第11話

 水曜日。

 一週間の折り返しと言えるその日に、みんなはどういう意識を持っているだろう。

 『もう半分終わったんだ!』と前向きにとらえるか、それとも『まだ半分あるのか……』と後ろ向きにとらえるか、なんて、なにかの心理テストみたいだけれど。

 この時の私にとっては、期待半分、不安半分な一日だった。


「――魔法少女とは」


 広い会議室に、鳥海さんの淡々とした声が響く。

 かつて夢想した、二人っきりの秘密のレッスンというシチュエーションは、メルヘンなエフェクトの舞う余地のない、ほのかな緊張感が漂うものだった。――少なくとも、私にとっては。


「生物に宿る、不可視で不可思議な力、『魔力まりょく』を操る者」


 会議室の中心に、ぽつんと設置された長机の上にノートを広げ、講義を聞く私。

 鳥海さんはその端っこに教卓を置き、ノート型のPCを扱っている。

 数日前と変わらない、凪いだ海面のような、感情の読み取れない眼差しだ。


「まずは魔力について説明しようか。魔力は俺たちの身体の中の、見えないところに在る」


 カチッ、とマウスのクリック音が鳴れば、プロジェクターが白板に画像を映し出す。

 ハート型の器の半ばまで、揺蕩う水のようなものが注がれているイラストだ。


ハートこれが、魔力を収める器。界隈では『心』ということになっているな」


 鳥海さんは、私も持ってる(そして大変お世話になった)ドリーミィ・スターのオモチャのステッキを指し棒代わりに講義を進めるので、私はなんだか、苦い記憶が掘り出されそうでお腹がキュッと鳴った。


「そして、中のこれが魔力だ。保有する魔力の量には個人差があるが、一般的に、あまり多くない」


 と、鳥海さんは説明を続けながら、ステッキの握りのところについているスイッチを押す。

 通常であれば、ステッキの先端が光って電子音が鳴るはずのスイッチだったけれど、見れば、白板のイラストのハートから、中の水が徐々に水位を下げていた。

 どうやら、資料のページ送りのスイッチと連動させているらしい。


「魔力は生活の中で微量ずつが体外に漏出する。基本的に増えることはないため、やがては失うことになるな」


 言葉が終わるのとほぼ同時、ハートの中身は空になってしまった。


「魔力の有無、あるいは多寡は、生命活動には全く影響を及ぼさない。関係があるのは、俺たち魔法少女だけだ」


 鳥海さんの講義を、私はマメにノートに書き写す。

 雛ちゃんに教えてもらった魔法少女の勉強は、主にドリーミィ・スター関連の魔法少女や事務所、事件、歴史についてなど、ある意味で表層的な知識が主体で、今日の講義で習うような、内実的なものは、もしかしたら一般に公開することが禁じられているのか、初めて聞く内容だった。


「ここまでで、何か質問はあるか?」

「えっ」


 突然、話を振られ、私はビクッと肩が跳ねてしまう。

 パッとは質問は思いつかなかったけれど、鳥海さんは待ち構えるようにこちらをじっと見つめていて、何か質問しなくちゃと焦った私は、


「えっと……その資料って、どこかから配布されたり、したんですか……?」


 などと、全くどうでもいい質問をしてしまう。

 言ってから、間抜けな質問をしてしまったことに気付いて顔が熱くなるのを感じたけれど、鳥海さんは平然としていて、


「いや。俺の自作だ。ステッキの仕掛けもな」


 と答えて、次の画面に移行するためにスイッチを押す。

 私は恥ずかしさを紛らわせるために、ノートに『資料は自作』『ステッキも』などと書き付けている有様だった。

 我に返った私がゴシゴシと消しゴムを掛け終えた時には、画面はすっかり変わっていて、点と棒で表情を構築された、人型のイラストが直立していた。


「魔法少女は、魔力を用いて身体――『偶像アバター』を構築し、魔力を用いて異能――『魔法』を行使する」


 鳥海さんはステッキのスイッチ押す。

 すると、イラストの表情が、大きくてキラキラとした瞳で小さな口に笑顔を浮かべた、少女漫画やそれを真似する小学生女子の絵柄を思わせるものへと変わる。


偶像アバターを構築するためにも、魔法を行使するためにも、それぞれ魔力を必要とする。故に、それらに充分な一定量の魔力を有することが、魔法少女になるための前提、最低条件だ」


 カチッ、カチッとスイッチを押すたびに、プレーンだったイラストはフリフリでカラフルな衣装を纏い、丸っとしていた頭部に長くてボリューミィな髪を生やし、右手にステッキを握り、左手にはピカピカと光るエフェクトを漲らせる。

 ……たぶん、変身、したんだと思う。


「特に比重が大きいのが、偶像アバターだ。肉体そのものもそうだし、衣装コスチュームやステッキ等の装備を構築するためにも、多くの魔力が必要となる」


 そこで、ふと、鳥海さんは僅かに眉をひそめた。

 一体何だろう、と思った時には元の感情に乏しい表情に戻っていて、


「……その分、構築し纏うだけであるため、変身を解除すれば使用した魔力が戻ってくるのは利点だな。対して魔法の行使は、専ら変性させた魔力を放出するため、使用した魔力は失われてしまうんだが」


 と、これまでと変わらない調子で、講義は続く。

 でも私は、喉につっかえた魚の小骨のように、どうにも気になるというか、釈然としなくて、ノートを書く手を止めて、しばらく鳥海さんの表情を追っていた。

 その内、鳥海さんとバチッと目が合ってしまい、しまった、と思った時には、


「……どうした?」


 慌てて目を背ける間もなく、そんな風に問いかけられてしまう。


「えっと、えーっと……!」


 自分の中ですら、なにが引っ掛かってるのかも分かっていないし、かと言って「意味もなくあなたの顔を見つめていました」なんて恥ずかしいこと、口が裂けても言えない。言えるはずがない。

 救いを求めて白板に視線を送り、反射的に出た言葉は、


「そっ、そのイラストも! ご、ご自作、なんでしょうかっ!」


 恥を上塗りする、帰って来た間抜け質問であった。

 もう、なにをやっているのか――あまりの自分のダメさに真っ赤になった顔を覆うと、


「ああ。俺が描いた」


 と、鳥海さんは至極真面目に答えてくれたので、


「お、お上手、ですね……」

「ありがとう。我ながら自信作だ」


 などと、シュールなやりとりをしてしまうのだった。

 少し経って、顔の火照りが収まって私が顔を上げると、鳥海さんは小さく頷いて、


「では次」


 とスイッチを押す。

 今度は、出来上がった魔法少女イラストの隣に、大きなイラストが現れた。

 緑色の大きな恐竜のような怪物が二足歩行をしているイラスト。とりわけ特徴的なのは、彼(?)が雨や風、雷などのエフェクトを伴っていたことだ。


 ここから説明されることは、私も知っている、学校の社会科の教科書にも載っている、現代の常識だった。


「魔法少女の使命。それは、魔力性異常気象――通称『魔象ましょう』の解決だ」

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