第17話
「あの……あのっ! 星司さん!?」
私たちは今、カツカツと、事務所の廊下を歩いていた。
星司さんは私の手を握ったまま、私を引き連れて、ずんずんと先へ進んで行く。
先程の会議室で私が告げた言葉に、星司さんは「……ありがとう」と、小さく言った。
普通なら、そっけない一言だと思ってしまうかもしれないけれど、想いが通じ合った私には分かる。
あれは、万感の思いを込めた、トクベツな「ありがとう」なのだ……なんて。
さて、その直後、星司さんは踵を返し、私の手を引いて会議室を出た。
そのまま私は、頭の上のクエスチョン・マークごと、こうして連れられているのだった。
「これ、どこへっ……!?」
「決まっている。地下だ」
星司さんは前を見たまま、そう答えた。
「地下……!? えっ、な、何のために?」
事務所に地下室があったことにも驚いたけれど、今、一体何をしに行くというのか。
時刻は既に、次の日まであと一時間を切っているような段階だった。
私の質問に、星司さんは首をこちらに向け、当然、といった調子で言う。
「想いが通じ合った今、やることなど一つ、だろう?」
ボンッ――!!
と、これまででも最大級の真っ赤な爆音が私を襲った。
えっ、えっ……やることは一つ、って、えっ、つまり、そういうこと!?
「そんな、だ、ダメですよっ!」
私は慌てふためいて星司さんを止めようとする。
「何故だ?」
そんな私を、星司さんはわけが分からないとでも言うような表情で見つめる。
じっと見つめられると、私は恥ずかしくて、「あ、うう」とか、そんな言葉しか発せなくなってしまう。
だって、ほら、身体……は、優花さんのお家で貸してもらったお風呂で綺麗になって髪の毛からはほのかな
ほら、その、勝負的なナニカの準備……は、『この上なく気合入ってござい!』みたいなすごい
私の脳裏で、優花さんが『計画通り』と邪悪な笑みを浮かべていた。
でもやっぱりダメ! だって、いくらなんでも急すぎる!
他が良くても心の準備はまだだし、今のままじゃ流されるままというか、私だってこう、ちょっとはがんばってあげたいというか、でも年上の星司さんにリードされるのも私の琴線にストライクしているのは確かで……って私は何を言ってるの!?
それに、あまりにも急なんだから、この小説のセルフレイティングも『性描写有り』にチェックできてないし、このままじゃ青少年の健全な育成に暗雲が立ち込めて私たちも運営さんにBANされて……って私は本当に何を言ってるの!?
「加奈」
立ち止まって、星司さんが私を呼ぶ。
いつの間にか、二階分の長さの階段も降り終えて、部屋の前まで来ていた。
「……嫌、か?」
そう尋ねた表情は少し寂しそうに見えて、不覚にもきゅんとしてしまった私は、
「嫌……じゃ、ない、です……星司さん」
と、恥じらいながら答えた。
私の答えに、星司さんの表情がわずかに緩むの見ると、嬉しさと恥ずかしさで頬がさらに熱くなるのを感じてしまう。
「で、でも、そのっ、私、……初めて、なので、優しくして、いただけると……」
ごにょごにょと、そんなことを言えば、
「その保証は出来ないな」
と、星司さんはワイルドに一蹴。
それに対してすら、私はなんかもう、ときめいてしまうような始末で、
「……分かり、ました」
呟きつつ、星司さんの手を、ぎゅっと強く、握り返すのだった。
星司さんは頷き、扉を開く。
入り口は、階段を降りてすぐのところ。そこから先、地下のフロア全体が一つになっている、巨大な部屋だった。
上の階までぶち抜きで作られているのか、天井も、すごく高そうだ。
パタン、と扉が閉まる音に、私の鼓動は最高潮を迎える。
お父さん、お母さん、雛ちゃん、穂波ちゃん、担任の先生……ごめんなさい。
加奈は、オトナになります。
私が心の中でそう告げると、パチッ、と部屋の明かりがついて、私は、
「……へ?」
と、面食らってしまう。
その部屋は、異様という他なかった。
巨大な部屋の壁には、刀剣や鞭、鎖、あとなんだかよく分からないけれどおそらく武器の類いではありそうなあれやこれが所狭しと吊られている。
部屋の一部は大きな格闘技のリングになっていて、その床マットには、魔法陣のような模様が描かれている。
部屋の隅には、なんか木人拳の人形みたいなものまでいらっしゃる。
「……こ、ここで、する、んですか……?」
私はおそるおそる問いかける。
そりゃあ、想いが通じ合った人――星司さんとだったら、どんなトコロ、どんなシチュエーションでも、トキメキはあるけれど、私は、その、初めて、なのでして。
鞭や鎖を使って、とか、魔法陣の上で、とか、木人拳人形に見守られて、あるいはご参加いただいて、とか、そういうマニアックなパターンは、もっと経験を積んでからにしてほしいというか。
ま、まあ星司さんがどうしてもって言うなら――
「ああ。この場所こそが、魔法少女グレイテスト・バーストが作り上げた地獄の魔法少女トレーニング空間――その名も、『マジカル★デスルーム』!!」
と、いつまでもピンク色な私の頭に冷水をぶっかけるかの如き発言が着弾した。
「……なんて?」
わけが分からずきょとんとする私に、星司さんも少し目を丸くして、
「どうした? 師匠と弟子の想いが通じ合ったなら、一分一秒を惜しんでトレーニングを始めなければ、だろう?」
「……」
「師匠程スパルタするつもりはないが、優しくしてやれる保証はないぞ……容赦せず、ビシバシいくぞ!」
「……」
「返事はどうした、加奈!」
私は、自分の心が急速に冷え込んでいくのを感じた。
誰が悪いのかと言えば、まあ、一人で勝手に盛り上がっていた私にも責任の一端はあるのだろうけれど、そういう理屈で全てが通るわけじゃないのが、乙女心というやつなわけで。
「……すみません。急用を思い出したので帰ります」
私は冷たく告げて、扉を開けて出て行こうとすると、
「待て!」
と、手を掴んで止める鳥海さん。
「何故、急に!?」
「き、急用なんだから、急ですよ! っていうか、鳥海さんも『もう遅いから帰れ』って……!」
「おい、どうして呼び方を戻す!?」
「そっちですか!?」
思わぬところを拾われて、私は狼狽えてしまう。
「これは加奈が望んだことじゃないか!」
「何をですかっ! いつですかっ! 知りませんよ、私!」
「姉さんから聞いたぞ! 『
『その、私……ドリーミィ・スターと名前で呼び合うの、小さい頃から、ずっと夢見てて……!』
『そうなんだー。ふふっ、夢、叶えてあげちゃうね!』
優花さーーん!!
言ったけど! 確かに言ったけど、そうじゃなくて!!
「ほら、遠慮するな! 俺のこと、星司師匠と呼ぶんだ!」
「え、えんりょっていうか……! っていうか
「呼んでっ! 俺の名前! 『星司師匠』の名前をっ!!」
「そのリフレインだけはやめてくださいっ!!」
* * *
結局、扉の前に立ち塞がって「名前で呼ぶまで帰らせないぞ!」と子どもみたいなことを言い出したので、私は彼のことを、『星司さん』と呼ぶことになった。
こうして私は、晴れて(?)、ドリーミィ・スター魔法少女事務所と契約を交わしたのだった。
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