第12話

 魔象ましょう


 夏に吹雪を呼び、冬に四十度を超える猛暑を生み出すモンスター。

 私も、十年前、桜を降らせ突風を吐き出す魔象に囚われた経験がある。

 そんな魔象を退治することが、魔法少女の役目だという。


魔象こいつらは、魔法少女と同様、魔力によって形作られる。

 なんらかの動物の形を取ることが多いが、繁殖したり巣や群れで生活したりしているわけじゃない。先に述べた、人間が無意識に漏出する魔力――それが少しずつ集まって、ある一定の量レッドゾーンを超えた場合、その場に突如、出現する」


 例によって、鳥海さんがスイッチを押すことで画像が切り替わる。

 今度は、青い制服を着た警察官風のイラストたちが泣きながら大雨に流されていたり、厳めしい戦車のようなイラストが雪に埋もれていて、なぜか戦車にくっついている目玉から涙を流していたりしている。

 (訊いてはないけれど、たぶん、このイラストも鳥海さん作だと思われる。)


「一般の障害に対処するのと同様の手段で魔象に対処することは、困難を極める。

 そもそもの規模が犯罪と災害では桁が違う上に、通常の人の身で魔力がもたらす異常気象に抗うことは難しい」


 次に画像が切り替わると、パトカーのイラストが車でぎゅうぎゅうの道路で渋滞に巻き込まれ、これまた涙を流している。


「このように、現代社会において、魔象の被害は高確率で交通網に混乱を与える。通常の輸送手段では現場への到着が著しく遅れてしまうし、」


 言いつつ、スイッチを押す。

 新たに、強風に煽られて泣いているヘリコプターのイラストが追加される。


「危険も伴う、というわけだ」


 そこで一度、言葉を区切る。

 喋り通しで喉が渇いたのか、あるいは仕切り直しがしたかったのか、教卓の上の優花さんが淹れてくれたお茶を一口飲むと、


「――そこで、俺たち魔法少女の出番というわけだ!」


 と、ビシッとした俊敏な動作でステッキを白板へと向ける。

 さすがというか、様になった動きに私はドリーミィ・スターの姿を重ねかけて、無意識に頭を振って目を醒まそうとしてしまう。


「魔象に対する魔法少女の利点は、主に二つある――」


 心なしか語調も弾ませながら、鳥海さんはスイッチを押す。


「一つは、アクセス手段の差」


 表示されていたイラストに、変化。

 渋滞に苦しむパトカーの上に、にっこり笑顔で飛ぶ魔法少女風のイラストが追加され、もう一度スイッチを押せば、嘆きのヘリコプターの脇を強風も物ともせず突き進む魔法少女風イラストが。


「魔法少女が優先的に修得する、飛行の魔法。これにより、地上の混乱に左右されることなく魔象や囚われた被害者の元へ駆けつけることができる。

 また、魔力同士をぶつけ、相殺することで妨害にも対抗することができる」


 私は、十年前の光景を思い出す。

 魔象の生み出す突風やつむじ風を笑顔で乗り越えていくドリーミィ・スターの姿。

 あれもきっと、自分の魔力で敵の魔力をかき消していたんだろう。


「二つは対抗手段の差だ。拳銃や警棒、あるいは格闘技の段位が魔象に対しどれほど有用かなど、最早論ずるまでもない」


 私も、講義を聞きながら頷く。魔力でできた身体に、いわゆる物理的な暴力はあまり効かないらしい、というのは、私でも知っている常識だ。

 さらに、魔象の規模から、拳銃などを安定した正しい姿勢で扱うことは難しいし、その所為で銃弾が逸れたりして民間人に被害が出る可能性は、万が一、なんて言葉よりよっぽど高い。


「それに対して魔法少女の武器は魔法、魔力だ。先程も触れた通り、魔力は魔力によって打ち消せる。魔象の身体は魔力によって構築されているからして、俺たちも魔法によって対抗するのが最も理に適っているわけだ。

 ……さて」


 コトン、とステッキを教卓に置いて、鳥海さんは教卓の中から、一枚のCDケースを取り出す。

 中のディスクをPCに読み込ませながら、続けて曰く、


「オーディションの少し前に撮った、トゥルーハートとヴァーミリオン・セイバーの魔象駆除の映像がある。これも見ておこうか」

「っっ!」


 その言葉に、私は思わず前のめりになる。


 トゥルーハートとヴァーミリオン・セイバー。

 二人はドリーミィ・スターと師匠を同じくし、昔はよく、チームを組んで一緒に戦ったりもしていた。

 元々ドリーミィ・スター単推しの私だったけれど、そういう繋がりから、ドリーミィ・スターとの絡みも多い二人のことはそれなりに知っていたし、応援もしていた。


 ヴァーミリオン・セイバーは途中でフリーランスになって、トゥルーハートもドリーミィ・スターの活動休止と前後してリリプロに移籍してしまったので、最近ではあまり一緒に活動するシーンは見られなかったけれど、確かに、少し前に二人が一緒に戦ったらしいという噂は流れていた。

