第24話


「――変身」


 呟いた刹那、村雨さんは、私もよく知る姿に変わっていた。


 金のメッシュが入った茶髪は、夕陽のような鮮やかなオレンジ色に。長さも、ショートだった先程までとは打って変わって、腰まで届くストレートロングだ。

 さらりと零れた髪の合間に見える耳は、ピアスも穴もない、綺麗で艶やかな肌色。

 服装も、薄紅色に統一されたミニスカート・ドレス、アームカバー、オーバーニーソックス。そして、魔法少女らしさを損なわない程度に散りばめられた、薄くも強靭な銀の甲冑。

 背負うは、これまで数多の魔象を切り伏せてきた、紅に輝く大剣。


 雷雲の大亀と対峙した時、あるいは今朝の大イカから穂波ちゃんを救出した時と、寸分違わぬ、魔法少女ヴァーミリオン・セイバー。

 魔法少女特訓室・マジカル★デスルームに、彼女は顕現した。


「わざわざすまんな」

「いえいえ。他ならぬ星司先輩の頼みとあらば」


 旧知の仲であるドリーミィ・スターこと星司さんと親しく言葉を交わしていることも、彼女――村雨朱里さんがヴァーミリオン・セイバーであることを確かなものとしていた。

 呆然とヴァーミリオン・セイバーに視線を向けていると、彼女もこちらを向く。目が合った。


「それに、こんな可愛いこのお相手を務められるなら、願ったり叶ったりさ」


 パチッ☆ と飛ばされたウィンクに、私は『ちょっと前までならときめいていたのに……』と暗澹たる思いがしてしまうのだった。


 魔法少女ヴァーミリオン・セイバー。

 ファンシーな衣装に甲冑と大剣という、魔法少女と騎士をブレンドしたような彼女は、振る舞いもやはり騎士然としていた。

 大剣を振るい強大な魔象と雄々しく戦い、時にはステッキで魔法を操るドリーミィ・スターや弓での狙撃を得意とするトゥルーハートの盾として魔象の猛攻を食い止める。

 見る者を虜にする優雅な仕草や少し芝居がかった物言いも、男装の麗人に連なる魅力を醸し出していて、女性から絶大な支持を集める魔法少女だった。


 今朝の穂波ちゃんのように、ヴァーミリオン・セイバーに助けられた子たちは一様にノックアウトされてしまうもので、私も穂波ちゃんの立場だったらすごくドキドキしてしまったと思うけれど、素の彼女の、軟派というかもはやセクハラオヤジとも言えそうな行為を思い出し、自然と身構えてしまう。


「加奈。キミも変身してくれ」

「……分かりました」


 星司さんに促され、私は警戒を怠らないまま、同様のキーワードを口にする。

 完成したコスチュームに変身しきると、ヴァーミリオン・セイバーが「ほう」と呟く。


「……魔法型、だね」

「ああ」


 ベテラン魔法少女の二人が交わす視線に、私は首を傾げる。

 そんな私の様子を見て、星司さんは、


「魔法少女は、その戦闘スタイルでおおまかに二つのタイプに分けられる」


 と、まずは一本、指を立てる。


「一つは魔法型。ドリーミィ・スターのような、魔法をポンポン放つタイプの魔法少女だ」

「魔法型の武器は、魔法を放つためのサポートを担うことが多いね。集中することで出力を上げたり、振って方向を定めたりとか」


 なるほど、と私は頷く。

 当然と言えば当然だけれど、ドリーミィ・スターはステッキで魔象に殴りかかったりしたことはなかった。変性させた魔力――魔法を飛ばすことで戦っていた。

 私が魔法型というのも、武器がドリーミィ・スターにあやかった小杖で、今までに魔法を行使したときも、無意識ながら熱風だったり風の弾だったりを放っていたわけで、これもやはり、なるほどだ。


