第22話
「やっぱベースはドリスタだよなー」
「うん。そうがいいかな」
「じゃあ白地で。この星は?」
「それは、じゃあ……こんな感じ?」
「おー、可愛い可愛い!」
「いいじゃん」
「えへ……」
* * *
「あ、アレつけない? こう……シューンって感じの」
「しゅーん?」
「ごめん、名前全然浮かばん……」
「しゅーん……」
「あっはは! ダメだなあ穂波は~!」
「な、なんだよ。じゃあ雛は分かるのかよ」
「アレでしょ。魔法少女ギャラクシアスのリボン」
「お前、そんなんで……」
「ああー! あれね!」
「分かった!?」
* * *
「ドリスタステッキ、ってか、武器どうする?」
「加奈がどんな風に戦いたいか、じゃない?」
「弓矢とか剣とか、あんまそういう感じしないよなー、加奈は」
「ね。だから私も、こう……魔法を、びゅーん、って」
「「 びゅーん…… 」」
「そ、そう……びゅーん……」
* * *
「髪はどうしよっか」
「そのままだと、ドリスタと被っちゃうけど……」
「うん……でも、この色、好きだから……」
「じゃあ髪型の方を?」
「で、でもポニーも好きだから……!」
「お、おう」
「だったらホレ……こうよ、こう!」
「え、ええー!?」
「いいんじゃない? 可愛いよ」
「そうかなあ……」
「可愛いって! チョー可愛い!」
「ううー……」
* * *
「はー、楽しかったー!」
「結構捗ったね」
「うん! 雛ちゃん、穂波ちゃん、本当、ありがとう!」
コスチュームのアレンジに夢中になるあまり、気が付けば外は夜の帳が下り始めていた。
雛ちゃんと穂波ちゃんのおかげで、完全にドリーミィ・スターのコスプレだった私のコスチュームは、少しずつ、私なりのコスチュームになりつつあった。
そんなこんなで今日はお開きになって、私は事務所の外まで二人をお見送り。
ありがとうの気持ちを込めて、二人の姿が見えなくなるまでぶんぶんと手を振る。
そうして独り、事務所に戻ると、丁度すたおも会議室から出てくるところだった。
「加――」
「すたおっ!」
すたおが私に呼びかける間にも、私はまたも、すたおに飛びついていた。
私の胸の中、すたおがムグムグと苦しそうにしていたので、
「ご、ごめんねっ」
と謝りながら、抱きしめた腕の力を少し緩める。
「……あのね、すたお」
私は目を伏せて、すたおに語りかける。
「……ドリーミィ・スター。なんで、活動休止しちゃってるのかな……」
それは、ずっと胸に秘めていた、ドリーミィ・スターにまつわる最大の謎。
何度も知りたくなって、訊こうと思って、でも結局、訊けなかった。
体験講義の時の最後に見せた、星司さんの寂しげな横顔がチラついて、その度、胸が締め付けられるような思いに駆られてしまうのだ。
本当は、本人に訊くのがフェアというか、本人以外に訊くのはアンフェアなのかもしれない。
でも私は、ドリーミィ・スターの一番の相棒であるすたおを前に、衝動を抑えられなかった。
「私……やっぱり、ドリーミィ・スターが好きだよ。また、魔法少女、やってほしいよ……」
言って、ぐすん、と鼻をすする。
ドリーミィ・スターそっくりだった自分のコスチュームを変えたいと思った理由も、それが大きかった。
もし、あのままデビューしてしまったら、本当に、ドリーミィ・スターがもう戻ってこないような気がしてしまっていたのだ。
「……加奈。ごめんすた」
すたおが、しょんぼりとした表情を浮かべる。
「ボクの口から、事情を話すことはできないすた」
「そう、だよね……私も、ごめんね」
「ううん、加奈は悪くないすた。……ドリーミィ・スターも、今はまだ、言えないんだすた」
言葉を続けながら、すたおは、私を、真っすぐ、見つめる。
「でも、いつか絶対に、打ち明けるすた。だから、加奈には待っててほしいすた」
「……うん。ありがとう、すたお」
私は零れた涙を拭って、もう一度、すたおをぎゅっと抱きしめる。
「……ところで、加奈、ボクをそこの部屋まで連れてってもらっていいすた?」
「えっ? う、うん、いいけど……」
