第20話


 すたお――ドリーミィ・スターの相棒マスコットである彼について、説明しよう。


 彼の登場は、ドリーミィ・スターのデビューからおよそ二年後。

 その日、ドリーミィ・スターが戦っていた魔象は、通称『白夜ヒトデ』。

 眩い光を操り、辺り一面を昼間の如く照らしてしまう魔象だった。


 ヒトデ自ら、直接的に攻撃してくることはなくって、魔象に性格とかがあるのかは分からないけれど、比較的おとなしい魔象だったのかもしれない。

 けれど、出現したのは夜。それも街中だった。

 ただそこにいるだけで、人々の安眠が妨害されてしまう事態。

 早急な撃破が期待されて、近隣住民の皆さんも道路や家の窓から、ドリーミィ・スターを応援した。


 でも、ドリーミィ・スターのいつもの気丈な笑顔は、なんだか少し翳りがあって。

 少しつらそうな顔をして、攻撃も、どこか精彩を欠いていた。


 その理由を、ドリーミィ・スターが語ったことはないけれど。

 おそらく、攻撃に対する防御行動に徹して、自分からは攻撃をしない白夜ヒトデに、なにか感じ入るものがあったんだと思う。

 もしかしたら『敵』じゃないかもしれない魔象、魔象を討伐しなければいけない魔法少女の自分、自分を応援する人々――その板挟み。


 やがて、訪れる決着の時。

 ドリーミィ・スターが最後に放った、風の刃。命中したヒトデは、透明な粒子と化して爆散する。

 歓喜に沸く人々の中で、ドリーミィ・スターは、ひとり苦しい表情のまま――


『っ……!?』


 ハッと、ドリーミィ・スターは何かに気付いて、粒子の中に飛び込んだ。

 騒然となる住民たちが見守る中、果たしてドリーミィ・スターは、再び姿を現す。

 その胸に、小さなヒトデを抱えて。


『あれ……ボクは……? キミは、誰すた……?』


 呟くヒトデに、ドリーミィ・スターは涙を浮かべた、安堵の笑顔を見せる。


『私は、ドリーミィ・スター……! ね、私と、友だちになってくれないかな?』

『友、だち……?』


 ヒトデは、一瞬、困惑の表情を浮かべた。

 でも、ドリーミィ・スターが差し出した手を見つめ、自分も触腕を差し出して、


『……すたっ!』


 と、笑顔を浮かべた。


 後に『すたお』と名付けられた、ドリーミィ・スターと相棒マスコットの出会いだった。



 * * *



「――それから二人は、名コンビとして苦楽を共にすることになるの……!」


 すたおを抱きしめたまま、朗々と語り終えた私は、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 雛ちゃんはパチパチと拍手をしながら、ズズーッと鼻をすする。


「うっ、うっ……! いい話だよなあ……!」

「ねっ!」


 一方の穂波ちゃんは、なんだか怪訝そうな表情で、


「それ、ヒトデの子ども? それとも、その魔象が小さくなった的な……?」


 と、首を捻っている。


「よく分かってないの。すたお、ドリーミィ・スターと会う以前の記憶がないみたいで……」

「なんだっていいじゃないか!」


 涙を散らしながら、雛ちゃんが拳を握る。


「ドリスタとすたお! 『マホコム』の非公式『魔法少女名バディ投票』一位にもなったことがある二人の友情の尊さに比べれば、そんなこと……些細なことさ!」

「まあ、確かにね……」

「うん……! ドリーミィ・スターが休業しちゃったときに、すたおも見なくなっちゃったから、もう会えないのかな、って思ってたけど……!」


 私たち三人の視線が、腕の中のすたおに注がれる。

 すると、すたおは、私の腕からふわりと抜け出す。


「今日は、ドリーミィ・スターにみんなの案内を頼まれたすた! よろしくすた!」


 そう言って、空中でくるり、一回転。


「よろしくねっ、すたお!」

「よろしくッス!」

「よ、よろしく……」


 私たちも元気に挨拶して、会議室へと移動する。

 二列に並べた長机の、前列に私、後列に雛ちゃんと穂波ちゃんが座る。

 そして、白板の前には、触腕で器用にペンを握り込んだすたお。


「じゃあまずは、魔法少女の心・技・体について説明するすた!」


 全身を動かして、すたおは白板に『心』・『技』・『体』の三文字を書く。

 その愛らしい姿と、あのすたおが自分に授業をしてくれている事実に、私の胸は感動でいっぱいになった。


 笑顔と勇気がドリーミィ・スターの持ち味だとしたら、すたおの持ち味は知恵と機転だ。

 強大な、ボス級ともいえる魔象を相手に厳しい戦いを強いられた時も、すたおの助言や閃きが、何度も窮地を救う突破口になってきた。

 そんな名軍師のすたおの講義を受けられるなんて――!


