第16話 「いいわけ」ってそういう意味なの!?

 声をかけたものの、特に会話が続かなかったので、僕は席に戻ってまた仕事を始めた。


 まあ、現実はこんなものだろう。話しかけられただけでも「自分偉い!」と褒めておこう。


 その、しばらく後、ミツハシさんは仕事に区切りがついたのか、席を立ってこちらに来た。彼女が僕の席に向かってくるのなんて、彼女が入社して1年以上経つが、初めてのことで正直びっくりした。


「タガワさんはまだまだですか?お疲れ様です」と声をかけてきた。

「うん、まあいつものことだよ」

「最近タガワさん、雰囲気変わりましたよね〜」と僕の隣の席にちょこんと座ってきた。


 正直、びっくりした。隣の席に彼女が座るのももちろん初めてのことだった。


「他部署の女の子との間でも話題になってますよ」

「みんな面白いのは、前からあの人いたっけ?って言うんですよ。あ、私がちゃんと前からいますって言ってますからね」と、まるでいいことをしたように言った。


 酷いことを言われているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 ころころと笑いながら話すので、何が面白いのだろうと思ったのは内緒だ。以前よりは理解できるようになったとは思うが、女の子は本当に分からない。謎だ。世界の七不思議と同レベルの謎だ。


 そして、前からいたのかなんて言われることを思うと、「以前は本当にまるで石ころのように見られていたんだな」と感じて、心の中で苦笑した。


「なんだろうね。僕、結構昔からあんまり特徴のない、のび太くん顔って言われてコンプレックス感じることが多かったんだけど」

「あら、のび太くん顔って、意外と全体的に整ってるってことじゃないですか?」

「そんな解釈もできるんだ。フォローしてくれてありがとう」

「あんまり派手な顔の人よりもちょっと見た目に気を遣って、さわかやな笑顔って一番だと思いますよ」


「ただしイケメンに限る、ってやつなのでは?」

「そりゃそうかもですけど」

「否定しないんだ」実はミツハシさんが話しかけてきたのは、少し個人的にも僕に興味を持っているから?とほんのりした期待を持っていたのだけど、この辺りでそうではないなと思った。


 それは彼女から「異性の意識」を全く感じなかったからだ。多分、「変わったものへの純粋な興味」なのだろう。もちろんそれだって、話しかけてくれるのはとてもありがたいことだった。


 だけど、僕達の上司であるマキハラ主任に向ける普段の視線の方が、よほど色っぽい気がする。そう思うと、僕も色々と興味を持って人を見るようになったなと自分で自分に感心した。


「まあ、否定しませんね。小さい頃からイケメンと恋する少女マンガばっかり見て育ってますしね」

「最近、勉強がてら少女マンガも見るんだけど、本当に見事にそういう話ばっかりだね」

と僕が言うと、ミツハシさんは一瞬きょとんとした後に、大笑いした。


 何だろう、つぼに入るとすぐに大笑いする。そしてそれがかわいい。多分もてるんだろうな、彼女。


「ごめんなさい。笑って。でも”勉強”って表現が面白いですね。少女マンガのことですよね?なんで勉強しようと思ったんですか?」


 ミツハシさんが興味深々なので、ミオさんという知り合いの女性に色々とアドバイスしてもらっている話をした。もちろん、街の角でいきなり告白したくだりは、ごにょごにょと誤魔化して説明した。


