第3章 変身編
第18話
電球に照らされた、静かな地下の一室。
まだ外は日も高い時間帯なのに、地下の所為か、どこか密やかな空気に満ちている。
「では、いくぞ。……力を抜け」
「は、はい……」
星司さんの言葉に私は恐る恐る頷いた。
これから起こるコトに対する大きな不安と、それ以上の期待に、私の鼓動はドッドッドッと早いペースを刻む。
息遣いも、荒く、熱い。
「……ふっ!」
「んんっ――!」
星司さんが押し出したそれが身体に
身体を駆け抜けるほのかな快感に、私は抑えきれない声を漏らしてしまう。
「っ……ハアッ、これで、終わりだ……」
「は……早い、んですね……」
「まあな……」
一仕事終えたように額の汗を拭った星司さんはどこか満足そうで、私は身体をふるりと震わせて、はにかむのだった――。
* * *
「これで私、もう変身できるんですねえ……」
しみじみと呟く私に、星司さんは頷く。
私は今、魔法少女の雛鳥の最初の一歩、師匠から弟子への魔力の譲渡を終えたところだった。
事の起こりは、およそ十分前。
事務所に来た私に、星司さんは「これから魔力の一部を譲渡する」と言い渡した。
「魔法少女の変身は独力でも可能は可能だ。だが、魔力を
並んで地下の例の部屋へ向かいながら、星司さんは契約後の流れを説明する。
「よって、方程式が刻まれ、何度も使用されて馴染んだ魔力を師から弟子へと継承することで、スムーズかつ安全な覚醒を促せるというわけだ。
師匠はこれを『秘伝のタレを代々継ぎ足していくようなもの』と喩えていたが、まあ好きにイメージしてくれ」
そのようなやりとりを経て、先程、触れ合わせた掌から掌へと、魔力の譲渡を行ったのだった。
「――晴れて魔法少女の仲間入りというわけだな」
星司さんの言葉に、自然と頬が緩んでしまうのを感じる。
喜びとか、嬉しさとか、これからへの期待とか、そういったポジティブな感情が心に次々と沸いてくるようだった。
「だが、まだ入り口に立ったに過ぎない。厳しく鍛えていくから、覚悟してくれ」
「はい! ……で、星司さん、その」
「なんだ?」
私はおずおずと、待ちきれなくなってしまった子どもみたいに、それを打診する。
「『変身』っ……してみても、いいですか?」
そう――魔法少女の醍醐味と言えば、やっぱり変身だ。
今までの自分の殻を脱ぎ捨てて、全く新しい自分に変わる瞬間を、じっと我慢できる女の子なんていないはず。
そんな私の言葉に、星司さんは極僅かに口角を持ち上げる。
「ああ、いいだろう」
やった! 私は思わず、その場でぴょんと跳ねる。
ワクワクと胸を弾ませながら、一体どんな姿になるんだろうと、ほわほわ夢想する。
「ただし、最初は俺の指示通りにやってもらう。いいな?」
「はいっ!」
楽しみな気持ちが口から溢れてしまっているような、元気な返事の私。
星司さんは、ぴっ、と一本、指を立てる。
「『心を無にしろ』。
頭の中を空っぽにして、変身後のイメージだとか、誰か別の魔法少女の姿だとか、そういったものを思考から消すんだ」
「っ……は、はいっ!」
「それができたら、心に火を灯す感覚で、『変身』、と唱える」
私はコクリと頷いて、目を閉じる。
言われた通り、無心になろうと努めてみる。
「……」
「……」
だけど、これがどうにも、難しい。
「…………」
「…………」
可愛いコスチュームやアイテム、使ってみたいあんな魔法こんな魔法――
そういうことに胸をときめかせていたばかりだったのだから、いきなり全部押入れに仕舞えと言われても、部屋は散らかりっぱなしで、ハイの一言でなんとかなるはずがないのであった。
「………………」
「………………」
仕舞ったそばから新しい魔法少女がひょっこりでてきて、それを仕舞えば今度はまた別の煌めくような魔法が――と、モグラ叩きみたいに終わらない。
一緒くたにするつもりはないけれど、お坊さんの座禅とかもこんな風に大変なんだろうか、と思うと、あっちはモグラを叩くんじゃなくて自分の肩や背中を叩かれるんだから、こっちの方が全然マシである。
……なんて、変な思考をしている時点で、全然無心になれていないのだけれど。
「……………………」
「……………………加奈」
声と共に、肩が叩かれる。
「ふぁっ!」
目を閉じたまま、びくんと驚いて、変な返事をしてしまう。
