第1章 オーディション編

第1話


 いきなりだけれど、彼女の話をしようと思う。

 魔法少女ドリーミィ・スター。

 彼女について語ることが、なんだったら私の自己紹介を兼ねてしまうくらい、彼女は私にとって、かけがえのない存在だった。


 十年前、彗星の如く現れて、日本の魔法少女史にその名を刻んだ彼女は、まさに理想の魔法少女と言うべき存在だった。

 明るく元気。どんな困難を前にしても決して怯むことはなく、いつも輝くような笑顔を絶やさない。

 強大な敵にも知恵と勇気で立ち向かい、他の魔法少女とチームを組んでも、誰にも負けないきらめきを放って、常にチームの中心にいた。


 彼女は私の命の恩人で、憧れの人だった。

 

 彼女の魔法少女デビューとなった、通称「桜イタチ」との戦い。

 私は独り、公園に取り残されて、桜舞う嵐の中、幼いながらに死の恐怖に晒されていた。

 そこを華麗に救ってくれたのが、ドリーミィ・スターだった。


 あれ以来、私はずっと、彼女の大ファンだった。

 一生懸命書いたお礼の手紙のお返事は、机の抽斗ひきだしに今でも大切に仕舞ってある。

 彼女の人気に火が付いてからは、テレビのニュースで見かけるたびに小躍りしてテレビに齧り付いたし、オモチャのステッキやコスチュームを模したパジャマを買ってもらった日には、数日はずっとご機嫌だった。


「まほーしょーじょ、どりーみぃ・すたー! やーっ!」


 パジャマを着込み、オモチャのステッキを掲げ、ポーズを真似してセリフを叫べば、まるで自分が彼女になったかのようで、いつまでも遊んでいられた。

 妄想の世界で、私はドリーミィ・スターになったり、ドリーミィ・スターが一番信頼を寄せるパートナーになったり、時にはドリーミィ・スターに助けられるお姫様だったこともあるけれど、

 とにかくどんな時も、私の心の中心には、ドリーミィ・スターがいたんだ。


 だから、三年前の、彼女の突然の無期限活動休止宣言は、本当に悲しかった。


 私はショックのあまり、部屋に閉じこもって一日中泣いていた。

 おかげで、あとちょっとというところで、小学校の六か年皆勤賞を逃してしまったくらいだ。

 でも、そんなことよりも、やっぱりドリーミィ・スターが見れなくなってしまうことの方が、億万倍も辛かった。


 彼女のトレードマークの、大きく揺れる立派なポニーテールを真似するためにずっと伸ばしていた髪も、ショックのあまり、中学校に入る時に切ってしまった。

 私と同じように、彼女に憧れてポニーテールにしていた子は周りにもたくさんいて、中でも私は、彼女の髪の色に似たをしていて、それがとても誇らしくはあったのだけれど、

 まるで『失恋すると髪を切る』というジンクスをなぞるように、バッサリ!としてしまったのである。


 今年でもう、中学校も三年目。

 暦の上では十月の半ば。そのおよそ三十ヶ月の間、私の心には常に暗雲が立ち込めていた。

 文化祭とか修学旅行とか、確かにあったはずなのだけれど、どれも全くと言っていいほど記憶になくて、きっと、生きる屍のように毎日を過ごしていたのだと思う。


 ボッチとか、非リア充とか、そんな風に蔑まれたとしても、一向に痛くも痒くもない。

 ドリーミィ・スターの喪失は、生半可な言葉の刃じゃスカスカと通り抜けてしまうくらいでっかい穴を、私の心に空けてしまっていたのだ。


 このままでは、高校に入っても、始まるのはハイスクールライフならぬ灰スクールライフになってしまうだろう。

 そんな、生きる屍の私の目を醒まさせてくれたのは、これもやっぱり、大好きなドリーミィ・スターだった。



 * * *



「……ほああああぁぁっ!!?」


 ある日の授業中。

 教科書の防壁の裏で何の気なしに携帯電話でネットニュースを流し読みしていた私は、不意に目に飛び込んできたトピックによって、素っ頓狂な声を上げて椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がり、クラス中の注目を浴びることとなった。


 みんな、大層驚いたことと思う。

 申し訳ないことをしたと思うけれど、でも、あの場で一番驚いていたのは、紛れもなく私だった。

 私を襲った驚天動地のニュースは、次のものだった。


<<【魔法少女】無期限休業中のドリーミィ・スター、事務所設立および新人オーディションの開催を宣言。>>


 画面に、文章に、久しぶりに見る彼女の名前に、釘付けになった。

 記事のページにアクセスしようとして、接続の遅さをもどかしく感じること数秒、表示された記事を目を皿のようにして読んだ。


『無期限の活動休止を宣言していた魔法少女ドリーミィ・スターが、師匠である魔法少女グレイテスト・バーストの海外派遣に際し、事務所を譲り受けることになった。

 これに伴い、新事務所に所属する新人魔法少女を発掘するオーディションの開催を宣言した。

 詳細は――』


「若菜」


 苗字を呼ばれ、次いでポンと軽く、教本で肩を叩かれた。

 数学の先生の声だった。そういえば、今は授業中だった。

 先生は言葉を続け、私は携帯電話を食い入るように見つめたまま返事をした。


「授業中だぞ」

「はいっ! 知ってます!」


「そうか。一大事か?」

「はいっ! 一大事どころか、百大事くらいです!」


「それはやばいな。家、帰るか?」

「いえっ! 大丈夫です!」


「そうか。じゃあ、とりあえず座ってくれ」

「はいっ!」(腰を下ろしたら椅子がなかったのでそのまま床に座る私)


「……ケータイは仕舞えな」

「はいっ! これを読み終えたら!」



 * * *



 放課後のたっぷりのお説教と引き換えに、私は一つ、大切なものを取り戻した。

 ドリーミィ・スターのような素敵な魔法少女になるという、小さな頃からの夢だ。


 目を閉じれば、今でもありありと蘇る、私の一番大切な思い出。

 桜の嵐の中、私を救い出してくれた、あの勇姿。あの笑顔。握った手の温もり。


 あれから十年。

 あの時の彼女のように、私もなりたい。彼女の下で。

 私、若菜わかな加奈かなは、高校受験を目前に控え、それ以上に負けられない戦いに身を投じるのだった。


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