第38話
飛行すること十数分。
少しずつ見えてきた公園には、毒々しい黒と黄の影がひしめいていた。
「いっぱいいるね……!」
「すた。弱い端末ばかりとはいえ、あの数は厄介すた」
一対一なら、私でも負けないレベルの敵。
それでも、両手の指で足りないくらいに群れたものを相手にするとなると、話は違ってくる。
私のレベルでは、二匹を相手にするだけで危ないかもしれない。
巣があるという話だったけれど、テレビの害虫駆除の番組で見るような蜂の巣も見通せないくらい、公園は巨大な蜂だらけだった。
かと言って手をこまねいていれば、どんどん数が増えていくだけ――
「……さき、こされた」
小さな声に、頭上を向く。
そこにいたのは、白いコスチュームに身の丈ほどの槍を抱えた魔法少女。
微風に金のツインテールを揺らせる、魔法少女のキャロラインちゃんだった。
浮かべた表情は、前に会った時と同様の冷ややかさを湛えていて。
「キャロラインちゃん! ……あっ、私たちも、今着いたところなんだ」
「そう」
出し抜かれたわけではないことを知ると、気持ち、表情が和らいだ。
なんとなく、ほっとする。
「トゥルーハートのところの新人すたね」
「……ドリーミィ・スターのマスコット」
キャロラインちゃんのもとへ、すたおがふわりと飛ぶ。
すたおの正体を彼女が知っているかは分からないけど、なんだかハラハラする取り合わせだ。
「デビュー前の魔法少女同士、難しいところはあると思うすた。でも、今は緊急事態……加奈と協力して、戦ってほしいすた」
「……」
真っすぐに乞われたキャロラインちゃんは、ふんと小さく鼻を鳴らして。
「……わかってる。真琴にも言われた。いちじきゅうせん」
「! よ、よろしくねっ!」
キャロラインちゃんは少しだけ不満そうな顔のままクルクルと槍を回して、構える。
「真琴ももうすぐ来るはず。それまでに数をへらす」
「……うん! 一緒にがんばろう!」
私も杖を構え、魔法を充填する。
すると、気配に気づいたのか、蜂たちの何匹かがこちらを向く。
アゴをカチカチと鳴らし、やがて、針を前面に飛び出してくる。
「ぜんえいはわたしがやる。サポートして」
返事を待つこともなく、キャロラインちゃんも飛び出していく。
「ジジジジジ!」
「……うるさい」
鋭い音を立てて、槍の穂先と針がぶつかりあう。
キャロラインちゃんは槍の長いリーチを活かし、蜂たちの突進に深入りすることなく攻撃をいなし、時に胴体部にも反撃を入れる。
複数を相手にしながら、きっちりと敵を押し留めてくれている。
「あのトシで攻め気を抑えた立ち回りなんて、シブい子すたね……」
あまりの危なげなさに、すたおも感心するほど。
そんな彼女が時間を稼いでくれたことで、私の魔法もチャージが完了した。
タイミングを計りつつ……ぐっと杖を振り上げる。ここから描く攻撃の軌跡をイメージして、叫ぶ。
「いくよ、キャロラインちゃん!」
合図の一瞬後、杖を振り下ろす。
バッチリなタイミングで戦線を離脱したキャロラインちゃんの身体を縫うように、星の形の魔法弾が蜂たちに躍りかかる。
飛び退いたキャロラインちゃんを追おうとした蜂たちは、反応が遅れた。降り注ぐ攻撃が、数匹の蜂をまとめて消滅させる。
「やった!」
私は思わずガッツポーズをとる。
今の、即席にしてはかなりいいコンビネーションだったんじゃない!?
「わたしのブロックのおかげ」
「う、うん。もちろんだよ……! ありがとう、キャロラインちゃん」
「……べつに、あなたのためにやったわけじゃないから」
コミュニケーションは、やっぱりぎこちない部分もあったけれど。
本当ならハイタッチのひとつでもして盛り上がりたいところ。
「まだ来るすた!」
すたおの鋭い声が飛んで、私たちは意識を戦いに戻す。
見れば、新たな蜂が数匹、こちらへ迫ってきていた。
キャロラインちゃんは舌打ちをして、再度迎撃に出る。
蜂の攻撃を、キャロラインちゃんが止め。
私が一気に魔法で倒す。
このフォーメーションで、何度か敵の攻撃陣を退けた時だった。
「……マズいすたね」
「えっ」
私はひたすらに魔法のチャージをしながら、すたおの漏らした言葉に耳を傾ける。
「敵が増えるペースが上がってるすた。このままじゃ、ジリ貧すたね」
「そ、そうなの!?」
「すた。最初は倒すペースの方が上回っていたすた。でも、もう同じくらいに追いつかれそうすた」
「じ、じゃあ、もっと経ったら追い越されちゃうってこと……?」
「すた」
頷くすたおに、私はサッと血の気が引いていくような感覚がした。
ようやく、少し減って来たかなと思えてきたところだったのに。
これ以上増えられたら、私たちだけじゃどうしようもない。
「増援は……一番近い魔法少女でも、まだ少しかかりそうすた」
「わ、私も前線で戦えば……」
「それは悪手すた。今の連携が一番効率的なはずすた」
つまり、打つ手なしってこと――?
