第7話


「おーい、加奈ー。もしもーし」

「……」

「オカズ貰っちゃうぞー」

「よしなって、このバカ」


 あの惨劇から約二週間――私はすっかり、昔のような魂の抜けた状態に逆戻りしていた。


「ずまねえ加奈~~! 私が当たって砕けろなんて言ったばっかりに~~!!」

「その、お疲れ。でも、まだ分かんないって。その情熱を買って合格、とかあるかもしんないし……な?」


 私の分までわんわん泣いてくれた雛ちゃん。甲斐甲斐しく慰めてくれた穂波ちゃん。

 二人のおかげで自我を失うレベルの傷はギリギリ残らず、こうしてもそもそとお弁当をつついているのだった。


「だってさー。私、コンビニのオニギリよ? 家庭の味が恋しくなるっていうかー」

「朝も夜も家庭の味だろ。昼くらい我慢しなよ」

「穂波は食いしんぼだからオカズくれないしなー」

「誰が食いしん坊だバカ」

「なーなー、加奈。実はコイツ、加奈のドリスタショックの時、教科書の裏で部活用の弁当食っててさ」

「ぶっ! ……オイっ!」

「そんで、好物のミートボールを喉に詰まらせたってベソかいちゃってさー! アハハハ!」

「べ、ベソはかいてねーだろ、ベソは! もう、黙れバカ!」


「ドリ……」


 私は無意識に呟く。

 胸に様々な想いが去来して、こちらも無意識に、じわり、と涙が滲む。


「うわっ、加奈!?」

「よしよし、大丈夫だからね、加奈。穂波も反省してるから」

「あたしが悪いの!?」

「ううん、大丈夫……ごめんね……」


 いつものノリに努めて、私を元気づけようとしてくれている二人に、私はいつまでも甘えてばかりだった。

 いい加減、吹っ切らなきゃ、しっかりしなきゃ、と思っても、身体は全然言うことを聞いてくれなかった。

 特訓を無駄にしてしまったことも含めて、二人への申し訳なさが募るばかりだった。


 ブブブ、ブブブ――。


 その時不意に、スカートのポケットの中で、俄かに振動音バイブレーション


「あー、ダメだぞ加奈ー。こんなとこにオモチャ持ってきちゃー」

「オモッ……!? お前、昼間っからなんてこと、」

「ん~? 私、フツーの電池式のお人形とかのこと言ったんだけどな~? 穂波チャンは何を想像しちゃったのかな~~?」

「っ……るっさい! 死ね!」


 じゃれ合う二人を他所に、ポケットから携帯電話を取り出してみれば、メッセージが一通。

 その内容を見て、私はしばしフリーズした。


「アハハハ! あ、加奈、なんだったの?」

「そらすなっ! 話を!」

「……や」


 次の瞬間。

 十月のあの日をなぞるように、私は勢いよく立ち上がっていた。


「やっっ……たーーーーーーー!!」


 快哉を叫びながら、両腕を全力で掲げる。

 右手に握られた携帯電話には、こう表示されていた。



『若菜明美:

 オーディション合格だって!! おめでとう!!』



「ね! 雛ちゃん! 穂波ちゃん! すごいよ! ねえ! すごい!」


 呆然とする二人に語彙の欠如も甚だしく詰め寄ると、


「お、おう。加奈氏、落ち着こう。な?」


 と、珍しく狼狽え気味の雛ちゃん。

 続いて、半笑い・半呆れ顔の穂波ちゃんが、やんわりと私をたしなめる。


「加奈? 今、どこで、なにをしてるか、よぅく思い出して?」


 私は逸る気持ちをなんとか抑えて、周りを見回す。

 教室だけれど、いつもの中学校の教室ではない場所。珍獣でも見るような目つきで私を見上げる子たちの制服は、私たちの学校とは異なるものも散見される。

 机の上を見てみる。私たちのようにお弁当を広げている子もいれば、本を広げている子もいて、ふと目についたその本のタイトルは、『高校入試マストダイブック』。


「……あっ!」


 思い出した。

 今日は、第一志望の高校の入試日だ。


「えっと……お、お騒がせしました……」


 顔を赤くしながらしずしずと着席。

 教室の人たちが食事や勉強に戻るのを確認すると、またやっちゃったなあ、と溜め息を零れる。


、もう完全に持ち芸だな!」


 雛ちゃんがいたずらっぽく笑うと、すかさず穂波ちゃんに軽くはたかれる。


「……ま、大体分かったよ。やったね。おめでとう」

「うん……ありがとう。二人には、感謝してもしきれないよ」

「あたしたちは何もしてないって。加奈が頑張ったからだよ」


 微笑む穂波ちゃんと、今度は別の涙が滲みそうになる私。

 すると雛ちゃんが、使用感の薄い参考書を仮面のように顔の前に掲げ、


「おっと、喜ぶのはまだ早いぞぉ!」


 と、変な声音で凄む。


「祝勝会がしたくば、私を倒してからにするのだな!」

「誰だよお前は」

「余の名は高校入試マン!」

「一人称ブレてんぞ」

「しかもマンじゃなくてウーマンだぞ!」

「あははっ」


 二人のやりとりに笑いながら、でも、確かにそうだと思った。


 せっかくドリーミィ・スターに選ばれたのだから、高校受験に失敗して、彼女の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 いや、正確には、私がただ単に志望校に落ちる以上の意味なんてないのだけれど、ドリーミィ・スターの名前を背負うことで、力が湧いてくるような気がした。


「……うん。がんばんなきゃ」


 貴女ドリーミィ・スターに相応しい私であるために。

 二人雛ちゃんと穂波ちゃんとこれからも一緒にいるために。


 私は勇気の魔法を使う。毅然とした笑顔を浮かべる。

 そして、お弁当をパクパク平らげて、追い込みかけるぞと参考書を取り出せば、


「……あっ」


 参考書と間違えて、雛ちゃん直伝の魔法少女知識がびっしり詰め込まれたノートを持ってきてしまっていたことが判明し、


「「 ふ、不安……! 」」


 と、超レアな、雛ちゃんと穂波ちゃんのハモりを発生させてしまうのだった。

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