目が覚めて

第31話 偶然

 ワタナベさんとの付き合いは順調だ。


 休日にお昼くらいに会って、映画を見たり、美術館に行ったり、プラネタリウムを見たりしてからご飯を食べる。穏やかに楽しい時間。


 その後、彼女の家の近くの駅まで送る。改札で分かれると彼女は僕が見えなくなるまで僕を見てくれてて、2度くらい振り返って手を振ってくれる。


 僕を好きでいてくれるんだなあって思う。 


 こういうのを求めていたんだよなあ。半年前の布団でジタバタしていた自分に「ハッピーエンドでした」って教えてあげたい。



 あの夜に酔って電話した翌日はいつもよりも早く起きた。泥のように眠って怖かったけどちゃんと起きれた。目覚ましも何もかけてなかったから、後で気が付いて冷や汗かいたけど。


 7時丁度に電話をかけようとした時、不意にミオさんと出会った頃のことを思い出しそうになったけど、慌てて思い出さないようにした。


 電話するとコール音が聞こえる前にワタナベさんが出た。

「おはよう」というワタナベさんの声がいつもよりも少し低かったから、かけ間違えてないことを確認してから、

「おはよう」と返事した。


 どういう切り出し方したらいいか分からなかったので、思わず

「あの」って口を開いたら

「はいっ!」というワタナベさんの声が優しく響いた。


 お互いに緊張してるんだなと思ったら少し緊張が解けて、どちらともなく笑い合った。安心感がそこにはあった。


 一息ついてから、時間もないし、急がないとと思って僕は一気に言った。


「ワタナベさん付き合ってください」


 ワタナベさんは少し間を開けてから、息を少し吸って、

「はい」と言った。


 なんとなく気恥ずかして、

「振られたらどうしようかと思った」と僕が無意味な発言をしたら、ワタナベさんは、

「そんなわけ…」と言いかけたが、語尾が少し涙ぐんでた。


 ワタナベさんが泣いているのに気づいて、「大切にしないといけない」と思った。僕は何も口に出さずに見えないワタナベさんを見守った。


 少し泣いた後に「何で朝の出勤前に言うかなあ。目がはれぼったくなるよお」と少し甘えたような声でワタナベさんは言った。


 今まで冗談でもこういう非難めいたことを言っているのを聞いたことがなかったので、「こんな一面もあるんだ」と思うと同時に、「気を許してくれたのかな」と思って嬉しかった。


 そんな朝を経て僕とワタナベさんは付き合いだした。そして今に至る。




 一方でミオさんには付き合った報告をしないとなあと思いながらも中々電話できないでいた。

 あの夏に会ってからだから、最後に連絡してからもう3か月は経つ。


 それは11月も半ばになり、スーツの上に薄手のコートを着る人もちらほら出てきてすっかり秋も深まっていた頃のことだった。


 普段の仕事とは別のプロジェクトで、普段はあまり仕事で行かない海側の街でお客様と飲んだ。ミオさんとよく会っていた街だ。


 お客様が少し海側の場所にあったので、その近くの居酒屋で懇親会に参加した。


「タガワさんは休みの日は何してるんですか?」なんて興味があるかどうか分からない質問に対して、

「最近彼女ができて…」と話をすると大抵の人はいいなあ〜、と羨ましがってくれた。


 相変わらずの人見知りだが、初対面の人との外面はそこそこいいので、適度に面倒くさい時間を過ごして無難に終わった。


 それぞれ最寄りの駅が別々の方向だったので居酒屋の近くでお客様とも会社の人とも別れて一人になった。


 ふと思いついて、何となくミオさんと会ったあの角に向かっていた。

「彼女が出きたって言うと、みんな、いいなって言うよな」なんて一人言を呟きながら、僕は自分が酒癖が悪いのかもしれないと思った。


 クリーム色と青色のビルは、夜でも変わらず特徴的でオシャレに存在感があった。そのビルのコンビニの横のベンチに座って、ここで半年前にミオさんと会ったんだなあと思い出した。


 懐かしむには最近すぎるけど、それでもやはりこの気持ちに名前をつけるなら、それは「どこか懐かしい」気持ちだった。


 しばらくベンチに座って、ミオさんとの色々な会話を思い出した。服のセレクトショップに行き、美容室に行った。


「アドバイスそのい〜ち、喜怒哀楽ははっきりした方がいいよ」と言われて喜びを表現するようになった。


自分の選んだ服を絶賛しながら、

「私って天才かもしれない」と喜んでいるのを見て、こちらまで嬉しくなった。


「ケンちゃんの手、結構筋張ってて好き」と言われて心ときめいた。


 …何だかミオさんへの感謝の気持ちで一杯になった。あの頃僕は確かに女性といる幸せをミオさんに教えてもらった。


「さ、帰ろうかな」と口にしなくてもいい独り言と一緒に立ち上がり、あの角を通り過ぎようとした時に心臓が止まりそうになった。


 ミオさんがそこにいたからだ。


 驚いたのはミオさんも一緒のようだった。

 僕は動揺を少しでも抑えようと大きく息を吸ってからようやく間抜けな言葉を口にした。


「こんばんは」


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