第33話 はっきりしなくていいよ
ミオさんと会った週の週末とその次の週末はワタナベさんと僕の都合が合わなかったので、ワタナベさんとは会わなかった。毎週会っていた訳ではないけど、何だかちょっとホッとすると同時にモヤモヤしていた。
自分が何をどうしたいのか分からないけど、いつまでもミオさんの「残念」が胸に刺さりっぱなしだった。
でも、ミオさんに連絡するのもいけないことのような気がして、だけどワタナベさんにいつも通りに連絡するのも違う気がして、一人で引きこもって過ごした。
やりかけていたゲームのエンドロールを見た時に、2週間で合計100時間以上ゲームに没頭していたことに気づいた。仕事もそこそこ忙しかったのに、現実逃避していたのかもしれない。
その次の週末は前からワタナベさんが行きたいと言っていた紅葉を一緒に見に行った。誘われたら断る理由が見つからなかった。適当な用事を言って断ることもできたのかもしれないが、嘘をつくのは気が引けた。
会うといつものようにワタナベさんは笑顔がかわいい。ホッとするけど、なんだかモヤモヤとする気持ちも感じた。僕はなるべくそれを顔に出さないように気をつけた。
電車に乗って古都の有名なお寺に行った。もう時期的に散りかけだったが、それでも見事な紅葉だった。散りかけでも充分写真映えする風景だと思った。辺りは写真を撮っている観光客で一杯だった。
何となくぼんやりしていることが多い僕を見て、ワタナベさんが少し不安に思ったのかもしれない。
「何かあったの?悩みごと?」と聞いてきた。
「ううん何でもないよ」と言う僕に対して、少し寂しげに
「そう」と言った。
「困ったことがあったら何でも相談してね」と優しい笑顔でワタナベさんが言った。
なんだか胸がズキンとする。こんな気遣いがどうして素直に嬉しくないんだろうと、少し自分に苛立った。
お寺からの帰り道、お寺の下の坂道を下ったところ何軒かカフェが連なっているところがあった。きっと観光客の多くがお寺の帰りにこの辺りでお茶をするのだろう。僕らもそれに習って、その中の一軒のカフェで、お茶をした。
でも、この時期は観光客でどこも一杯で、お茶をするために僕達は1時間以上待った。その間あまり会話はしなかった。何となく僕がうわの空だったからかもしれない。
「どこに行っても人が多いね」席に座ってワタナベさんが言った。
「うん、ちょっと疲れたね」
「ごめんね。私が紅葉を見たいって言ったから」
「ううん。綺麗だったし、いいじゃない」
「時期的には散りかけだし、ちょっと寒くなってきたから、もう少し空いてると思ったんだけどな」
「はは」
どことなくよそ行きの乾いた笑いで僕は会話を流していた。間違いなく心の奥でミオさんのことを考えてしまっていた。
そして、そんな自分に気付いて、少し自分が嫌になっていた。
ようやくカフェの席について飲み物を頼んだ後、ワタナベさんは珍しく少しいたずらっぽく話をした
「ねえねえ」
「うん。何?」
「お互いの呼び方なんだけど」
「うん」
「いつまでも苗字で呼び合っているのってちょっと他人行儀じゃない?」
とワタナベさんが言うのを聞いてピンと来た。
これは一時期参考書がわりに読んでいた少女漫画でよく出てきていた一大イベントだ。
お互いの下の呼び方で呼び合って、うふふな感じになるやつだ。
何よりミオさんと最初に会った時の強烈にくすぐったい感じを僕は覚えている。
少し照れながらいたずらっぽく言っているワタナベさんは、かわいいんだろうなと少し他人行儀に思った。
明らかに僕はその話題の意味を分かっていた。
でも、何となくそんな気になれない僕は瞬間的にそれを交わしてしまった。
「そう?まあ、でもこのままでいいじゃない」
僕のその返答は冷たく、その場に広がった。なんとなくワタナベさんもその話題を続けられなくて、話は別の話題に移った。
そして、僕は確信してしまった。
こんな気持ちのままでワタナベさんと付き合えない。
そう自覚すると、居ても立っても居られなくなってしまった。帰りの電車の中はずっとワタナベさんに何て言うかばかり考えていた。
進行方向に二人がけのシートで僕はずっと前を向いていた。ワタナベさんは時々僕をちらっと見ていた。
考えはまとまらなかったけど、帰る駅の近くで僕は意を決してワタナベさんの方を向いて口を開いた。
「ワタナベさん」
ワタナベさんはそんな僕を制するように僕に向かって言った。
「はっきりしなくていいよ」
彼女には僕の気持ちが筒抜けのようだった。電車の進行方向に向き直してワタナベさんはもう一度言った。
「はっきりしなくていい」
いつもより蔭のある優しい微笑みを浮かべているワタナベさんに対して何て声をかけていいか分からなくなった。
僕はもう、それ以上何も言えなくなった。
「はっきりしなくていい」という、はっきりしない言葉は、僕の中で生き物のようにうずうずとうごめき続けた。
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