第33話
「……私と星司は幼馴染でね。歳は、私の方が一つ上なんだけど」
ゆっくりと語りだした真琴さんの言葉に、私は耳を傾ける。
「生まれは、この街じゃなくて、山の近くの……かなり田舎の方でね。同年代の子もあんまりいなくて……星司と、優花姉さんと、3人でよく遊んでた」
幼い頃の3人の光景を、私はありありと思い浮かべることができた。
以前に優花さんが見せてくれたアルバム。
その中には確かに、楽しげに遊ぶ幼い星司さんや優花さん、そして真琴さんと思われる女の子の姿が切り取られていたから。
「優花姉さんの可愛いモノ好きの影響……かは分からないけど、星司も魔法少女にドハマりしててね。ごっこ遊びはよくやったけど、あいつが一番積極的だったな」
「私も、優花さんにアルバムを見させてもらいました」
「お母さんたち、いっぱい撮ってたものね」
私の相槌に、真琴さんも懐かしそうに笑う。
「そんな風に過ごしてて……で、いつだったかな。私が10歳くらいだったから、星司は9歳か……魔象が出たの」
魔象。そのキーワードに、私は自然と身体が前のめりになった。
いよいよ、話の核心だ。
「習ったと思うけど、魔象って人の身体から漏れる魔力が集まって生じるから、出現頻度が人口に比例するのね」
「はい」
「この街で、大体月イチ。私たちの故郷だと、何年かに一体出るかどうかくらい。すごく珍しくて、生活に結びついてなかったんだ」
真琴さんが使った『生活に結びつく』という表現は、なるほど言い得て妙だ。
確かに私たちの住むようなそれなりの規模の街では、魔象の駆除にあたる魔法少女が事務所を構えている。
学校で定期的に行われる避難訓練でも、火事や地震以上に頻度の高い『魔象からの避難』について口酸っぱく教えられたものだった。
対して、魔象被害が数年に一度のレベルなら。
魔法少女が常駐することもなく、避難対策も都会ほどには徹底していないことだろう。
「だから、私たちもあんまり脅威を認識できてなかったのと……あとはまあ、星司がバカだった所為ね、アレは」
「な、何かあったんですか?」
「アイツ、『チャンスは今しかない!』とか言って、魔象の出現地点に向かってったのよ。魔法少女に会うために」
「えええ……!?」
私はさすがに声をあげずにはいられなかった。
魔象の出現は数年に一度。これを逃したら次に魔法少女に会えるのは当分先になってしまう。だから今、会いに行くしかない――!
そんな、当時の星司さんの思考は、確かに分からなくはない。
それでも考えるだけに留まらず、本当に実行してしまうのが、なんというか星司さんらしいといえば、らしい気もした。
「コソコソとリュックサックをパンパンにしてて、『何してるの?』って問い詰めたら、『魔法少女に会う。あわよくば弟子にしてもらう』って真面目な顔して答えて……」
「と、止めなかったんですか?」
「もちろん止めたわよ。でも一度決めたらテコでも動かないから……仕方なく、私が無茶しないように見張ろうって、ついていくことにして」
薄く苦笑しながら、真琴さんは銀の髪をかき上げた。
「お姉さんぶってるつもりだったのかな。私も、バカな子どもだったのにね」
そう自嘲する真琴さんを、私は否定も肯定もできず、ただじっと見ていた。
私が真琴さんの立場だったとしても、もしかしたら同じ選択をしていたかもしれなくて。
その選択の根底には、私と真琴さんが、きっと同じように持っている想いがあるからで……
「……魔象が出たっていう山の中は、真夏だったのに猛吹雪で。押し入れから引っ張り出してきた防寒具の上からでもすごく寒くて、はぐれないように繋いでた星司の手も、ガチガチに震えてたっけな」
もう過去のことと割り切れているのか、真琴さんの語り口はさっぱりとしたものだったけれど、私は想像するだに苦しくて、丁度よく暖房の効いているはずの店内でぶるりと震えてしまう。
「最悪なことに、雪で隠れてたからか、山の中で道を踏み外しちゃって――二人して雪の斜面をゴロゴロ転がり落ちちゃって」
「ひっ……!」
「足は挫くわ、荷物もどっかに行っちゃうわ、散々。痛いやら情けないやらで、私もワンワン泣いちゃってね」
どこか気まずそうに、グラスの中の溶けかけの氷をストローで手遊ぶ。
カラカラと涼やかな音が店内のBGMに乗る。
もちろん、そんなことで誤魔化されるような出来事ではなかった。私は変わらず、ハラハラとした気持ちだ。
「だ、大丈夫だったんですか……!?」
「見ての通り、死んではいないわ。でもあの時は、『このまま死んじゃうんじゃないか』ってすごく不安だった。痛くて、寒くて、怖くて、動けなかったし。私は勝手についてきた身で、星司は魔法少女に会いに来たわけだから、もしかしたらこのまま置いて行かれちゃうんじゃないかって思ったりもして……」
真琴さんの言葉に、私が口を挟もうとした、その時。
苦痛に満ちた過去を振り返っていた声に、別の色が宿るように感じた。
「星司も辛そうだったのに。身体だって、あの時は私の方が大きかったのに。それでも、私を負ぶって下山するって言って聞かなくて」
私もよく知るその色に満ちた言葉を、噛み締めるように頷いた。
そう。そう人なんだ、星司さんは。
人一倍、魔法少女が好きで。そっちへ向かうエネルギーがとても大きくて、ついつい引っ張られてしまって。
なのに、同じだけのエネルギーで、私を心配して、家に帰そうとしたりするのだ。
「……その時から、強引だったんですね。星司さん」
「ええ。今もきっと、そうなんでしょうね」
二人して苦笑を交わす。
最初は警戒したり、怖がったりしていたけれど、話すうちに分かってきた。
真琴さんも、ただ、私と似た者同士なんだ。
「案の定、何度も転びそうになったりして、それでも懸命に真っ白な世界を進んでいって……ある時。ピタッ、て。吹雪が止んだの」
魔象が降らせているだろう吹雪。それが急に止んだ意味。
私が察したことを、真琴さんも頷きで肯定する。
「星司と二人で茫然としてたら、目の前にドレスのすごい美人が現れて……すっかり魅せられちゃった」
真琴さんの語る光景を、私も思い描く。
一面の銀世界に降り立つ、濃紺のドレスの美女。
流れるような長い黒髪。両腕に備えるは、剛力無双の巨大な手甲。
「――そうして私たちは、魔法少女グレイテスト・バーストに助けられた。親や先生にたっぷり叱られて、魔象が遺した魔力を継いでることが分かって、頼み込んで師匠に弟子にしてもらって……この街に来たの」
これで昔話は終わり、とばかりに、真琴さんはぐっと伸びをした。
ずっと話していた疲れも当然あったろう。
真琴さんが落ち着くのを見計らって、私はひとつの疑問を投げかけた。
「……どうして、それを私に?」
ふたりの過去の話は、真琴さんにとってはきっと大切な思い出の話だ。
それに、失敗や苦難を伴う話でもあって、好んで言いふらしたいようなものではないはず。
なのに、私には話してくれた――その理由を、真琴さんは少しだけ考え込んでから。
「……フェアじゃないから、かな」
そう答えた。
「フェア……?」
「そ」
頷きながら、真琴さんは一転、うんざりしたように頬杖をつく。
「若菜さんも、好きなんでしょ? 星司のこと」
「うえっ!?」
いきなりのことに、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。
たとえるなら、それなりの牽制距離にいた相手が一瞬のうちに懐に入っていて、そのままクリティカルな一撃を受けたかのようだった。
魔法少女格闘ゲームのネット対戦ですごく上手い人と当たったときに、そういうことがあった。それはともかくとして。
「え、ええとですね……!」
「やめといた方がいいよ」
しどろもどろにしようとした返事に、冷水をぶっかけるかのようなピシャリとした追撃が重なった。
私は目を白黒とさせて、真琴さんを見つめる。
「……
「っ……!」
諭すような口調の言葉に、私の心は大きくざわついた。
擬音で表すなら『ムッ』とか『カチン』とかに相当するこの感情は、すなわち反感というもので――
「……あのっ!」
気づけば、私の口は暴走モードのような勢いで思いを吐き出していた。
「ま、真琴さんが、私のことを思って、良かれと思ってそう言ってくれてるんだってことは、分かりますし、それはありがたいんです! けどっ……!」
走り出した私の言葉を、真琴さんは視線を逸らすことなく、じっと受け止めている。
だから私は、負けないように、でもお店や他のお客さんの迷惑にはならない程度に、声を張る。
「私は……確かにきっかけは助けられたからで、知り合ったのも最近で、昔から一緒だった真琴さんには及ばないかもしれませんけど! でも、私だって、それが良かれと思ってだって分かるくらいには、星司さんのことを理解してます、し……そのっ」
最後の反撃のために、私は今一度、恐れとか恥ずかしさとかを一緒くたに一緒くたに飲み込んで、意を決する。
「……それでもいいってくらい! 星司さんが、好きなんですからっ!!」
言い切って、私は荒く息を吐きながら椅子の背もたれに腰を預け、だいぶ思い切ったことを言ってしまったね私!?と我に返って顔を熱くしたりしながら、おそるおそる対面を窺えば、そこには冷ややかな視線のキャロラインちゃんと、
「……それでもいいくらい好き、ね」
腕と足を組んで、じっとりとした視線を絡みつかせてくる。
反射的に目を逸らしたくなるけど、フェアに話してくれた礼儀と、それ以上のなけなしの負けん気で、キッと視線をぶつけ合う。
「あんな、魔法少女のことしか興味ない、魔法少女バカのことが?」
「はい! 魔法少女バカで、自分のしたいことに強引に振り回してくる、子どもっぽい星司さんのことが!」
私たちの応酬は、熱を増していく。
「魔法少女バカでガキで、その上こっちの気持ちに十何年も気付かない鈍感野郎のことが!?」
「はい! 魔法少女バカでガキで鈍感で、こっちのドキドキにお構いなしのデリカシー皆無の星司さんのことが!」
「魔法少女バカでガキで鈍感でデリカシー無し男でオマケに無職の高卒ニートの星司が!?」
「はい! 魔法少女バカで……えっ!?」
何か今しれっととんでもない事実が白日の下に晒されたような!?
すかさず我に返った私に、真琴さんもヒートアップしていたところから冷静に戻ったらしく、あーあ言っちゃったとばかりに肩をすくめる。
「えっ、そうなんですか?」
「……そうよ。高校生の時に活動休止して、そこから進学も就職もせず、現役の頃に稼いだ給料で暮らしてるのよ」
「そうだったんだ……」
魔法少女の活動には国から褒賞金が発生する。
これが実質的な給料で、それをたのみに専業魔法少女として活動する人も少なくないという。
思い返せば、星司さんがレッスン以外で学校や仕事に行っている素振りはなかった。
なんとなく私生活に踏み込むのは躊躇われたし、星司さん本人もこれといって後ろめたそうな風ではなかったから、まあ何かしらしているのだろうと漠然と思っていたけど……!
「どう? さすがに幻滅した? あいつ、将来性皆無よ?」
挑発的な誘いに、やっぱり、負けるもんかと私は身を乗り出す。
言葉を送り出す前から自爆に近い攻撃になる予感があったけど、構わずに、ぶつける。
「……確かに、今はそうかもしれません、けど! あんなに魔法少女を愛する星司さんがずっとこのままなんて、絶対あり得ないですから! 絶対、またドリーミィ・スターに変身して、ふっふたりで――師弟、ふたりで! 大活躍、ですから!」
「っ……!」
さすがに特攻を仕掛けただけあって、今度の発言には真琴さんもたじろいだ。
やった。恥ずかしさのあまり目じりに涙が浮かんでくるような心地だけれど、一矢報いた。何のだろう?
真琴さんは、返す言葉を掴みかねるように何度か口を開いては閉じ、その末に選んだ言葉を発する前に、ポケットでスマホが震えた。
「……ちょっと、急用ができたわ。私から呼び出しといて悪いけど、今日はここまで。また機会があれば会いましょう? じゃあね」
「あっ……!」
真琴さんの転身は素早く、バッグと伝票を取ったかと思えば私が声をかけた時にはすでに支払いを終えて店を出て行ってしまった。
「……えっ、と」
残された私は、やや気まずさを感じながらキャロラインちゃんに視線を移す。
キャロラインちゃんはつまらなそうに小さな溜息をついて。
「……きっと、魔象。さいきんペースがおかしいっていってた」
「そう、なんだ」
未だわずかに揺れる扉が残していた真琴さんの出動の跡も、別のお客さんが来店したことでかき消えてしまう。
私と真琴さんの最初の攻防は、終結した。
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