姿が見えないからか、肩の感触と囁く声がやけに濃く感じられてしまって、ドキドキと、変に意識してしまう。
そんな私の様子を意に介さず、声の主である星司さんが、静かに助言をくれる。
「無理にイメージを追い出そうとしなくていい。身体を弛緩させて、ゆっくり呼吸して、頭が闇に包まれるまで、ただ待てばいい」
「は……はい」
その言葉に従い、私はまず、乱れた心音を元に戻そうとする。
と言っても、特別なことをするわけではなく、呼吸を緩やかに、じっと待つ。
やがて心音が落ち着いてきた頃合いに、ふと、頭もクリアになっていることに気付き、
「……、変身っ!」
すかさず、唱えた。
瞬間、私の中のとても深いところから、別の私が浮かんでくる感覚がした。
別の私は海を泳ぐイルカのようにスイ――と舞い、私にそっと重なり合う。
不思議な感覚だった。
体感的には数秒から十数秒くらいだったのに、後で知ったところによれば、実際は一瞬の出来事なのだというから驚いてしまう。
魔法少女アニメの変身シーンとかの所謂『お約束』は、実はリアルな描写だったんだなあ、なんて、変に感心してしまったものだった。
「……フム」
星司さんが小さく唸った。
変身が完了したのかな――と、私も自分の生まれ変わった姿を確認しようと目を開き、
「えっ」
思わず、固まった。
見下ろす肉体は、煌びやかコスチュームもカッコ可愛いアイテムもない。
ただただ広がる、肌色の丘陵。
生まれ変わった姿というか、生まれたままの姿だった。
「――きゃああああっっ!?」
私は悲鳴を上げながら、自分を抱きしめるように身体を隠す。
「なんで!? なんでぇっ!?」
うわ言のように繰り返す私のところに星司さんはツカツカと歩み寄り、
「隠すな」
ガバッ! と両手首を掴んで私の腕をこじ開ける。
「なんで!?」
もはやそれしか言えない壊れたオモチャのように、私は叫ぶ。
対する星司さんは、至極マジメな顔で解説を始める。
「魔法少女の
故に、可能な限り元の肉体と近似したスペックを再現することが望ましく、そのようになっているか検分するには、
口を動かしている間も、星司さんは私の裸体にくまなく視線を巡らせている。
当の私は、困惑とか恥ずかしさとか怒りとか、いろんな感情が一気に込み上げた所為で頭のどこかが混線を起こしていて、顔を真っ赤に目をぐるぐると回しながら、されるがままになっていた。
「む……加奈」
「ひゃいっ!」
名前を呼ばれ、上擦った返事。
じっと目が合った末、かけられた言葉は
「胸、盛っただろう」
「……」
今こそ私は、「なんで見ただけで分かるのか」とか、「なんでそんなデリカシーがないのか」とか、「なんで少しも照れず冷静なのか」とか、満を持して「なんで」と叫ぶべきだったのだけれど、
「バカーーーーーッ!!」
「ッ!?」
口から放たれたのは、そんなとても原始的な罵倒で、掌から放たれたのは、そんな羞恥と憤怒を体現するような熱風だった。
「――うぐっ!」
熱風に吹き飛ばされた星司さんは、マジカル★デスルームの壁(幸い物騒な武器の掛かっていない場所だった)に背中を強かに打ち付け、床に崩れ落ちる。
「せ、星司さんっ!」
私はハッと我に返って、星司さんの下に駆け寄って抱き起す。
「くっ……加奈……」
星司さんは息も絶え絶えに、言葉を紡ぐ。
「本格的レッスンの前から、これ程の出力で……フフ……流石は、俺の、弟子……」
そう言い残して、ガクリ、と気を失ってしまう。
「星司さっ……」
私が声をかけようとした、その時、
「ちょっと、大丈夫~? なんかすっごい音した、け、ど……」
と、マジカル★デスルームの扉から、優花さんがひょっこりと顔を出し、沈黙。
「……」
「あ、あの、これはっ、ですね……!」
私がわたわたと事情を話そうとするも、優花さんはどこからともなくハンディカメラを取り出して、一瞬のうちに構える。
「何撮ってるんですか!?」
「あ、私はいないものだと思っていいからね! そのまま続きをどうぞ!!」
「違うんです! 誤解なんですーーーーっ!!」
* * *
カレンダーも一枚めくれて、三月。
中学校の卒業も近づく今日この頃、新米魔法少女な私の毎日は、こんな調子だった。
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