目の前では、今、キャロラインちゃんが懸命に蜂の攻撃を捌いている。
私じゃできないくらい、とても巧く戦っている。それでも、疲れてきたのか、あるいは終わらない戦いに気持ちが崩れかけているのか、少しずつ危うい場面も増えてきた。
「……やっぱり、今のままじゃダメだよ」
「すたおも分かってるすた。でも……でも……」
すたおが、星の手をぎゅっと握り締めた。
あふれ出る気持ちをとどめきれないというように、肩を震わせる。
「……どうしてドリーミィ・スターはいないすた……!!」
その言葉を、絞り出さなければならない苦しみが。
私には、痛いほどに伝わってきて。
「……こんな時に、ドリーミィ・スターがいたら」
私は呟く。
それは、願望でも、逃避でもない。
文字通りの意味だ。
こんな時、彼女ならどうする?
膨大な軍勢。味方は徐々に押されていて、増援まで耐えきれるかもわからない。
でも、耐えなきゃいけない。負けちゃいけない。
街に散った蜂たちは、他の魔法少女が対処しているけれど、このまま増産ペースが上がっていったら手が回りきらなくなるかもしれない。
そうしたら、街の人が危ない。どうしても、今。ここで食い止めなきゃいけない。
不可能を、可能にしなきゃいけない。
貴方が輝きをくれた、この公園で。
そう。まさしくあの時の貴方のように、私は――!
「……キャロライン、ちゃんっ!」
声を張り、魔法を飛ばす。
キャロラインちゃんが押し留めていた蜂のほとんどに命中し、倒したものの、一匹は押し留めきれずに逃れた。
その一匹が街中へ逃げようとするのを、すんでのところで回り込み、槍が貫く。
「……真琴」
心細くなっているのか、キャロラインちゃんは表情を曇らせてその名を呟く。
自分の拠り所である、師匠の名前を。
私たちは、似た者同士だ。私も、その名を胸に繰り返すことばかりだ。
だからこそ。
憧れの――ドリーミィ・スターの弟子だからこそ。私、だからこそ。
できることがある。
「ごめん、キャロラインちゃん。もうちょっと、がんばってもらえる?」
「……?」
キャロラインちゃんに一言残し、私は飛ぶ。
蜂の勢力圏から離れた、ジャングルジムの上。十年前に、私が囚われた因縁の場所。
私が逃げたように映ったのか、蜂たちは追い縋ろうとする。それを、キャロラインちゃんの槍が阻む。
「加奈……何する気すた?」
すたおすら意図を図りかねる。でも、無理もないことだ。
これができるかなんて、私にも分からないから。
でも、やらなきゃいけない。
不可能を、可能にする。
最高の魔法少女である、貴方の弟子なら。それくらい、やってみせる!
「――届いて、私の願い」
すべての神経を、それに集中する。
心の中の、深い魔力の海に手を伸ばすイメージ。
師匠から弟子へと継承する魔力。だったら、そのプログラムも、私の中に眠っているはずなんだ。
魔力の海を、潜り、もがき、手を伸ばす。
絶対にある。確信を胸に、ひたすらに思いを研ぎ澄ます。
やがて。指先が、小さな箱に触れる。
桜色の箱。
私はそれを、躊躇わずに開ける。
ぶわっ――と、桜の花びらが噴き出す。
急激に彩られる視界の中で、箱の中に潜んだ、それをそっと抱き上げる。
私の中に眠る、もうひとつの力。
苦い思い出でもあるけれど、でも、キミも含めて、私なんだ。
だから、お願い。
力を貸してほしい。
「……加奈。それは」
すたおの声には、驚きの感情があふれていて。
なんでも見抜けるすたおに、そんな反応をさせられたのなら、ちょっとしてやったりだな、なんて思ってしまう。
それはコスチュームへの変身と同様、現実的には一瞬の出来事だったのだろう。
でも、私だけにははっきりと、奇跡を紡いだ実感がある。
弟子が師匠から受け継ぐ魔力。その中に眠っていた、あるプログラム。
星司さんがすたおという相棒を生み出すために作り出した、マスコット精製の方程式だ。
のるかそるかの賭けだったけれど――私は、アクセスを果たした。
私だけの命を、芽吹かせることができた。
「……
すたおのような並列操作は、私には難しそうだったから、元のキミをリスペクトした
傍らに浮かぶ、二本の桜の枝を角のように生やしたイタチの姿は、あの時とは打って変わってなんだか愛らしく見えた。
マスコットサイズまで小さくなっているせいかもしれない。
「きいいっ!」
産声を上げて、小さな桜イタチは飛んだ。
キャロラインちゃんが押し留める蜂たちのもとへ一直線に。その身体に、桜色の旋風を纏って。
一足早い春の嵐が吹き荒れるのを、私は眩しい気持ちで見た。
「……私が、証明します。あなたの理想は正しいって。あなたは、最高の魔法少女なんだって」
こちらも手数が増えた今、蜂たちの思い通りにはさせない。
不可能は、今、可能に変わった。
私の大好きな貴方がいてくれたおかげで、成し遂げることができた。
「何度だって叫んでみせます。ドリーミィ・スターは……私の、憧れの魔法少女ですっ!!」
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