第17話 いやいや!無理無理っ!
ミツハシさんと話をした次の日、早速ミオさんに報告した。
部署の女の子と話ができた。ちょっと相談したいっていう簡単な内容で、スマホでメッセージを送ったら、
「すごいじゃない!もっと話を聞きたい!」
となって、あっさり、ミオさんは週末の都合が付いたようだった。
ここ最近都合がつかなかったのはやはり避けられていたのか。まあそれはあんまり深くは考えないでおこう。
こうやって会ってくれるんだから嫌われているのではないはず、と前向きに考えることにした。
週末、いつものカフェで待ち合わせた。
さらっと言ったけど、「いつものカフェ」なんて表現をするのは生まれて初めてだ。数回しか来ていない所をそう呼ぶのは間違いかもしれないが、それも気にしない。言ってみたい年頃なのだ。
もう雨の日も少なくなってきて、梅雨も終わろうとしていた。もうクーラーの効いていないテラス席など誰も使っていない。
「この店、冬と夏では席の数が変わるので売上も変わるのかな」なんてぼんやり考えていた。どうしてそんなことを考えていたのかというと、出だしの話題を何にしようか全く用意していなかったからだ。
恥ずかしいけれど、未だに話題を全く用意していなかったら、何を話していいか分からず、困ることがある。
ミオさんはさらっとそんな間を埋めてくれるけど、後で優しくダメだししてくれる。まあ、そのダメだしも嬉しいのだけれど。
……ダメだな僕。完全におかしな人だ。
そんなことを考えていたらミオさんが現れた。半袖のサテン?っぽい黒くてキラキラした素材のシャツを着て、赤いスカートをはいていた。
シャツは身体にぴったりしていて、ミオさんの細い体の胸の三角形を印象的に映し出していて、とても魅力的だった。女優さんのようだなんて表現したらびっくりされるだろうな。
あー、でも褒めてポイントを上げておいた方がいいかと思って、僕は第一声でこう言った。
「ミオさんはそういうシャツが似合いますね。細くてスタイルがいいから女優さんみたいです」
でも、さすがに言うのが恥ずかしかったので、後半は目をそらして右下の方を向きながら言ってしまった。
だから言った瞬間のミオさんのリアクションが分からなかったのだけれど、全然何も言わないので、聞こえなかったのかとミオさんを見た。
そしたらミオさんは、真っ赤な顔でその場に立ち尽くしていた。
それを見て多分僕もすぐに真っ赤になったと思うのだけれど、ピンク色に頬を染めて、照れているミオさんがとても可愛くて、僕はミオさんを抱きしめたい衝動に駆られた。
……もちろん、そんなことできるわけもないのだけれど。
ミオさんは何も言わずにストンと席に座って、少し深呼吸したように見えた。気のせいかもしれないけど、とりあえず体制を立て直したように見えた。
「やー。ケンちゃん言うようになったねー。正直だねー」といつもの可愛らしい笑顔で言った。それはそれで魅力的な笑顔だけど、照れてる顔ほどの破壊力はなかった。
それくらい好きな人の照れてる顔は魅力的なんだなということが改めて分かった。
もっと照れた顔をたくさん見たい。付き合えたらミオさんのもっと照れた顔やその他の魅力的な顔がたくさん見れるのだろうかなんて考えていた。
照れた顔を想像したら、少しエッチなシチュエーションを想像しかけて、慌てて空想を追い払った。
「成長した?でしょ?」平静を装いつつ言ったけど、あんまり平静っぽく見えなかったかもしれない。
「うんうん。すごいね。元々才能あったのかも?」
「才能って何の?」
「いやー、これでケンちゃんがすごい女たらしになって、たくさんの女の子を泣かせるような人になったら、罪の意識を感じちゃうな」
「妄想しすぎ」笑いながら僕は言った。「そうなってほしいの?」
ミオさんはふふっと笑いながらうつむいて、顔を上げながら言った。
「でも、ケンちゃん充分魅力的だよ」
そう言ったミオさんの表情が思いの外真剣でびっくりした。
でも、真剣な表情がミオさんの整った表情を凛と引き立てて、僕はミオさんの魅力に引き込まれそうになった。
ミオさんと話をしながら、頭に浮かんでくる言葉がいくつかあった。
「もしかして、歳の差があるから僕を対象外にしているの?」
「僕の歳が近かったら可能性があるの?」
「僕は歳なんて気にしてないのに」
でも、そのいずれの言葉も口には出せないし、答え合わせの方法が僕には全くわからなかった。
自分を好きでもない人に対して、どんな顔で「歳のことは気にしないから」なんて上から発言を、問題ないように伝えられるというのだろう。
少なくとも僕にはその技量は全くなかった。コミュニケーション初心者にそれを求めるのは酷というものだろう。
だから僕は言葉を飲み込んだままで胸に引っかかりを残したままだった。
思わせぶりなのか思わせぶりじゃないのか。
よく分からないミオさんの魅力的な表情を、あまり見つめすぎないように気をつけながら、ずっと見つめていた。ただ、こんな普通の時間が、僕にはとても大切な時間だった。
ふと別の質問を思いついた。ずっと口にできない言葉を飲み込んだままでそちらに気を取られすぎていたのかもしれない。
ふと心に浮かんだ質問を、不用意にも僕は何も考えずに口にしてしまった。ミオさんの気持ちを知るためになら、どんな言葉でもすがりたかったからかもしれない。
その言葉は
「ミオさんは新しい恋はしないの?」だった。
でも、口にした瞬間、それはすがってはいけない言葉だったのだと気付いた。
僕がそれにすぐに気がついたのは、ミオさんの表情が凍りついたからだ。
「そういえば、そのうちに話するねって言って、そのまま言ってなかったね」
気乗りしないままミオさんが無理しながら話をしそうだったので、僕は慌てて遮った。
「いや、落ち着いて話できるようになったらでいいよ」
そうして、僕は、ミオさんの気持ちがまだ新しい方向には向かっていないんだと気付いた。
でも、ミオさんは本当にそういう重い空気を全く引きずらない。
「やっぱりケンちゃん優しいよね」
ミオさんはくるっと明るい表情に変わって、「仲良くなったんだし、その彼女に頼んじゃおうよ!」
と唐突に右手を上げて提案した。
僕はきょとんとして聞いた。
「何を?」
「決まってるじゃない」
いつもの笑顔のミオさんだった。
「合コン!」
ああ、うんうん、と軽くその提案を飲み込みそうになった後、僕は口に含んでいたコーヒーを吹きそうになった。
「え!?合コン??」
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