すたおが触腕で指し示したのは、星司さんの自室だった。
私はすたおを抱えて廊下を進み、部屋の前へ。
コンコン、とノックをすると、
「大丈夫すた」
と返事をしたのはすたおで、私は、いいのかなあ、と思いながら、
「失礼しまーす……」
一応、声を掛けつつ、部屋に入る。
部屋の中は電気が付いたままで、簡素なパイプベッドの上に星司さんが横たわっている。
目を閉じた、穏やかな表情に、私はなんだか、変に意識してドキドキしてしまう。
「お、お昼寝中、かな?」
そんな気持ちを紛らわせようと、潜めた声ですたおに喋りかけると、すたおは私の腕をすり抜け、すいーっと飛んでいき、星司さんの身体の上に着地。
「あっ、起こしちゃ……!」
私の声を上げたのと同時、すたおは透明な粒子になって星司さんの身体に同化していく。
「……へっ?」
固まる私。
すたおが完全に星司さんの中に入りきると、星司さんは目を開いて、ムクリと身体を起こす。
「せ、星司さん……今……!?」
くちびるを戦慄かせる私に、星司さんはベッドに座ったまま首を回し、
「まあ、こういうことだ」
と、説明を放棄して一言で完結させようとする。
「こういうことだ、じゃないですよ! どういうことですか!?」
ハイそうですか、とはいかない私が詰め寄ると、星司さんは渋面ながら説明をしてくれる。
「……すたおは、ドリーミィ・スターの魔力で作られた人形、のようなものだ。コスチュームの一部、亜種のようなものだと捉えてくれ」
「人形……ってことは、えっ、すたお、いないんですか?」
「モノを考えているように見えたり、喋っているように見えたりしたのは、全て俺が裏で操っていたわけだな」
「『わけだな』て」
フム、と星司さんは、一人で頷いている。
「つまり、えっと、腹話術みたいな……?」
「みたいな」
「……あの、感動の出会いも?」
「も」
「二人の、鬼気迫る作戦会議とか、熱い励まし合いも……?」
「も」
「……」
私の足元が、ガラガラと崩れていくような錯覚がしてくる。
前回は、頭の中が全部吹っ飛んでいったような、寝耳に水なショックだったけれど、今回は、今度こそは、これだけはと信じていた地盤が崩壊してしまった想いだった。
「大変だったんだぞ。既に二年も苦楽を共にした
星司さんがなんか言っている。
「おまけにそれを戦闘中に行ったものだから、流石の俺もあの時は笑顔を保てなかったさ。その後の一人二役も簡単ではなかった」
私は、握りしめた拳をぶるぶると震わせる。
「……だが、やはりその分、
「――またですかっ!!」
星司さんの語りを遮って、私は正体バレの時にはできなかったツッコミを、とうとう炸裂させる。
「全部、星司さんの一人芝居て! さっきの私と雛ちゃんの涙返してください!!」
「それは無理だが、まあ、すまなかったとは思っている」
と、殊勝な態度を見せたのは少しの間のこと。
「だが、これだけは言わせてほしい」
星司さんは立ち上がり、拳を握る。
「俺は一度も、『すたおが自分の
「子どもですかっ! 私には『実物と同じようにしろ』なんて言ったくせに!」
「俺はそもそも男だから、実寸のままにはいかないだろう。だから、俺はいいんだ」
「子どもですかっ! っていうか、なんでこんなことしたんですか!?」
「だって、マスコット欲しかったんだもん……」
「子どもですかっ! いい大人が『もん』とか使わないでください!」
ハアハアと息を荒げながら、私と星司さんは激しく舌剣を交わす。
今までは、ドリーミィ・スターのメディアへの露出を厭ってきたのは、自身のイメージを壊さないための防衛手段なのだと思っていた。
けれど、もしかして、すたおについてツッコミを受けるのが嫌だったのではと勘ぐってしまう程に、今の星司さんは、なんというか、ダメな感じだった。
いくら私がややチョロいところがあるとはいえ、この星司さんに可愛いなんて感想を抱くはずもなく……
「……っ!?」
そこで私は、気付いてしまう。
すたおが星司さんで、五感も共有しているということは、つまり……!?
