憧れの魔法少女の正体が男でした。

山田絢

本編

プロローグ

「うわああああん! ああああああん!」


 絹を裂くような悲鳴が秋の公園に響き渡る。

 小学校低学年くらいか、の小さな女の子が一人、ジャングルジムのてっぺんに取り残され、顔を真っ赤にして泣いている。

 公園で遊んでいた他の子どもやその保護者たち、あるいは騒ぎを聞いて集まった野次馬は、みな公園の入り口で群れを成すのが精一杯で、ただ目の前の状況を眺めるのみだ。


「ィィィイイ……!」


 鋭く甲高い、動物のいななき。

 ジャングルジムを背に、奇妙な動物が空中に浮かんでいた。

 姿はイタチのよう。だが、その頭部には、桜の枝の如き二本の角を生やしている。

 瞳は赤く濁り、逆立てた全身の毛は強烈な敵愾心を露わにしている。


 イタチの持つ桜の角が小刻みに揺れると、上空から、舞い散る雪のように桜の花弁はなびらが降る。

 花弁は自在に吹く強風に煽られ、巻き上げられ、操られ、薄桃色のつむじ風と化し、イタチの視線の先、空をかける少女に向かっていく。


「キミ! 大丈夫だよ! 今、助けるからっ!」


 そう――。この怪現象に挑むのは、少女である。


 中学生か高校生くらいに見える少女だ。ビュウビュウと吹く風音を切り裂いて涼やかに通る声もまた、外見に違わぬ少女のそれ。

 身に纏うは、色とりどりの星を散りばめた、白く華やかなミニスカート・ドレス。

 空を飛び回る動きに合わせて揺れる、ボリュームのあるポニーテールは、吹きすさぶ桜にも負けぬ、鮮やかなピンク色。


 右手に握るステッキを振りかざせば、つむじ風は解けて花弁が公園に降り積もる。

 イタチが不愉快そうに喉を鳴らすが、少女は意にも返さぬ不敵な笑顔を返す。

 そう、その姿は、まるで。


「ね! こんなの、へっちゃらだよ! なんたって、私は――魔法少女、ドリーミィ・スターだもん!」


 彼女は、魔法少女であった。


「キイイイ――ッ!!」


 イタチが一際甲高く鳴くと、発生していたいくつかのつむじ風がイタチの元に結集し、巨大な竜巻を形成する。

 竜巻は唸りをあげてドリーミィ・スターに襲い掛かる。

 ドリーミィ・スターはステッキを両手で握り、正眼に構えて竜巻に相対する。


「……はあっ!」


 ステッキの先端、星型の飾りと竜巻が触れる。

 群れた鳥の嘶くような衝突音が耳をつんざき、接触点から発生した突風にギャラリーの何人かが小さな悲鳴を上げる。


「お、お姉ちゃんっ……!」


 ジムの上の少女が息を呑む。

 押されているのか、握るステッキはカタカタと震えている。

 それでもなお、ドリーミィ・スターは笑みを崩さず、囚われの少女にウィンクを返す。


「全っ然、へっちゃらだって! だから、キミも泣き止んで、笑って!」

「わ、笑っ……?」


 困惑する少女。

 無理もない。この状況にあって笑うなど、容易にできることではない。

 それでもドリーミィ・スターは、満開の笑顔で言葉を紡ぐ。


「そう! 笑うの! 笑顔は、私たちの力になるの! だから……」


 こんな風にね、と言うように、ドリーミィ・スターは一層輝くような笑顔を浮かべる。

 少女は、未だ恐怖渦巻く心で勇気を振り絞った。服の袖でゴシゴシと涙を拭う。

 そして、赤く腫れた目と、ひくつく唇を精一杯動かして、


「――え、えへへっ……」


 と、とびきりの笑顔を咲かせた。


「そう! そうっ!」


 ドリーミィ・スターが、湧きあがる魔力を集中する。

 星型の飾りが光り輝くと、竜巻の方がじりじりと押され、俄かにぶれつつあった。

 竜巻の中からイタチの叫びが聞こえる。敵も、最後の力を出し切るつもりだ。


「呼んでっ! 私の名前! 『ドリーミィ・スター』の名前をっ!!」


 ドリーミィ・スターの叫びに、少女は両手を口元に添え、精一杯声を張り上げる。


「が……がんばって! ドリーミィ・スターっ!」

「負けるな、ドリーミィ・スター!」

「ドリーミィ・スターーーっ!」


 少女の声援の後を追うように、公園外周に押し退けられていた人々も、口々にドリーミィ・スターの名前を叫ぶ。

 やがて公園全体が、『ドリーミィ・スター』の声に包まれる。

 刹那、ドリーミィ・スターの瞳に、星が瞬いた。


「はあああーーーっ!!」


 咆哮と共に、星飾りから光が迸った――。


 強い閃光に、人々の目が一瞬眩む。

 彼らが再び目を開けた時、竜巻は中のイタチごと、透明な粒子と化す。

 最後に一度、強く風が吹き上がると、粒子は風に溶けて消えて、後には平穏だけが残った。


「ふうっ……」


 と息を吐いて、勝利した魔法少女はジムへと飛び、少女に手を差し伸べた。


「……ありがとう! キミのおかげで勝てたよ!」

「う……うわああああああん! ああああああああ!!」


 安堵が、恐怖を堰き止めていた弁を壊し、少女はドリーミィ・スターに抱き着きながら大泣きした。


「オオオオーーッ!」

「ドリーミィ・スター! ドリーミィ・スターーーッ!!」


 公園の外縁にいた人々も詰め掛け、快哉の声をあげ、彼女を讃えた。


 魔法少女ドリーミィ・スター。

 ひとりの魔法少女の、鮮烈なるデビューであった――。



 * * *



 今や、魔法少女はテレビや本の中だけの存在ではない。


 目で見て、耳で聞いて、それだけでなく、手で触れられる。

 少女たちはアイドルに憧れるのと同等の切実さで魔法少女に憧れ、その一部は、実際に夢を叶えている。


 秋空に降る桜。不可思議な生物。空を飛び、それらと戦う魔法少女。

 全て、世界のどこかで、稀によく起こっている光景。


 これは、そんなありふれた非日常に舞う、魔法少女たちの話。

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