 雛ちゃんなんか、「くっそーー、超見たかったーーー!!」と、血涙を流す勢いで悔しがっていた。

 私ももちろん見たかったなあ、残念だったなあ、と思っていたから、この機会はまさに、タナボタであった。


「では、再生するぞ」


 見易くするために部屋の明かりを落として、鳥海さんはPCを操作する。

 白板に映像が流れだして、まず飛び込んできたのは、騒音と歓声。

 暗闇の中、私は思わず顔をしかめる。


『がんばれー! ヴァーミリオン・セイバー!』

『トゥルーハートーー!』


 やや手ぶれした映像の中、紅の大剣を振るうのは、魔法少女ヴァーミリオン・セイバーだ。

 その姿は、ドリーミィ・スターの正統派魔法少女然としたものとは意匠が異なる。

 華やかな薄紅のミニスカート・ドレスは似ているけれど、アームカバーの上やオーバーニーソックスの上、ドレスの上の胸元など、いたるところに鈍く光る銀の甲冑を身に着けている。

 魔法少女と騎士がミックスされた、独特の出で立ちだ。

 実際、武器の差もあるだろうけれど、チームを組む際は、ドリーミィ・スターを後衛に、ヴァーミリオン・セイバーが前衛として斬り込みや護衛を担当するポジショニングがよく見られた。


『はあッ!』

『オオオオオッ!』


 ヴァーミリオン・セイバーは大剣を軽々操り、大亀の魔象と激しく打ち合う。

 大亀の甲羅から伸びる手足はドス黒い雷雲で、時折そこから雷撃を放ち、ヴァーミリオン・セイバーを攻撃する。

 歓声をかき消す程の轟音にも怯まず、ヴァーミリオン・セイバーはオレンジ色の長い髪を振り乱しながら、雷撃を大剣で打ち払う。

 苛烈な三連雷撃を捌き切ったところで、こちら側へと視線を送り、余裕の笑みを浮かべる。


『『 キャ~~~ッ!! 』』


 歓声が黄色く染まる。

 ヴァーミリオン・セイバーは、お姫様を護る騎士のようなその戦闘スタイルから、特に女性人気の高い魔法少女なのだ。


『――ギャッ!?』


 と、突然、大亀が呻いたかと思うと、にわかに動きが止まる。

 見れば、黒雲の手足がいつの間にか消滅していた。


「えっ、いつの間に!?」

「――トゥルーハートの矢だ」


 私が思わず声を上げると、待ち構えていたかのように鳥海さんが呟く。

 視線を動かせば、微笑と呼ぶのも憚られるくらい、ほんの少しだけ、口角を吊った彼と目が合った。


「……ここだ」


 鳥海さんは映像を一時停止し、少しだけ巻き戻す。

 停止した一コマの中で、こちらに視線を向けたヴァーミリオン・セイバーの向こう、遠くて判然としないけれど、確かに、矢のような細い物体が、数本映っている。


「トゥルーハートが矢に風の魔法を纏わせ、雲を散らしたんだ」


 魔法少女トゥルーハート。

 ドリーミィ・スターとよく似た、ハートを散りばめたミニスカート・ドレスの衣装も、細くて長い白銀のサイドテールも、画面の中には見えない。

 彼女の武器は小弓とハート型のやじりの矢で、遠距離から魔法を付与した矢で魔象を射抜く、スナイパーのようなスタイルを得意とするからだ。


「すぐ、来るぞ」


 鳥海さんの一言に、私は画面に傾注するけれど、映像が再開されて一瞬のうちに、黒雲の手足は内側から散らされて消えてしまう。

 私の素人考えでも、あの黒雲を吹き飛ばす程の強風を四本の矢にそれぞれ付与して、四本の手足をほぼ同時に狙い、命中させるのは、すさまじい腕前だと思う。

 そして、動きを止めた大亀の懐にヴァーミリオン・セイバーが潜り込み、


『――ハアアアッ!!』


 大剣、一閃――!

 お腹側から背中まで、鋭く噴き出す熱波の軌跡に真っ二つに裂かれた大亀は、悲鳴を上げ、やがて透明な粒子と化して弾けて消滅した。

 勝利を祝う大歓声の巻き起こる中、映像は停止した。


「……と、こんなところだ」


 鳥海さんが電気をつける。

 明るくなった視界に、数度の瞬きをしながら、私は自分の鼓動が早くなっているのを感じる。


 魔象。魔法少女。魔法。

 今まで、歓声を上げる側だった世界。自分が、にいく境界に立っているのだと、頭では分かっていても、実際にそのつもりで見る本物の映像に、私は圧倒されていた。


 この早鐘の正体は、期待なのか、不安なのか。

 答えを求めるように、鳥海さんの方を見ると、


「……やはり良いな、魔法少女は」


 それは、昔を懐かしむような、あるいは手に入らないものを羨むような。

 どこか遠くへ向けた、眩しくも優しい眼差しで、映像の消えた白板を見ていた。

 その視線に、私の心がまた、色の違う、それでいて複雑な早鐘を打ちだすのを感じた。


 私の視線に気づくと、鳥海さんはコホンと咳払い一つ、


「なお、この映像は予め二人に許可を取って撮影したものだ。盗撮ではないからな」


 と、律儀に補足を入れる。


「あ、はい。おつかれさま、です……」


 ぼーっとしていた私は、やはり、そんな言葉を返してしまう。

 それからしばらく沈黙が流れて、鳥海さんは、言葉を探すように頭を掻く。


「……期限までは、まだ何日かある。俺としては……いや、何でもない。納得のいくよう、よく考えて決めてくれ」

「……はい」


 そうして、体験講義は終わった。

 ノートPCの終了音が、いやによく響いた気がした。

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