「あ、あああ、あの……!」
私は顔を急速に赤く染めながら、胸を庇うように自分を抱きしめると、星司さんもそのアクションの意味に気付いたか、神妙な面持ちで頷く。
「ひっ、ひいぃぃぃ……!!」
恥ずかしさのあまり、私はズダズダと後退り、部屋の扉に背中をぶつけてしまう。
その痛みも気にならないくらい、私は激しく動揺していた。
だって――だって、私ったら、すたお=星司さんを、あんなに何度も、ぎゅうぎゅう抱きしめて、それだけでもすごくアレなのに、その後の、ドリーミィ・スターが好きとか、そういう発言も全部聞かれてたってことで、っていうかすたおのあの言葉も全部星司さんの言葉で……!?
「――安心しろ」
星司さんは、わなわなと震える私に近づいて、ぽん、と頭に手を乗せる。
「せ、星司さんっ……」
涙目な私が見上げる先、星司さんはまた、ゆっくりと頷いて、口を開く。
「魔力による肉体……
星司さんなりに気を遣って言ってくれたんだろう、その言葉に、私はすごく、そうじゃない、と言いたくて仕方なかった。
「それに、そうでなかったとしても……」
(私の腕の中を一瞥。)
「いや、なんでもない。ともかく、安心しろ!」
星司さんなりに気を遣って言わないでくれたんだろう、その言葉に、私はなんかもう、ぷちっ、と何かが切れてしまった。
「……変身」
私はそう呟く。
「おい、加――」
星司さんの言葉は途切れ、私は自意識の中の、浮かび上がってくるもう一人の自分に身も心も委ねる。
両手を広げた裸体の私は、キラキラと細やかに輝く流星群に包まれ、まずはドリーミィ・スターと同じ、純白のミニスカート・ドレスを身に纏う。
色とりどりの星を散りばめる代わりに、桜色の大きな一番星を一つ、左胸に。
一番星の背中から、淡く輝く、細い羽衣がふわりと伸びて、私の左肩から背中を通って一周、右の腰から上がって来て、再び星に結びつく。
右手で一番星をパンと叩けば、星の飾りを戴いた小さな杖が握られる。ステッキというよりも、
波打ち際で遊ぶ足が海面を蹴って掬うように、私は何もない空間に星の飛沫をあげる。
飛沫は私の足に溶けていって、桜の花があしらわれたヒールシューズになる。
髪の毛は、桜色はそのままにややボリュームアップ。サイドもふわりと広がる。
後ろ髪――私の小さなポニーテールは、雛ちゃんと穂波ちゃんの希望もあって、そのままだ。
最後に、胸の一番星がキラリと閃けば、ポーズと共に変身完了。
私の意識も、現実の時間と同期する。
「――奈……その、コスチューム」
驚きの表情を浮かべる星司さん。
雛ちゃん穂波ちゃんの協力の下、ある程度のラフなイメージは固まっていた私のコスチュームは、臨界点を超えて昂った感情の末に、今、完成を迎えたのだった。
魔力とは、心に宿る力。なるほど、と実感を伴って理解していた。
「すごいぞ、加奈!」
私の姿を見て、星司さんは興奮を露わにしている。
「まさか、さっきの今で、もう立派にコスチュームを織り上げるとは! やはり、流石は俺の弟子だ!」
嬉しそうにコスチュームを見回す星司さんに、私の心は吹雪いていくばかり。
そりゃあ、コスチュームを褒められるのは悪い気はしない、というか嬉しいけれど、こんな時ばっかり大興奮で、この間私のハダカを見た時とか、あるいはさっき私が思いっきり抱きしめてしまった時とかには、どうして全くの無反応なのか。
「……おお!」
星司さんの声が、一際弾む。
「俺が言った通り、ちゃんと胸のサイズを実物大にしたようだな! 偉いぞ!」
そう言って、ビシリと立てた親指に、私の中の何かにも、ビシリと決定的な罅が入った。
気が付けば私は杖を振り上げていた。
胸中の想いを注ぎ込むように念じれば、杖の先に、烈風渦巻く小球が生じる。
「おお」
さらに、キン、キラ、キンと三度、杖を振れば、その度に小球は大きさと激しさを増す。
「おおお、もうそんな魔法まで……!」
「……星司さんの、」
感動する星司さんの瞳には映っていない、私の瞳が涙の粒を散らす。
そして、杖が振り下ろされた。
「バカーーーーーーーッ!!」
「どわァーーーーーーーッ!!」
* * *
魔法耐性素材を使ってない部屋で、魔法の行使は厳禁。
良い子はマネしちゃいけません。
後日、帰って来た優花さんにそんなお叱りを受けながら、私たちは半壊した事務所の後片付けをするのだった。
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