「その人すごいですねー。確かにタガワさん大変身じゃないですか」

「そう?ありがとう」

「私もそういうの、ちょっとやってみたいなあ。面白そう!」

「そんな。犬飼うみたいに」

「犬?」と言って、ミツハシさんはまたツボに入って大爆笑。


「まあ、確かに。興味本位の発言ですね。すみません」と悪びれもせず言った。

「やってみたいとか思うんだ」

「興味ありますよ。あ、でも気色悪くない人で」

「なるほど」と言いながら、その気色悪いがよく分からなくて困るんだよなと心の中で思った。


 ここで、あることを聞いてみたいと思った。

「ちょっと聞いてもいい?」

「はい?」

「例えば、そういう関係の人と映画見る時って、手とか触れたりするもの、なの?」


 ミツハシさんは身を乗り出してきた。

「えーっ!!手を握ってきたんですか!ちょっと脈ありじゃないんですか?それ?」


 そうなの?脈あり?ちょっと勇気を出して聞いてみてよかった。すごく嬉しくなって、彼女のテンションにつられて僕も興奮してきた。


 でも、「そう?そう思う?」なんて、感情を抑えてクールに聞いてみた。


「期待してもいいんじゃないかなと思いますけどね。好きでもない人に触れるなんて、私ないですよ。いや、やたらと触る女の子いますけどね。ああ、そう思ったら期待しない方がいいか」


 どっちなんだそれ、と思ってたらミツハシさんはあごに人差し指を当てながら上の方を見ながら言い出した。

「あー。でも、ちょっとだけ思い当たるのは年の差10歳ですか」


「私、いとこのお姉ちゃんと仲いいんですけど、いとこのお姉ちゃん30超えてるんですよ。年の差がある年下男性との恋って憧れるけど、現実的には考えられないって言ってましたねー。女性は子供産む年齢のこととか考えますしね」


 そんなことを言われて、ひるんでいる僕に彼女はさらっと言った。

「彼女が気まずく思ってそうなら、会う言い訳を作ってあげたらいいんじゃないですか?タガワさんが」

「言い訳?」


「そう。ああ、じゃあ会わないとね、となる言い訳ですよ」

「そんな会わないといけない事態なんてどうやって作るの?」

「いやいや、そんな、本当にどうしても会わないといけなくなる事態ではなく、簡単なやつですよ」


 きょとんとして、全く想像が付いていない僕に対してミツハシさんは続けた。


「次の飲み会楽しそうだけど、朝早いしみたいな時に、あの件も相談したいしとか一言、言われるだけで自分への言い訳になるんですよね。ああ、困ってるんなら助けてあげたいし、しょうがないよね、みたいな」


「そんなことで心が変わるの?」

「本当に行きたくない時には全くダメですよ。でも、どうしようかなって迷っている時に、そういう言い訳が自分にできる何かがあると女性って結構弱いんですよ。相談に乗らないといけなかったら、次の飲み会に行っちゃった、って自分に言えるから」

「そうなんだ」

 あまりに納得したからか、僕の口からは大きなため息が漏れていた。


「それ、世の中では常識なの?」

「いや、うちの彼氏のモットーらしくって。それで私も終電以降に彼氏と飲んだことが、今の彼氏と付き合うきっかけだったんです」ミツハシさんは頬を膨らませて少し怒りながら続けた。


「でも、それを自分の武勇伝として私にも言うんですよ、ひどくないですか」


 僕は「あー。ひどいねー」と、ミオさんから教えられた通り、相づちをうったので、その後しばらくはミツハシさんの彼氏の話だった。基本的に内容はあるようなないようなノロケ話。


 前は「こういう時間に意味はあるのか」とか思ってた。今は優しい気持ちで話を聞ける。変わったな、自分。本当にそう思う。


 ミツハシさんは散々あっちこっちに話を飛ばした後、思い出したように、

「ちょっと相談したいことができてって、理由つけて連絡したらいいんじゃないですか?」と言われた。


 ナイスアイデア。部署の女の子と話してみたって言ってみよう。話のきっかけに使ってごめんね、ミツハシさん。でも、こんなにたくさんノロケ話聞いたし、いいよね。


 でも、まさか会社で、女性社員と恋の相談をするようになるとは思わなかった。


 そう思ったら、「道で声かけるしか現状を打破する道はない」とかたくなに思い込んでいたのは本当になんだったんだと思う。


 近くで笑って話をするとミツハシさんは遠くから挨拶するだけの仲だったときよりも何倍もかわいく思えた。


 

 こういう話の中で誰か紹介してとかいうもんなんだろうなってぼんやりと考えていた。


 でも、今はそれよりミオさんと会いたい気持ちで僕の心の中は一杯だった。



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