第2話
「よっす! お疲れさま、若菜さん!」
たっぷりのお説教を終えた私を待ち受けていたのは、弾んだ声の出待ちだった。
「うぇっ!?」
ガタンッ!
いきなりの事態に、私は驚きのあまり跳び上がって、壁に身体をぶつけてしまった。
「ちょっとちょっと、大丈夫?」
出待ちの子――長めの黒髪を二つに結び、メガネを掛けたその女の子が私を覗き込む。
心配そうな表情に「へ、平気だよ」と返して、さて、私はその顔に、どこか見覚えがあった。
確か、クラスメイトの……えっと……?
「それは良かった! あ、私、同じクラスの
「う……うん! 高田さん、ね!」
とっさに頷いてしまったけれど、向こうは特に気にせず「そっか!」と笑顔。
そして、スクールバッグを一つ、差し出してくる。
目立った装飾や特徴のない普通の学校指定のバッグ。流されるように受け取って中を見てみると、入っているノートには「若菜加奈」の名前――あっ私のバッグだコレ。
「カバン、これだよね? なんか忘れ物とかある?」
「ない、と思う、けど」
「オッケー! それじゃあ、レッツゴー!」
そう言うと、私の手を取って、ずんずん進んで行く。
「あのっ、えっと!」
「ん? ゴメン、なんか用事あった?」
「それは、特にないんだけどっ……!」
わけも分からず、引っぱられるままの私。
そんな私の頭上のクエスチョン・マークに気付いたのか、歩みは止めぬまま、高田さんは首だけ振り向いて、ニカッと笑う。
「私、若菜さんと喋りたかったんだよね!」
「えっ――!?」
喋りたかったんだよね!
喋 り た か っ た ん だ よ ね !
喋 り た か っ た ん だ よ ね !
カラカラの大地に水がしみこむかのように、その言葉は、私の心に沁みこんだ。
記憶にすら残っていないような二年半くらいとはいえ、どうやら無意識下で、私はすっかり友だちに飢えていたようだった。
だもんで、私はもう、目を輝かせて、胸を躍らせて、スキップすらする心地で、高田さんに付いて行ってしまうのだった。
何と言いますか……我ながら、チョロイ女である。
* * *
「いやー、ドリスタ復活、おめでたいねえ!」
「ぶふっ!」
高田さんの発言に、私は飲んでいたシェイクを噴き出してしまった。
ガヤガヤと賑やかなファーストフード店の一角。テーブルを紙ナプキンで拭く私を見て、高田さんは愉快そうに笑っている。
「アハハ、図星! 分かり易いなあ若菜さん! さっきの授業の時も思ったけど、こんなに面白い子だったなんて知らなかったよー」
「ど、どうして分かったの……!?」
私の問いに、高田さんは「ちっちっち」と芝居掛かって指を振る。
「カンタンな推理だよ、
一度言葉を切って、高田さんは握り拳を作り、力強く掲げる!
「私たちの世代に、ドリスタが嫌いな女子などおるまいてっ!!」
演説の余韻に浸るように、ポーズを取ったまま、満足げに目を閉じている。
私も私で、「だよね、だよね!」とブンブン首を振って同意する。
そして私は、勇気を振り絞って、自分から話題を展開してみる。
「高田さん、ドリーミィ・スターのどんなところが好き……?」
私の質問に、高田さんはカッと目を見開き、「よくぞ訊いてくれました!」と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「そーーだなあーー、いっぱいあるけど、やっぱ、芯が強いところかなっ! どんな
「そうなの、そうなの! 『笑顔が魔法少女の力』って言ってね、いつも笑顔で、私たち見てる方にも笑顔をくれて……ほんっと、素敵なの!」
「へえー? ドリスタ、インタビューとかも全然ないから、その発言は初耳だわ。いつのやつ?」
「えっと、最初の、『桜イタチ』の時の……」
私が答えると、今度は高田さんがシェイクを噴き出す番だった。
「うはっ! 私たち、そん時まだ五歳とかじゃん! そんな頃から知ってんの!?」
「ま、まあ……うん」
「まいったなー。魔法少女オタクを自称する雛ちゃんも、ドリスタに関しては若菜さんに負けそうだわー」
「えへへ……」
そんな風に、私たちはしばし、ドリーミィ・スタートークに耽溺する。
時計の短針が、一周と少しを回ったくらいで、私はふと、降って湧いた疑問を投げかけてみる。
「……ね。高田さんも、オーディション受けるの?」
すると、高田さんは手をひらひらと振りつつ、こう答える。
「んやー、私は見る専ー。可愛い子いっぱいだからさー、もう、情報追っかけるだけで精一杯よ」
「そうなんだ……」
「そーなんです。ってか若菜さん、やっぱオーディション受けんだね?」
「えっ!?」
またもやズバリと心を見透かされてしまい、私は思わず挙動不審になって、キョロキョロと辺りを見回してしまう。
その様子を見て、高田さんはやっぱり愉快そうに笑っている。
「え、エスパー……!?」
「アハハ! 違うって! 若菜さん、自分で言ってたじゃん、『も』って」
「あれっ、そうだっけ……?」
どうやら私がボケボケだっただけのようで、まっこと、お恥ずかしい限りである。
と、不意に高田さんは、どこか遠くを見るような、愁いを帯びた目つきになる。
「……昔はさあ。みんな魔法少女大好きで、おしゃべりしたり、ごっこ遊びしたり、すっげえ楽しかったのにね。大人になるにつれて、少しずつ離れてっちゃうんだよね」
確かに――私も、覚えがある。
ドリーミィ・スターがまだ活動していた小学校六年生の時ですら、周りの子の興味は少しずつ魔法少女から別のものに移っていって、ドリーミィ・スターの活動休止の報せが出た時も、私ぐらいショックを受けたり後に引き摺ったりといった子も、いなかったように思う。
「だから、さ」
高田さんは身を乗り出して、私の手を、両手で握る。
「魔法少女の話ができる友だち、すっごい欲しかったんだ。私、今、すっごい嬉しいの」
じっと見つめるその視線は、まさに真剣そのもの。
私も目を逸らさず、じっと見つめ返す。
「若菜さんのこと、すっごい応援してるから! 目指せ、未来の魔法少女!」
「……う」
真っすぐぶつけられるエールに、瞳が潤んできてしまう。
だから私は、首がとれちゃうんじゃないかってくらいに大きく頷いて、受け止めた。
「――う゛んっ! ありがとう、高田さんっ!」
「いいんだよ、若菜さん! いやさ、加奈!」
「っ! ひ、雛ちゃんっ!」
「「 ひしっ!! 」」
ヒートアップした挙句、立ち上がって力強く抱き合う私たち。
そして、なんのこっちゃ分からないけれど雰囲気に流されたらしき店内の人たちのまばらな拍手を二身に浴びるのだった。
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