第21話
数日前に、初めて、正式に変身を試みた時のことを思い出す。
ドリーミィ・スターと瓜二つなコスチュームに包まれた私は、本当にびっくりしたし、本当に、心の底から、恥ずかしかった。
だって、なんというか、もう全身使って『ドリーミィ・スター、大好きでーーす!(ダブルピース♡)』みたいに表現してるのと同義に思えて仕方なかったし、そんな私を、星司さんが眉間に皺を寄せてじっくり観察しているのだから。
「あ、あ、あ、あの、これ……!!」
慌てふためく私とは正反対に、星司さんは極めて冷静だった。
「落ち着け。これくらいの事態は想定済みだ」
後頭部にたんこぶを作ったまま(先日私がこさえたやつだ)、星司さんは解説を始める。
「強烈に憧れた存在がいる時、その者と瓜二つの姿になってしまう魔法少女は意外に多い。その相手ばかりを追っていたり、その相手と自分を同一視する妄想に耽っていたりなどのケースだな。まあ、愛が強いのは悪いことではないが、今回は……ん?」
「……」
そこで、星司さんはようやく、ボコボコと泡立つマグマのように赤面する私に気付く。
「どうした?」
「いえ……なんと言いますか……よく、言えますね……」
「?」
『強烈に憧れた』とか、『愛が強い』とか、張本人に対して、しかも相手は
全部事実だから、何一つ否定しようのないことだから、私はただ真っ赤になって恨めしく視線を送ることしかできないのだけれど。
「対応のプランもいくつか考えている。まずは問診からだな」
「ハイ……」
* * *
……で、現在。
結局、成果が現れることはなく、今日に至ったのである。
「まあ……なんとなく、分かるよ。うん」
事情を察した穂波ちゃんが、恥ずかしさに真っ赤になっている私を、よしよしと慰めてくれる。
「すたお先生、これって、やっぱりマズいんスか?」
と雛ちゃんが訊けば、すたおは少し、難しそうに表情を歪める。
「コスチュームそれ自体は、どんなものでも問題はないすた。大事なのは、本人の心の持ち様すたね……」
ふわりと動いて、すたおは私の顔を覗き込む。
「加奈は、ドリーミィ・スターそのものじゃなく、自分なりの魔法少女になりたいすたね?」
「……うん」
問診時、星司さんにもされた確認に、私はやはり頷く。
ドリーミィ・スターは憧れの存在だ。
こうして、その姿と瓜二つに変身してしまうくらいには。
でも、私はやっぱり、ドリーミィ・スターの弟子として恥ずかしくない、自分なりの魔法少女にならなくちゃいけないんだと思う。そうなりたい、とも思う。
それに――と考えかけたところで、すたおは私の肩をポンと叩く。
「分かったすた! そこで、お友だちの二人に協力してほしいんだすた!」
「……えっ!?」
すたおがそんなことを言い出すから、私は驚いてしまう。
「協力……」
「……って、なにすればいいッスか!?」
首を傾げる穂波ちゃんと、引き続きワクワクしている雛ちゃん。
すたおは二人の周りをクルクル飛び回りながら言葉を続ける。
「加奈をよく知ってる二人に、加奈に似合う、とびっきりのコスチュームを考えてほしいすた!」
「えっ、ええーっ……!?」
思いがけない提案に、私はわたわたと両手を蠢かせる。
つまり、私の『ドリーミィ・スター好きすぎる問題』の尻拭いに、二人を付き合わせるのだ、と。
それは、なんというか、どうだろう……と、私はすたおに抗議の視線を向けるも、
「無意識に根付いたものを、自分の力だけでなんとかするのは難しいすた。
それに、コスチュームは魔法少女の『体』、言わば土台すた。変身を重ねるにつれて、土を踏みしめて固めるように、どんどん定着していってしまうすた。そうなると、調整もどんどん難しくなってしまうすたから、直すなら早い方がいいすたよ」
「うっ……な、なるほど……」
その言い分は、なるほど、さすがの説得力感じてしまう。
すたおが言っている以上は、きっとそうなんだろう、と思う。
それでも私は、やはり、迷ってしまう。
オーディションの時も特訓に協力してもらって、その上、魔法少女になってからも、だなんて。
いい加減甘えすぎというか、あまりにも二人に頼り過ぎでは、と感じてしまう。
しかし、雛ちゃんはフフンと鼻息荒く、腕まくりの仕草をする。
「そーゆーことなら、雛ちゃん、一肌脱いじゃおっかなー!」
「い、いいの!?」
私の視線が二人を何度も往復する。
「モチ! ってか、ガチの魔法少女のコスチューム考えられるとか最高じゃん!」
と、雛ちゃんはバッグから『マル秘・コスチュームノート』なるものを取り出す。
前に見せてもらったことがあったけれど、推してる魔法少女のコスチュームの分析だとか、雛ちゃんが考えたオリジナルコスチュームだとか、そういうものがこれでもかと詰め込まれた、すごいノートである。
対する穂波ちゃんは、雛ちゃんを呆れたように笑った後、さらりと髪を掻き上げて、
「よく分かんないけどさ。服買いに行って、
「穂波はオシャレ番長だからなー」
「それ、なんかダサくない?」
快く乗り気な二人に、すごい嬉しさと、でもそれ以上に、やっぱり申し訳なさを感じてしまい、
「で、でも私、雛ちゃんと穂波ちゃんに何も返せてなくて――きゃっ」
言葉の途中で、ぴんっ、と穂波ちゃんにおでこを指で弾かれる。
「そーゆーの、考えなくていいんだよ。友だちは。……この、バカ」
穂波ちゃんは、半分怒って、半分照れくさそうに、そっぽを向く。
私は、その気持ちもそうだけれど、穂波ちゃんの『バカ』がなんだか無性に嬉しくて、涙ぐんでしまいそうだった。
「ま、そういうこと! 私なんてむしろ『やらせて下さいお願いします!』くらいの勢いだよ!」
「うんっ……! 二人とも、ありがとう……! その、よろしくねっ!」
私が言うと、雛ちゃんは、キラーン☆、と目の色を変えて、
「……まーあ? 加奈が、どーーーしてもお礼がしたいって言うならあ~~?
と、何かを企んでいるような悪そうな笑みで、私の後ろ側へ回り込み、その手を私のおしりの方へと伸ばし――
「第一回! チキチキ、加奈の考えるドリスタコスのパンツの柄はなんでしょうか選手けーーーん!!」
「きゃああああああっ!?」
「うおい、このバカッ!!」
――などと、会議室はかしましさに包まれるのだった。
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