第3話
「……えーと、感動的シーンなところ申し訳ないんだけどさ」
「ひゃあ!」
背後から掛かった声に、私はびっくりして小さく叫んでしまう。
雛ちゃんからパッと離れて振り向けば、セットの乗ったトレイを抱えた、同じ制服の女の子が立っていた。
「おっ! 穂波! 練習終わったなら言えよなー!」
「しただろ。電話」
「えっ、マジ?」
雛ちゃんがイスの上に置いていたバッグを
背が高く、黒髪を肩口で切り揃えられた子。どことなくスポーツをやっていそうな雰囲気を漂わせている。
「同じクラスの、
「よ、よろしくおねがいします。あっ、若菜加奈です」
「知ってるって。……あ、名前で呼んだ方がいいってこと?」
苦笑し、そう尋ねた安藤さんに、「私はもう名前呼びだもんねー!」と雛ちゃんが謎の自慢をすれば、
「じゃ、あたしもそういうことで……いい? 加奈」
と微笑んだ顔は、女の子というよりもカッコイイ男の人のようで、私は頷きながらドキッとしてしまう。
「あたしのことも穂波でいいからね。……で、雛」
「なんだい?」
「加奈と、ちゃんとオーディションの話したの?」
穂波ちゃんの言葉に、雛ちゃんは「おお」と手を叩く。
「すっかり忘れてた! いやー、魔法少女トークが楽しすぎて、ね!」
「そんなことだろうと思ったよ……」
「私も、すっごい楽しかったから!」
呆れ顔の穂波ちゃんに私は慌ててフォローする。
すると雛ちゃんも笑顔になって、というか多少ドヤ顔気味になって、穂波ちゃんに視線を送る。
「ホラホラ。っていうか、穂波がノリ悪いのがいけないんだよなあ。昔は一緒に魔法少女の追っかけしてたってのに」
「へええー」
「む、昔の話だろ!」
「コイツ、魔法少女ごっこするとき、ヴァーミリオン・セイバーの役とられると、『ほなみがやるの~!』って、すーぐ泣いちゃってさあ」
「オイ、やめろバカ!」
「ううん、いいと思うよ、ヴァーミリオン・セイバー! カッコいいよね!」
「お、おう……ありがと……」
後で聞いたところによると、二人は保育園からの幼馴染らしい。
「それで息ピッタリなんだね」と言うと、雛ちゃんは「でしょでしょー?」と返し、穂波ちゃんは「ないない」と返す、つまりはそういう関係なんだそうだ。
そういえば登場の仕方もなんだか似てたし、やっぱり息ピッタリだなあ、と思ったのだった。
「……で、オーディションのことなんだけど」
穂波ちゃんが大人しくなってしまったので、雛ちゃんは本題を切り出す。
「魔法少女のオーディションって、事務所ごととか担当の魔法少女ごととかに、やる内容が全然バラバラなのね。学力試験があったり、体力試験があったり。あと面接とか、そーゆーの」
「ふんふん……」
私はメモを取りながら、雛ちゃんの講義に耳を傾ける。
言いながら雛ちゃんは、なにやら携帯電話を操作して、あるサイトを私に示す。
『魔法少女ドットコム』。魔法少女関連の総合情報サイトだ。
「フツーなら、この『マホコム』で傾向調べたり、過去問漁ったりして対策立てるんだけど、ドリスタがオーディションやんのって初だし、
パパッと操作して、画面がマホコムの掲示板に切り替わる。
そこではドリーミィ・スターのオーディションの話題で持ちきりで、雛ちゃんが言ったように困惑が広がっていた。
「……おっ」
声を上げたのは、黙って自分の携帯電話をいじっていた穂波ちゃんだった。
彼女も自分の携帯電話をテーブルに広げ、私たちに見せてくれる。
「ドリスタのオーディション、正式に情報開示されたってさ」
「「 おおっ! 」」
雛ちゃんと二人、声を揃えて驚きつつ、顔を揃えて画面に食いつく。
そこに踊る文字はしかし、私たちになにも希望を持たせてはくれなかった。
『開催日程:一月中の土曜日・日曜日
開催場所:ドリーミィ・スター魔法少女事務所
(旧グレイテスト・バースト魔法少女事務所)
採用人数:若干名』
他にも、申込用紙のPDFやその提出期限なども記されていたけれど、「オーディションについて」の項には、それだけしかなかった。
「結局手がかりナシやないかーい!」
「オイッ!」
雛ちゃんが穂波ちゃんの携帯電話に鋭いツッコミのチョップを繰り出したので、穂波ちゃんも負けじと雛ちゃん本体に鋭いチョップを打ち込む。
じゃれ合う二人を横目に、私は文面をじっと見ていた。
情報はなし。
話題性の高さは、きっとたくさんの
採用人数も、きっと多くない。
それは、とても狭い門だ。
私なんかが通れるか、不安しかない。
そんな時――ドリーミィ・スターならどうする?
決まってる。笑顔で、立ち向かう!
「……ヒントがないなら、とにかく、やれるだけやる……しか、ないよね」
私は二人に、笑顔でそう言った。
二人はじゃれ合う手を止める。穂波ちゃんはヒュウと短く口笛を吹き、雛ちゃんは「おおおっ」と声を震わせる。
「いいね、いいね! どんな敵にも怯まない! それでこそだよ!」
「いやいや、そんな」
「いよっ、ドリスタを継ぐ者・若菜加奈!」
「えへへ……」
囃し立てる雛ちゃんに照れる私、そして浮かれる私たちに微妙に冷ややかな視線を送る穂波ちゃん。
とても居心地のいい空間だった。
* * *
「今日は、本当にありがとう! すっごいタメになったよ!」
店を出て、二人にそう、感謝を述べた。
二人の家と私の家は、ここから逆の方向だった。
「こっちこそ! 加奈と友だちになれて良かった! なー、穂波!」
『友だち』。
「うん。あたしも楽しかったよ。また明日、学校でね。加奈」
『また明日』。
それらの言葉に、私の心は、じぃんと暖かくなる。
また明日、教室に行けば、友だちが待っている。
三年前は当たり前だったそれが、どれほど幸せなものだったのか――。
「……うんっ! 雛ちゃん、穂波ちゃん、また明日っ!」
手を振って別れて、家に帰る道。
私はずっと、とびっきりの笑顔だった。
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