 続いて星司さんは、二本目の指を立てる。


「もう一つは武器型。自身の武器に魔法を纏わせ、それを振るうタイプだ」

「私がそうだね。この大剣に魔法を乗せて敵を断つ。今朝もそうだったろう?」

「はい……」


 今朝の戦闘や、あるいはこれまでの戦闘でも、ヴァーミリオン・セイバーは魔法を魔法として放つ(という言い方が適切かは分からないけれど)ことはあまりしなかった。

 あるとしても、大剣の攻撃の延長として魔法を放出するくらいで、この間の大亀戦のフィニッシュはそうだったと思う。


「レッスンの方法は、なにか指定はあるかい?」

「任せる」

「OK。じゃあ、師匠式だね」


 会話の傍ら、ヴァーミリオン・セイバーはデスルームを壁に沿って歩きながら、そこに掛かった種々の武器を物色する。

 やがて、その中から一本、片手で扱えるくらいの剣を手に取る。

 照明に鈍く光る刀身に、私はビクリと身を竦ませる。


「一応言っておくが、魔力と相性のいい素材で造られたレプリカだからな」

「で、ですよねー……」

「まあ、身体に当たれば普通に痛いけどね」


 ヴァーミリオン・セイバーは意地悪く微笑して、片手剣の代わりに愛用の大剣を壁に立て掛け、私の前へと戻ってくる。


「それじゃあ加奈ちゃん。レッスンの説明をするよ」

「……はいっ」


 遂に始まる、魔法少女ヴァーミリオン・セイバーによる魔法のレッスン。

 私は杖をぎゅっと握る。


「やることはシンプル。私はこれから、この剣に魔法を付与してキミを攻撃する」

「ひっ!」


 『攻撃』と聞いて、私の脳裏に、背中から熱閃を噴き出した大亀や、投げられた大剣に貫かれた大イカの消えゆく姿が浮かんだ。


「ああ、もちろん、身体には当てないけどね。で、キミは私の剣に相性のいい属性の魔法を放って、私の魔法を打ち消す。

 これがグレイテスト・バースト式『やられて覚える魔法操作レッスン』――」


 言い終わるが早いか、ヴァーミリオン・セイバーは片手剣をキッと構える。


「さあ、まずは一本目!」

「えっ、ちょっ」


 ただでさえ、いきなり実戦形式のレッスンを突きつけられて心の準備が追いついてない私に対し、ヴァーミリオン・セイバーの構えた剣は容赦なく赤熱しだすものだから、いよいよ私の頭は処理の限界を迎えてしまう。

 それでもなんとか、熱なら冷やすべし、と杖の先にぶくぶくと水球を生成しようと――


「遅いっ!」


 ヒュンッ――!

 空気を切り裂く音を知覚したときには、ヴァーミリオン・セイバーは既に剣を振り抜いた姿勢で、それから少し遅れて、私の杖の上半分が、ぽとりと床に落ちる。

 次いで、できかけの水球がパシャッと崩壊。

 落ちた杖の上半分も、透明な粒子に還元されて消滅した。


「……ひええっ……!」


 私は情けない声を上げて、尻餅をつく。

 目にも止まらないスピードで振り抜かれた剣に対する恐怖。

 そして、出来立てのコスチュームの杖が失われたことの絶望。

 ガタガタと、肩が震える。


「加奈」


 星司さんが手を差し伸べる。

 私はいろんな恥ずかしさを隠すように顔を俯かせて、その手を取って立ち上がる。


「元の認識さえしっかりしていれば、コスチュームはいくらでも復元できる。やってみろ」

「は、はあ」


 未だ呆然とした感じが抜け切らないながら、言われた通りに、私は下半分だけになってしまった杖に、元の杖の形状を重ねるようにイメージする。

 すると、切断部からキラキラと透明な粒子が生じ、杖の上半分を形作った。

 元に戻ったことに、とりあえず、ほっと安堵の息をつく。


「驚かせちゃったようで申し訳ないね。杖、戻って良かったよ」

「あっ、はい、どうも……」


 頭を掻くヴァーミリオン・セイバーに、私はぺこっと会釈。

 確かに、鋭い攻撃には驚いたけれど、それは私のレッスンに真剣に向き合ってくれているからだと思うので、むしろ感謝したいくらいだ。


 そして、ヴァーミリオン・セイバーの素――村雨朱里さんのキャラも、面食らってしまうというか、とても濃いものがあったけれど、魔法少女としての彼女はやっぱり真剣で、変に警戒していたりした自分が、すごく不誠実に思えてくる。

