第40話(終)


――戦いは、終わった。


 強大な力に違わぬ、膨大な量の魔力の粒子がさらさらと降り注いでいる。

 目じりの涙に反射して、きらきらと瞬く。


 魔法少女ドリーミィ・スター。

 帰ってきてくれた貴方を、祝福するように、世界が煌めいている。


「……ありがとう」


 ドリーミィ・スターが、呟いた。

 彼女もまた、笑顔の端に、小さな涙の粒を浮かべて。


「キミの、言葉が。キミの想いが。キミが……いてくれたから。戻ってこれたよ」


 両手を後ろ手にして、はにかむように笑う。


「……まだ、全部平気になったわけじゃないんだけどねっ! でも、素敵な弟子のキミに恥ずかしくないような師匠でいるために……私も、頑張ってみるから」

「っ……はいっ……はいっ……!」


 私はただただ頷いた。

 ぐしゃぐしゃの瞳からは、万感の思いがとめどなく溢れていた。


「……変身、できたのね」


 トゥルーハート――真琴さんと、キャロラインちゃんも揃う。

 真琴さんは、どことなく座り悪そうな、けれどもやっぱり嬉しそうな、複雑そうな感じで視線を落ち着かなくさせていて。


「うん。トゥルーハートも、ずっとありがとう」

「……何が?」

「私の管轄、ずっとやってもらってたよね。すっごく助かった。これからは、もう大丈夫だから」

「……別に、仕事だし」


 キラキラとした笑顔のドリーミィ・スターから視線を逸らして、返事もどこか素っ気ないトゥルーハート。

 かつての現役時代から、トゥルーハートのドリーミィ・スターに対する対応はクールなところがあったけれど、今回のこれは特に淡白で。

 中の人の想いも含めてみてみると、真琴さんがすごく可愛らしく思えてくるのだった。


「――ねえ」


 きゅっ、とコスチュームの裾を引っ張ったのは、キャロラインちゃんだった。


「引き分け、だから」

「……うん?」


 私の反応がお気に召さなかったようで、キャロラインちゃんはじれったそうに目を吊り上げる。


「だから、引き分け。今回は。いい?」

「あ、うん。そういうこと……」


 別に構わないというか、そもそも勝負とかいってる場合じゃなかったしなあ。

 ともかく、私が頷くと、キャロラインちゃんはプイとそっぽを向いて、言いづらそうに言葉を続ける。


「……あと、守ってくれて……たすかった」

「え? ううん、当然のことだよ。友だちだもん」

「ちがう。ライバル」

「……ふふっ。うん、ライバルだもんね」


 思わず笑ってしまう。

 どうやら素直じゃないところは、似た者師弟であるらしかった。


「笑わない! ……とにかく、これからだから」

「うん! 負けないよ!」


 答えて、握手の手を差し出すと。

 相変わらず顔は逸らしたままだったけど、今度は、応じてくれた。


 小さな手と、熱を交わす。

 きっと、これからもずっと肩を並べていくことになる、私のライバルと。


「……っと、そうだ。積もる話はあるけど、とりあえずっ」


 思い立ったように、ドリーミィ・スターがパンと手を叩いて、私の手を取る。


「へっ……?」

「せっかくみんないるんだし、ね!」


 グイっと引っ張って、勝利に沸いているギャラリーたちに見やすいところへ、ふたり、飛び上がる。

 見れば、公園をぐるりと囲む人だかり。周辺の民家の窓からも、多くの人が見ている。

 気づけば、空にはヴァーミリオン・セイバーたち、街の各所で戦っていた魔法少女もいて、見守ってくれていた。


「皆さん! まずは、今までご迷惑とご心配をおかけして、ごめんなさいっ!」


 大声で、ドリーミィ・スターが頭を下げる。

 これまでは文書だけでなされてきた、ドリーミィ・スターからの初めての声での謝罪に、みな固唾をのんで見つめていた。


「でも、もう大丈夫! 私、ドリーミィ・スターは……活動を、再開しますっ!!」


 その言葉に、一瞬の静寂の後――割れんばかりの歓声と拍手が、私たちを包み込んだ。

 耳にこだまする祝福を晴れやかな笑顔で受けながら、やがてドリーミィ・スターは、握った手を前へと振って、私を一歩出させた。


「……わっ」

「そして、もうひとつ! 今回はいろいろとイレギュラーだったから、正式な声明とか名乗りとかはまた後になると思うけど……とりあえず!」


 前に立たせた私の肩に、ポンと手を乗せて。


「この子が! 私にもう一度、夢を見させてくれた! 私の教え子で……私の、大切なパートナー!」


 集まった全員の、好奇の視線が私に突き刺さる。

 思わず腰が引けそうになってしまいそうで――でも、踏みとどまる。


 その中に、小さな視線を見つけたから。

 キラキラと――十年前の私のように瞳を輝かせて、私を見ている女の子。


 もしかしたら、彼女にとっての私が、私にとってのドリーミィ・スターになるかもしれないから。

 なら、夢を見せなきゃいけない。


 しゃんと背筋を伸ばして。魔法少女は、こんなに素敵なんだよって。

 そう、とびっきりの笑顔を、見せてあげなきゃいけない。


「……うん、上出来」


 私の顔を横から覗き見て、ドリーミィ・スターが微笑む。


「じゃ、ホラ! キミからも、挨拶しなきゃ」

「え、ええっと」


 注目されれば、やっぱり緊張するし。

 しゃべりだす時のどもりも、すぐには消えそうにない。


 でも、それでもいいのかもしれない。

 どんなに魔法少女らしからぬ人でも、とびっきりの笑顔があれば、素敵な魔法少女に変身できる。


 だって、そうでしょう?

 私の憧れの魔法少女の正体は――男の人、なのだから。


 だから私は、貴方に教えてもらった笑顔の魔法を胸に、一歩ずつ進んでいこう。


「――え、えっと! ど、ドリーミィ・スター、共々! これから、よろしくお願いしますっ!」




 これから、始まるのは。

 魔法少女たちの、ありふれた――でも、特別な物語。

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憧れの魔法少女の正体が男でした。 山田絢 @ayamadng

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