々、この人は一発くらい、思い切り殴ってやった方がいいんじゃないかと思うことがある。
「はあ……」
「どうした、溜め息なんかついて」
「いえ……星司さん、私じゃなかったら、酷いメに遭ってますよ、きっと」
私の言葉に、星司さんは釈然としない感じで眉を顰めて、
「よく分からんが、なら、相手が加奈で良かった」
「~~っ!」
もう、どう考えても好意的な言葉ではまったくもってないのに、嬉しさを感じてしまう自分が恨めしい。
「お、電車来たな。行くか」
「……はい」
せめて悟られまいと、俯き加減で電車に乗り込んだ。
* * *
映画館を内包した大型ショッピングモールは、最寄りの駅からさらに、少し歩く必要があった。
「そういえば、今日見る映画って、どういうのなんですか?」
道すがら、私はそんなことを訊いてみるけれど、星司さんは
「着いてからのお楽しみだ」
と、なんか勿体付けてくる。
どことなく、こちらの反応を楽しんでそうな雰囲気がする。
うーむ、と私は顎に手を当てて考えてみる。
ちょっとオトナなラブロマンス映画で、がっつりとキスシーンなんか出てきちゃって、うわあ、ってドキドキしてると、肘掛けに置いた私の手に星司さんが手を重ねてきて、スクリーンの仄かな明かりに照らされて、そのまま私たちも――
なんて展開だけは、天地がひっくり返ってもあり得ないとして。
やっぱり本命は、魔法少女モノのアニメ映画ではないかな、と思う。
確か今は、朝にやっている魔法少女アニメの劇場版が上映中だったはずだ。
ほぼほぼ間違いない気がする。
「……まあ、それならいい、かな」
私は独り言つ。
年頃の男女で見る映画かと言うと、少し微妙な気がしないでもないけれど、相手はあの星司さんだ。
不思議そうに私を見る星司さんにふふっと笑って、私の足取りは軽くなるのだった。
* * *
『陽子っ……! 私、私っ……!』
『うん……いいよ、月乃』
『陽子っ! んっ、は、んうっ……!』
はわわわわ――と、私は声にならない小さな悲鳴を上げる。
スクリーンには、二人の魔法少女が握り合う手と、くっついたり離れたりし合う身体しか映っていない。
けれど、荒い息遣いと微かに零れる水音は、紛れもなく、
私の予想は、半分だけ当たっていた。
星司さんが渡してきた予約のチケットは、確かに、去年だったかに放送していたという魔法少女アニメのものだった。
ただし、放送時間は朝ではなく、深夜帯。
そういえば、映画の公開が迫っていた時に雛ちゃんも話題にしてた覚えがあった。
熱弁をふるって曰く、「ちょーエロい!!」、と。
「――こ、これ! 『R-15』って……!」
映画館に入って、半券を受け取った際に、私は星司さんに、そう詰め寄った。
中学生の女の子をR指定の映画に連れ込むなんて、一体何を考えてるのか!
いや魔法少女のことしか考えてないんだろうけれど!!
「ああ。誕生日、六月だったろう?」
「そうですけど、そうじゃなくって!」
誕生日を覚えてくれていた嬉しさも一旦脇にやって、私は真っ赤になって頭を抱える。
この朴念仁には、一体何と言えば伝わるのか。
「加奈……今の期間は来場者特典が貰えてだな」
「それの頭数ってことですか!?」
「互いにトレードできるし、魔法少女の勉強にもなる。一石二鳥だな」
「なんの勉強ですかあぁぁ……!」
……実際のところ、バリバリのアクションもあったし、ちゃんとした意味でアツいシーンもあったけれど、私の頭を埋め尽くしていたのは、完全に保健体育的な勉強だった。
星司さんはどんな表情で見ているのか、と隣をチラリと窺ってみれば、魔法少女について講義をする時や、レッスンの時に見せるのと同じ、真剣な眼差しをスクリーンに向けている。
過激なシーンに対する興奮だとか、照れだとか、そういう感情は少しもない。
――この人、本当に、『魔法少女』が好きなんだなあ。
充分に知っていたつもりだったけれど、改めてそう思って、私はちょっとの間、スクリーンではなく星司さんの横顔を、ぼんやりと見つめていた。
「――……っ!?」
くるり、と、突如として星司さんがこちらを向く。
バッチリ目が合ってしまった。
私は、突然の事態に顔を逸らすこともできず、固まる。
――っていうか、うわあっ、じっと見てたこと、バレた、よね……!?
内心で動揺しまくる私の、肘掛けに置いた手へと、星司さんの手が伸びる。
同時に、星司さんの顔も、こちらへと近づいてくる。
「――えっ」
これ、もしかして、本当に、そういう、私たちも、なの!?
「っ……!」
私は、ドキドキと高鳴る鼓動に全てを委ねるように、固く瞳を閉じる。
そして――
ぢゅううっ。
「……?」
ちゅっ、とかではなく、ぢゅうう。
不可解な音と、待てど暮らせど何も訪れない展開に目を開けてみれば、星司さんは肘掛けに設えられたドリンクホルダーから私のコーラを取って、飲んでいて。
「すまん。自分のが無くなった」
と、近づけた唇から小声で言って、体勢を元に戻す。
「……」
私は、なんというか、もう帰ろうかな、と思った。
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