第39話
形勢は、私たちに傾いていた。
「じゃあ、撃つよっ!」
「きいいっ!」
「そっちは、わたしがおさえる」
さっきまでは拮抗していた増減の押し合いは、私の桜イタチの参戦で優勢に転じた。
押し留めるだけじゃなく、数を削りながら私の範囲攻撃を待ち、ダメ押しでさらに削る。
公園を覆っていた危険色の軍勢は、みるみるうちに数を減らしていった。
「がんばれー、まほうしょうじょーーっ!」
蜂たちの氾濫につき家に隠れていた人々も、私たちの優勢を見るや少しずつ姿を現し、声援を送ってくれるようになった。
一か八か桜イタチを召喚した疲労も含めて、私もキャロラインちゃんもかなり消耗していたけど、この応援を受けて、気力が湧いてくるようだった。
いつか彼女が言っていた。『笑顔は、私たちの力になるの』と。
公園の外周や近くの民家の窓から見える笑顔の数々に、奮い立つ自分が分かる。
「……えへへ。これが、ドリーミィ・スターが見てた景色、なんだね……!」
近くにいると思っていたすたおに向けての言葉だったけど、いつの間にか、すたおは姿を消していた。
まさか蜂にやられちゃったってことはないと思うけど、ここは大丈夫だと判断して、他の魔法少女のサポートに向かったのかもしれない。
寂しい気持ちもあるけれど、そんなことも言っていられない。やるべきことがある。
「……あの子。やるね」
あらかたを片付けて、本拠地である蜂の巣も、公園のツバキの木にあるのを発見できた頃。
一息つきながら、キャロラインちゃんが話しかけてくる。
「なまえ、なんていうの?」
「えっ!? え、えーとえーっと……!」
名前! 確かに必要だ!
完全な思い付きでやってみたもんだから、すっかり頭から抜けていた。
当の桜イタチも小首を傾げて待っている始末で、は、早く付けてあげなければ。
うーん、うーん。すたおは語尾で「すた」「すた」言ってて、で、この子は鳴き声が「きい」だから……
「……キイちゃん……?」
「きい!」
あまり自信なくつけたけれど、桜イタチ改めキイちゃんは機嫌良さそうに鳴いてくれたので、問題はないのだろう。
キャロラインちゃんは、なんだか難しそうに顔をむぐむぐさせて、
「……わたしもほしい」
「え!? えっと……あ、後で、掛け合ってみるね……」
「うん」
掛け合ってどうなるかは分からないけど、とりあえず、そういうことにして。
ともあれ、ここからは本丸を獲りに行くのみ――キャロラインちゃんと頷き合う。
「いこう」
「うん!」
「きいっ!」
同時に飛び出す。
巣の警護に残っていた残りの蜂に邪魔されないよう、私が魔法弾を放ち、キイちゃんが飛びかかる。
そうして出来た隙をこじ開けるように、キャロラインちゃんが全力で槍を突き入れる――!
が。
「っ……!」
硬い物質同士をぶつけたような鈍い音が響いて、キャロラインちゃんの身体が弾かれる。
どうやら見かけ以上に、非常に強固な造りのようだった。
キャロラインちゃんが苦々しく歯噛みする。
「あれさえ、つかえれば……!」
「っ……キャロラインちゃんっ!」
私が叫ぶのも、一瞬遅れてしまっていた。
新たに生成された蜂の端末魔象が蜂の巣から飛び立ち、キャロラインちゃんに襲い掛かった。
ハッと気づいたキャロラインちゃんが槍を盾にしようとするのもわずかに遅く、突き出されたその針は――小さな身体に穴を穿つ寸前、視界の外より飛来した矢に貫かれた。
「……えっ」
呆気にとられた私とキャロラインちゃんのもとへ、さらなる数の矢が降り注ぐ。
攻撃を仕掛けていた蜂だけでなく、キイちゃんが抑えていた分の魔象も、雨と降る矢に貫かれ次々と消滅した。
「――ゴメン、遅れた!」
「……真琴っ!」
見上げた先に、ハートを散りばめた衣装に鋭い銀のサイドテールの少女。
キャロラインちゃんがぱっと顔を輝かせて飛びつく、その存在こそ。
ドリーミィ・スターの元同僚、魔法少女トゥルーハートだった。
「……ま、えっと、トゥルーハート……さん」