 私は、身体の前で両手を重ね、口を開く。


「あの、私、えっと」

「ところで、私が勝ったから、罰ゲームの時間だよ」

「誤解……罰ゲーム!?」


 謝りかけて、思わず復唱する私。

 聞いてないです私、と星司さんを窺えば、「うむ」と一つ頷いて、


「師匠曰く、『罰ゲームを設定することで、罰を受けるまいと奮起してレッスン効率が上がる気がする』とのことだ」

「『気がする』て」


 そんな気の迷いで罰ゲームをさせられる方の身にもなって欲しいものだけれど、おそらく星司さんや村雨さんもグレイテスト・バーストから罰ゲームを課せられてきたのだろうから、あまり強くは言えない。


「と、言うわけで」


 ヴァーミリオン・セイバーは、一体どこから取り出したのか、テレビのバラエティ番組とかで見るような、くじ引きの入ってそうなボックスを抱えている。


「この中には、私が考えた罰ゲームが書かれた紙が入っている。加奈ちゃんに、ここから一枚引いてもらおう」


 ヴァーミリオン・セイバーが用意した、という部分が、なんだか引っ掛かる。

 さっき、イメージだけで警戒したことを反省したばかりだというのに、私の第六感的ななにかで、注意警報がけたたましく鳴り響いていた。


「まあ、とりあえず引いてみなって」

「うっ……!」


 たじろぐ私にグイッと突き出された箱に、つい呻いてしまう。

 恐る恐る、手を突っ込む。

 中に、なにか噛んでくる系統の動物でもいるかのようなおっかなびっくり具合だったけれど、私はこの箱に実際そのレベルの恐れを抱いていたのだから仕方ない。


「……」


 ガサゴソと、中の紙が擦れる音がやけに耳に響く。

 そうやってしばらく、中の紙をただかき回していたものの、いつまでもそうしていても事態は好転しないと悟り、私は覚悟を決めて、エイヤッと一枚を引き抜いた。


「どれどれ……ムッ!」


 紙に書かれた内容を見て、ヴァーミリオン・セイバーは眉根を寄せる。

 一体何を引き当ててしまったのか。私も確認してみれば、そこには平仮名四文字、その名も『おっぱい』。


「……なんですかソレ!?」

「くっ……! まさか『おっぱい』とは……!」


 当然のように面食らう私の傍ら、ガクリと膝をつくヴァーミリオン・セイバー。

 あなた、これを用意した側ですよね?


「こんな、非道っ……! だが、出てしまったものは仕方ない! 罰ゲームは罰ゲーム……私も心を鬼にしようッ!」


 あっ、そういう演技ロール


「鬼とかなんなくていいです! 魔法少女でいてください!」


 ついさっきのことながら、前言撤回することになってしまった。

 真剣は真剣だけど、たぶん、自分の欲望に対しての、真剣さだ。星司さんにしろ優花さんにしろ、私の周りの大人は大体こんな人種ばかりなんだろうか。


「私だって本当は、清廉なる魔法少女でいたいさ! だが、この罰ゲームが加奈ちゃんのためになると信じ、いざ揉ませてもらおうじゃあないか!」

「なんないです! なんのためにも!」


 手をわきわきとさせてにじり寄るヴァーミリオン・セイバーに、私はあっという間に壁際に追い詰められてしまう。

 わずかな可能性に手を伸ばすように、ヴァーミリオン・セイバーの向こうにいる星司さんに救いの視線を送れば、


「いいからとっとと済ませて二本目に入ろう」


 と、やっぱりこの人は魔法少女としての圧倒的成長にしか興味を示してくれなくて、本当どうしてくれようか。


「さあ、観念して私を受け入れるんだ!」

「なんかもうキャラ違くないですか!?」

「すまないッ! だが、理性きし本能しゅくんには逆らえないんだッッ!!」

「酷すぎませんかそのルビーーっ!?」


――こうして、私の地獄のレッスンの日々が始まった。

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