新しい出会い

第18話 合コンしようよ!

「ちょっと帰りに時間もらえないかな」

と思い切ってミツハシさんに声をかけることができたのは、声をかけようとし始めてから4日後のことだった。


「最近、何度か目が合ってましたよね?なぜか目をそらすから、その後の話聞いちゃダメなのかと遠慮しちゃいましたよ」自販機で買ったカフェラテを飲みながら、笑顔でミツハシさんはその後の進展を聞いてきた。


「いや、結局なんの進展もなくって」話しかけながらも話す内容がない自分に苦笑いだった。会社の休憩コーナーで缶コーヒーを握りしめながら、僕は先日のミオさんとの話をミツハシさんに話した。


 ミツハシさんは話を一通り聞いてから、

「あ〜。まるで合コンしないといけないような流れですね〜」と相変わらずの可愛い笑顔で言った。

「うん。それで、実はミツハシさんに相談したくて」と変な流れになっている現状の方向性を、どうすれば修正できるか相談しようとしたら、

「じゃあ、いつにします?」と、ミツハシさんはサラリと言った。


「いつって? 合コン!?」僕は焦りながら返した。まさか本当に合コンする話になるとは想像もしていなかった。


 なぜ想像もしていなかったのか? それは自分と合コンとは別世界の話のように思っていたからかもしれない。


 世の中に合コンという名の生き物がいること自体は知っていたけど、自分が住んでいる世界とは別の世界に存在するファンタジーのように思っていたのだ。そんな大袈裟なと思われるかもしれないし、僕だって合コンが空想上のイベントだと思っていたわけではない。


 でもそれくらい決定的に自分とは関係のない出来事だと思っていた。だから本当に不意打ちを喰らったかのように、一瞬頭の中が真っ白になった。


 そんな極端な反応を見せる僕にミツハシさんは却って焦ったのかもしれない。

「え? え? 今そういう流れじゃなかったですか?」ミツハシさんは戸惑いながら言った。

「タガワさん、何考えてるんですか。みたいなことは思わないの?」僕はかろうじて自分を取り戻して、なんとか口だけで会話を返した。

「そんなに堅苦しい話じゃなくないですか? 本当にピュアッピュアなんですね」とミツハシさんは笑いだした。一緒に僕も笑いだした。ミツハシさんは自分が言い出した「ピュアッピュア」という言葉の響きにしばらく笑い続けた。


 うん。意味が分からない。そして恥ずかしい。だけど……楽しい。


「なんか、そう言われると照れる。実はこうやってミツハシさんみたいなかわいい女の子とオフィスで話ができるのも、数ヶ月前までの自分では想像もできなかったから」何も考えずにそう言ったら、ミツハシさんは赤面していた。


「えー。そんなセリフよくさらっと言いますね。なんかいつの間にかタガワさん女ったらしに」

「いやいやいやいや」

「でも、嬉しいな。かわいい女の子って言われたのが。なんて、謙遜とか全くしない私って」と言いながらミツハシさんはまた笑った。


 なんだろう。このリア充みたいな、フワフワした会話。本当に自分が関わっているとは思えない。


「まあ、いいじゃないですか。合コンしましょうよ」ミツハシさんは両手を膝に置いて、腕を伸ばして胸を張るようなポーズを取りながらそう言った。なんだろう。このポーズなんて言うんだろう。いや、見知らぬ女子がよくしているポーズだけど、ポーズに名前なんてないのかもしれない。


「あ、はい。よろしくお願いします。でも、こんなことさらっと頼めるんだね」と幾分かしこまりながら返答した。

「ちょっとタガワさん、構えすぎっ。合コンのことをエッチなイベントだとか思ってないですよね? 王様ゲームとかしませんよ?」


「いやいやいやいや。あれ、都市伝説でしょ? 空想上の話でしょ?」これに関しては結構本気でそう思いながら僕は言った。


「いや、若い頃何回かはしましたけどね」

 若い頃って、まだまだ若いじゃない。と思いながら、どんな風にやるんだろうと妄想しそうなのを慌てて抑えた。オフィス内だから自制心が三割増しなので助かった。


 心の奥でミツハシさんと王様ゲームしてみたいと思ったのは内緒にしておこう。


「男の人の方は人数集めれますか?」意識散漫になった僕を取り残しながらミツハシさんは話を進めようとしていた。

「そうか。会社の同期とかではないほうがいいよね……」

「あー、まあ、できたらそうですかね。どっちにしろ私は彼氏がいるので出会い目的はありませんけど、その方が面白いですよね」

「うーん」


 僕は少し考えてから言った。

「じゃあ、高校の時の友達で。って何人くらい集めたらいいの?」


「いいですねー。三対三くらいでどうでしょう?タガワさんからしたら、知らない女の子が二人だけでちょっと物足りないかもしれないですけど」


「いやいや物足りないとか全くないです。二人もいきなり知らない女の子と話すというだけで緊張してきそう」と口に出すだけで、本当にちょっと緊張してきた。


「あー。でも あんまり話さなくても、タガワさん雰囲気イケメンだし、背が高いから 結構モテるかも」 とミツハシさんはさらりと言った。


 なんか、すごい褒められてる? と思ってるうちにミツハシさんは、

「 大体最近のイケメンは、女の子と体の関係を持っても、『付き合ってる』と認めたがらないような人が多いから、タガワさんみたいなピュアッピュアな人、結構受けると思うんですよね」と、身の周りの恋愛事情を話してくれた。


 そして、自分で言ったピュアッピュアの言葉と一緒に、二度目の笑いのループに入っていった。


 彼女の話している内容が、まるで異世界の話のようだと思ったけれど、 それは口には出さなかった。


 ようやく笑い転げ終わったミツハシさんを置いて、

「ちょっと友達に聞いてみますので、よろしくお願いします」と僕は 休憩スペースを離れた。


 この時、僕は合コンの人選でひとつ考えていることがあった。


 それは「自分と同じく、これまで異性との関わりが全くといってなかったであろうタナカを誘おう」ということだった。


 だって、女子と話をするだけでこんなに楽しいのだ。自分のことをあまり異性として意識していない彼氏のいる女子と話をするだけでこんなに楽しいのだ。


 イズミはそれを知ってて僕やタナカを一時期、そちら側に連れて行こうとしてくれていたのだろう。それを無下にして申し訳なかったと今は思う。


「ミオさんにこんなに幸せなことを教えてもらったのだから、今度は自分が誰かを幸せにする番だろう」


 僕は独りよがりな使命感に燃えていた。数ヶ月前の自分ならそんな誘いを鬱陶しがっていたかもしれない事などすっかり忘れていた。


 人間とは実に忘れっぽい生き物である。


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