「えっと、加奈ちゃんね? 状況教えてくれる?」
「は、はい。えっと、あの巣が魔象の本体のようです。倒さないとどんどん蜂が増えていくんですが、外がすっごく硬いみたいで……」
「OK。じゃ、キャロル。アレやるよ」
「うん」
何かをコンタクトして、魔法少女の師弟は揃って飛び立つ。
「悪いけど、露払いお願い!」
「わ、わかりました!」
ベテラン魔法少女の指示に素直に従い、キイちゃんとふたり、ぽこぽこと生まれてくる蜂たちを相手する。
すたおが言っていた通り、蜂が増えるペースはしばらく前までとは比べ物にならないものになってきた。
このままでは、いずれとんでもないことになってしまいそうだ。
「準備できたよ! 離れて!」
真琴さんの声を聴くと同時に、キイちゃんと共に離脱する。
追ってくる蜂を魔法弾で払いつつ仰ぎ見れば――そこには、寄り添うふたりの魔法少女と、巨大な兵器の姿。
身長の倍もありそうな巨大な弓に番えられた、同じく巨大な槍。
真琴さんとキャロラインちゃんの、それぞれの武器に、魔力を限界まで注ぎ込んで巨大化しつつ合体した……というところなんだろうか。
まさしく、師弟の合体必殺技だ。
魔力を込められた弓はひとりでに引き絞られていて、私が見た時点ですでにはち切れんばかりに力をため込んでいるようだった。
「いくよ! せーのっ!」
「――せ!」
号令を受け、弓と槍が最大限に輝き、その力を解放した。
轟音を響かせながら放たれた槍は、過たず巣に命中する。
閃光。そして、魔力の爆風が吹きすさぶ。
退避を図っていた私も吹き飛ばされそうで、キイちゃんを抱いて耐え忍ぶ。
野次馬の人たちも悲鳴を上げていて、民家の窓はカタカタと揺れる。
そんなとびっきりの衝撃の中……咄嗟に瞑っていた眼を開けば。
花びらをはらはらと落としながら、揺れるツバキの木の下。
抉れた土の中心、粉々に粉砕された蜂の巣が、魔力の粒子へと還るところだった。
「……や、やった!」
「きい!」
周りの野次馬の人たちの快哉をバックに、私もキイちゃんをぎゅっと抱きしめる。
結局、美味しいところはふたりに持っていかれてしまったけれど、ともあれ一件落着だ。
そういえば、デビューの件はこのままどうなっちゃうんだろう?
すたおが戻ってきたら聞いてみようか……それとも、真琴さんに聞けば分かるかな。
ぼんやりと考えながら、上空にいる真琴さんの方を仰ぎ見た瞬間。
口が動いていた。
「――トゥルーハート! 上っ!!」
「はっ――」
私の声に対する真琴さんの反応は早かった。
咄嗟にキャロラインちゃんを突き飛ばしながら、振り返りつつ大きさを戻した弓を縦に掲げて急所を防御。
事実、魔象の尾針は真琴さんのお腹に突き刺さる寸前で弓の柄に阻まれ、そのまま真琴さんを弾き飛ばした。
「なっ……!」
真琴さんは飛ばされつつも空中で姿勢を戻し、自分を襲った相手の正体を見た。
今まで戦っていた蜂たちより、一回り程大きい個体。
注目すべきは、頭に戴いた王冠と、纏ったファー付きの真紅のマント。
誰がどう見ても、一目瞭然だ。
あの巣は、本当の意味でのボスではなかった。
蜂の巣の中に当然控えているだろう――女王蜂が、姿を現していた。
「……チチチチ!」
周囲の快哉の声が、一気に悲鳴に塗り替えられる中。
端末たる働き蜂たちよりも幾分か高い声音で叫びながら、ぐるりと首を回し。
真琴さんに逃がされていたキャロラインちゃんへと襲い掛かる。
「っ……!」
女王蜂は巣を破壊した張本人である、真琴さんとキャロラインちゃんを標的と定めたようだ。
それまでの戦いで消耗し、さらにかなりの魔力を使うだろう合体技まで繰り出したキャロラインちゃんは、目に見えてバテている。
突き出される針をなんとか槍で防ぐのがやっとで、それもパワーの差で下へ下へと押し込まれている。
「このっ……!」
私と、弾き飛ばされた真琴さんが、それぞれキャロラインちゃんを助けるべく動き出す。