「『心』は、ズバリ、心のそのものすた!

 みんなの笑顔を護る、立派な魔法少女たらんとする心! 大切すた!」

「大切ッスね!」


 追従する雛ちゃんを、穂波ちゃんが「コラッ」と小声でたしなめる。


「でも、心が乱れてると、魔法を使うために不相応な程の魔力が必要になっちゃうこともあるすた……気を付けてほしいすた」


 ふんふんと頷きながら、私は逐一、講義内容をノートに書き写す。


「次は、『技』、すた! 魔法を扱う技術を指すすた!

 有名なのは、空を飛ぶ技術すたね! これは誰でも練習するすた!」


 言いながら、すたおは白板の前を、ぴゅんぴゅん飛び回る。


「……他にも、相手の性質に合わせた適切な魔力変性技術、魔法の影響が周りの人や建物に及ばないように規模を調整する技術……と、常に研鑽が必要すた! 一番難しい分野すたね!」

大変てえへんだ!」


 雛ちゃんの合いの手に、今度は穂波ちゃんはノーツッコミ(諦めたんだと思う)。

 それはさておいて、私もノートを取る手を止めない。列挙した魔法操作技術の最後に、吹き出しで囲った大きな『難しい!!』の文字を、マーカーを三色使ってデコレーションする徹底ぶり。


「最後の『体』は、魔法少女としての肉体、偶像アバターのことすた!

 可愛いコスチュームやカッコイイ装備とか、自分の理想の魔法少女像を作り上げる、魔法少女にとってワクワクの行程すた!」


 コスチューム、と聞いて、数日前のアレが思い出されてしまい、私はまたも顔が熱くなってしまう。

 そういえば、すたおはドリーミィ・スターの正体が星司さんだって知ってるのだろうか? さすがに知ってるのかな……?


「ハイ! すたお先生!」


 そこで、雛ちゃんが元気よく挙手する。


「お前、さすがにちょっと自重をだな……!」

「大丈夫すたよ! 何すたー?」


 すたおの了承を得た雛ちゃんは、私の方を見て、ニッ、と笑った。


「私、加奈の変身が見たいッス!」

「ええっ!?」


 その言葉に、私は驚いて、腰を浮かせる。


「雛ちゃんっ、それは、そのっ……!」

「バカ、やめとけって! 加奈、困ってんだろ!」

「でも見たいじゃんか~~」


 確かに、変身について、ここ数日の私には困り事があった。

 でもそれは、なんというか、完全に私側の問題であったのだけれど……。

 救いを求めてすたおを見ると、


「うん、丁度いいすた! 加奈、変身してみるすた!」

「うぇっ!?」


 すたお、びっくりするほど乗り気。


「す、すたお! 私、その……!」


 私が慌ててすたおに事情を説明しようとすると、


「事情はドリーミィ・スターから聞いてるすた! 大丈夫、きっと二人が解決してくれるすた!」


 と、顔のすぐ下(おそらく胸と思しき場所)を触腕で自信満々に叩く。


「う……ハイ……!」


 私は、やっぱり不安も大きかったけれど、他ならぬすたおが言うなら、と、決意を固めた。

 机を部屋の隅に退けてスペースを作ると、あからさまにワクワクと瞳を輝かせた雛ちゃん、傍目には分かりづらいけれどかなり興味津々っぽい穂波ちゃん、そして変わらない笑顔のすたおの三人に見守られながら、キーワードを口にする。


「……変身っ」


 体感にして十数秒、例の、不思議な感覚が私を包み込む。


「おおおーー! ……おお?」

「これ、は……」


 困惑する雛ちゃんと穂波ちゃんの声が聞こえる。

 変身は完了したようで、そして、やっぱりなのか……と、少し落胆。

 恥ずかしさに俯きながら、


「そうなの……」


 と、消え入りそうな声で肯定する。


 この時の私の姿は、色とりどりの星を散りばめた純白のミニスカート・ドレス。

 先端に星型の飾りを戴いたステッキ。身体の前で、横向きに倒して両手で握る。

 大きなピンクのポニーテールが、ふんわりと揺れた。


だね……」

だな……」


 みなまで言わずとも、当然、伝わってしまう。

 数日前の検査を終えてから続けてきた変身の訓練で、私はずっと、ドリーミィ・スターと瓜二つの姿になってしまうのだった。

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