第16話


「不合……格……?」


 私は思わず、その単語を繰り返していた。


 合格の通知が来るまでは、私も確かに、不合格そう思っていた。

 元々狭い門だったし、面接の惨状を考えても、それが当然か、との思いもあった。

 あの時も相当のダメージを受けたものだったけれど、改めて、合否を決める張本人から聞くのは、やはり、ショックが大きかった。


「……合否の基準、その二つ目」


 鳥海さんは、静かに続ける。


「それは、ドリーミィ・スターに対する『想い』の有無だ」

「……想い」


 再び繰り返す私に、鳥海さんは、顔を伏せた。


「……ドリーミィ・スターの正体が俺だと、男だと知れば、きっと皆、ショックを受ける。傷つけてしまう。夢を壊してしまう。

 それは、理想の魔法少女が……みんなの夢の星ドリーミィ・スターが、やってはいけないことだ」


 伏せた顔からは、鳥海さんの表情を窺い知ることは出来ない。

 でも、その声から伝わってくるのは、強い苦悩や葛藤。


 苦しんでいたのは、私だけではなかった。


 いつも笑顔で、どんな敵にも勇敢に立ち向かうドリーミィ・スター。

 その正体――落ち着き払って、泰然自若としている鳥海星司。

 どちらの姿からも想像できない、目の前の、頭を垂れて小さく震える肩に、私は言いようのない想いが湧きあがるのを感じて、胸元のスカーフを握った。


「……だから俺は、本当は、ドリーミィ・スターのファンをこそ不合格にするつもりだった。それが面接の焦点だったんだ」


 そこまで言って、一度口を噤んだ彼に、私は、何か言葉を掛けようとした。

 でも、それよりも先に、


「――だが!」


 と、鳥海さんは顔を上げ、一歩踏み出しながら、スカーフを握る私の手を両手で固く握った。


「……ふ、ええ!?」


 私は思わず、変な声を上げてしまう。


 だって、鳥海さんの手が、私の手を握ってて、胸の近くで、あんなすごいやつ着けてる胸の、近くで!

 顔だって、踏み込みが勢いあり過ぎて、こんな、こんな近くに! 息が、顔にかかりそうなほどに、近くに!

 私は途端にパニックに陥ってしまって、顔も、一気に真っ赤に染まってしまう。


「キミが……!

 俺が、最初に助けたキミが! 俺の最初のファンのキミが! ここに現れて!」


 いつもの淡々とした調子とは違う、激情の発露のようなその言葉を、私は初め、正しく認識できなかった。

 でも、頭よりも心が先に、それを感じ取ったのか、強く、強く高鳴っていくのが分かった。


「俺は……そう、嬉しかったんだ。心の底から、救われたようで……。

 あの時、思わず、声を掛けてしまう程に」


 『……それでは、健闘を』。

 あの日の言葉が蘇る。

 そっけない、事務的な一言だと、そう感じることすらなかった、何でもない一言。

 そこに込められた想いを知って、私の鼓動は、さらに強く、強く、鳥海さんに聞こえちゃうんじゃないかってくらいに、大きくなって。


「だから、俺は……キミだけは、騙したままではいけないと……いや、騙したままにしていたくないと、思ってしまった。全て、俺の我が儘だったんだ」


 私の瞳は、ツゥ、と涙を零しながら、陶然として鳥海さんを見つめていた。


 この気持ちを、今更、言い逃れることは出来ない。

 ドリーミィ・スターと鳥海さん。二つの存在は、私の中で、完全に重なり合っていた。

 奇しくも、優花さんの目論見通りになってしまった。

 そういえば、今まですっかり忘れていた鳥海さんのドリーミィ・スターカラーのパジャマも併せて、あの夢の時のように、本当にドリーミィ・スターに迫られているような錯覚すらしてくる。


「……私に、気付いて……?」

「当たり前だ!」


 力強く断言して、鳥海さんはもう一歩近づく。

 ふともも同士が接してしまうくらいの距離に、私の頭の中では、やはりあの日見た夢のように、第二のドリスタ♡ステッキが雨後のタケノコにょっきっきと次々聳え立つのだった。


「『わかな かな』――応募書類の、その名前も!」


 紡がれる言葉は、私たちを、十年前の桜の秋に戻すかのようだった。


「『どりーみぃ・すたーとおなじいろ』の髪も、『おなじしっぽ』の髪型も!」


 だって、それは、紛れもなく、


「――全て、何度も読み返した、……キミから貰った最初のファンレターに書いてあったままだったから!」

「……あっ、う、ううっ!」


 私はとうとう、嗚咽を堪えきれなくなった。


 お母さんにせがんで練習した、覚えたての平仮名であの手紙を書いた頃より、字は格段に上手くなった。

 背だって伸びた。身体も、多少は大人びたはずだ。

 でも、今、気持ちは少しも変わらない。


「っ……わたし……私、も!」


 泣き出してしまったのも当時と同じで、でも、抱き着くのは、ちょっと恥ずかしかったから、私はさりげなく、を真似してみながら、


「ドリーミィ・スターの……あなたの、の下で、『どりーみぃ・すたーみたいな 、すてきなまほうしょうじょになりたいです』……!」


 雨上りの虹のような笑顔で、そう、答えた。

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