魔力で新たな矢を生成し弓に番える真琴さん――の横合いから、端末の蜂が襲い掛かる。
やむを得ず、真琴さんはその対応に追われることになる。
「そんな、もう巣は破壊したのに……!?」
「さっきの叫び声! きっと街から配下を呼び戻したのね……!」
話している間にも、別の蜂が飛んでくる。
真琴さんは歯を食いしばりながら、弓を引き絞る。
「キャロルをお願い!」
「は、はい!」
私とキイちゃんが飛び上がる。
防戦を続けるキャロラインちゃんは、とうとう女王蜂の突き出した一撃をこらえきれず、槍を手放しながら地面まで撃ち落とされた。
トドメの追撃を仕掛けようと迫る女王蜂の前に、私たちは立ち塞がる。
「……止めるよ、キイちゃん!」
「きいっ!」
私が掲げた杖の先に、キイちゃんが飛び乗る。
十年前の光景を思い出しながら、私は杖を通してキイちゃんに魔力を注ぎ込む。
キイちゃんの身体を魔力の輝きが満たし、薄桃色の花弁を散らした竜巻に姿を変える。
――十年前は、ドリーミィ・スターを苦しめた形態。今は、その力が私の味方だ。
「――はああああっ!!」
気迫を込めながら、女王蜂の蜂の一撃が私とキイちゃんにぶつかる。
ギャリギャリギャリギャリと、耳が壊れてしまうんじゃないかというほどの音が轟く。
「うっ……ううう……!」
「チチチチチチ!!」
――力が、強い。押されている。
ちょっとでも気を抜いたら、彼方まで吹き飛ばされてしまいそうな気がする。
竜巻を少しずつ割りながら迫る、尾針の途方もない威圧感。
引けない。
負けられない。
後ろにはキャロラインちゃんがいる。
なのに、心が挫けそうになっている。
「っ……はあっ、はあっ……!」
攻撃のあまりの重さに震えてくる。
ガタガタと揺れる身体は、攻撃の振動で揺れているのか、恐ろしさに震えだしているのかも判別できない。
限定された視界にはにじり寄る大きな針が埋め尽くし、聴覚を支配する轟音が恐怖心を煽る。
一瞬のうちに息も絶え絶えになって、呼吸が苦しくなってきて。
目からは、今にも涙が溢れ出しそうだ。
「ドリーミィ・スター……! ドリーミィ・スター……!」
必死の思いで、心を私の最高の魔法少女で満たす。
輝く笑顔で。
煌めく勇姿で。
くれた言葉で、心に勇気を灯そうと、すべてを費やす。
貴方に教えてもらった笑顔を、なんとか作ろうとする――けれど。
「……ドリーミィ、スターっ……!」
もう、無理だと。
敵いっこないと、俯く。
描き消えそうになる心の灯を、もう、もたせられない。
魔法の杖を握る力が、抜けていくことを予期する。
今にも手が緩み、そして全てが終わる未来が頭を過ぎる。
けれど、それを覆せない。
夢から、離れかけた手に。
「大丈夫だよ」
――重なった。
「……あ」
誰か、なんていう疑問符は、浮かぶことすらない。
その声を、他ならぬ私が。
聞き間違えるはずがない。
「ああ、ああああ、あ」
だから。ただ、ひたすらに。
口から漏れるのは、言葉にならない思いの欠片で。
涙にぼやけた視界の向こう側でも、どんな表情でいるのかがはっきりと分かる。
「魔法少女の力の源。覚えてる?」
その問いかけに、何度も頷く。
言葉よりも明確な答えを返すために、暴れだす瞼と口を全力で宥めて。
満面の笑顔を、浮かべれば。
「――正解っ!」
いまだ滲む視界には、夢にまで見た光景がある。
色とりどりの星を散りばめた、白く華やかなミニスカート・ドレス。
ボリュームのあるポニーテールは、鮮やかなピンク色。
いつものステッキはその手になく、代わりに私の手の上から、ぎゅっと温かさを伝えてくれている。
笑顔が素敵な、私の憧れの魔法少女。ドリーミィ・スター。
重なった手を通して、杖先に貴方の魔力が渦巻くのを感じる。
「じゃあ……やっちゃおうか!!」
「――はいっ!!」
ふたり分の魔力で、キイちゃんの竜巻が神々しく輝く。
そして――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます