第10話 なんか雰囲気変わったな
「なんか雰囲気変わったな」
3週間ぶりに会ったタナカの第一声がこれだった。
ゴールデンウィーク中の休日に、僕は高校時代からの友達である、年齢イコール彼女いない歴のタナカと、高校の時から彼女のいるイズミの3人で飲みに来ていた。地元の昔から飲みによく来ている居酒屋だ。
イズミは僕とタナカに気を遣ってか、このメンバーではいつもあまり女性がらみの話しはしなかった。
だからか、大学生になってから以降は大学生になってからの友達の付き合いが結構増えて、僕達とは高校生の時よりは疎遠になっていた。
まあ、彼女もいるし、別れたり付き合ったりもしている。そういう話もしたいのだろう。サークルにも入っていたり合コンもしていたりした。普通の学生生活を楽しんでいるようだった。
思えば、イズミから何度か別の大学の友達も誘っていいというバーベキューやボーリングにも誘ってもらったこともある。
イズミなりの気遣いで僕らにもそういう付き合いもしてほしかったのではないかと思う。
ただ僕とタナカは臆病なあまり、「本当の女性がいる場所にいくなんて」と何度も固辞するだけではなく、もう2度とそんな提案をするなという類の話しすらしたことがあった。
興味はあったくせに、そんな大切な機会を逃す、いや遠ざけることによって、こんなに「彼女いない歴」を拗らせることになってしまった。
今回だって素直にイズミに相談したら友達くらい相談してもらえそうなところを、今更そんなことを頼むのが恥ずかしい一心で、「角で知らない女性に告白する」なんて暴挙を実際にやるほどまでに世間ずれしてしまった。
とは言ってもそれが世間ずれしていると分かったのは、ようやくここ1、2週間でミオさんと話をしてからだ。
そういう意味ではミオさんには現実を見る目を教えてもらったと思う。それには本当にただただ感謝するばかりだ。
話しを今に戻すと、そんな少し疎遠になっていたイズミだが、それでも僕達は高校生という多感な時期を卓球部で一緒に過ごした仲間なので、年に三、四回は会ってこうやって飲みに行ったりしていた。
ちなみに男子校で卓球部というプロフィールをイズミが一時期隠していたことにはここでは触れないでおく。
「どうしたの?もしかして彼女でもできた?なんてね」タナカに続いてイズミが朗らかに言った。語尾に「なんてね」と付けるところが僕に気を遣っているのだろう。
「いや、できてないけど」と僕が言うと、「あー。そうですよねー」という失敗した雰囲気を出しながらイズミは
「そっか、ごめん。でも、なんか、いいね。爽やかになったような気がする」と気を取り直して言った。さすが、拗らせた歴長い人間との付き合いも長いだけある。
「何だよタガワ、僕を置いて彼女を作る気か」
「僕を置いてって、別にいいじゃないか」とイズミが言うと
「そりゃお前はあっち側の人間だからいいけど」とタナカがじめっとしながら言った。
「あっちってなに?」
「なんでもない。イズミには分からない」
「なんだよ。タナカ。えらくしめっぽいな。でも、タガワが爽やかになるのはいいじゃないか」
「えー?僕そんなに変わったかな?」と僕が聞くと二人は口を揃えて
「うん。全然違う」と言った。
僕はミオさんとの出会いについて話をした。
タナカはまるで興味なさそうに、イズミは異様に興味深々な雰囲気で話を聞いた。
「ほんとかよ。タガワ思い切ったなー。俺には無理だよ」と感心して言った。そして
「そして、思い込み激しいな。俺に相談しろよ。そんな思いきる前に」とも言った。
「そうだな。すまん。あの時はなんか追い詰められて、これしかないって思い込んでいたけど、その女性、ミオさんと言うんだけど、と話してたら他に方法なんていくらでもあるんだなって気付いた」
「うん。まあ。そうだな」
「でも、何かお前らに正直にそんなこと言うのが恥ずかしくって」
へえっという顔をしながらイズミは
「タガワの口からそんなふうに自分の感情について聞くの新鮮だな。何か、思い切ってやってみてよかったな」と喜んでくれた。「俺も一目惚れですってナンパしよっかなー」
「イズミには彼女いるじゃないか。お前最近どんどん、ちゃらくなってるな」と益々じとっと暗くタナカが言った。
あまりお酒が強いわけではないのに、今日は食べ物が一、二皿来る度ぐらいに日本酒をおかわりしていた。タナカはもう耳が真っ赤だった。
「まあ、それは冗談だけどな。でも、よかったよね。タガワはいい出会いがあって」イズミの目は温かかった。
「うん。でも、これからが本番だけどね。その女性のことは好きになっちゃだめだし」
「好きになったらだめなの?」
「うん。最初に付き合えないって言われた」
「いやー。でもそこから連続で週末に会ってるんだろ?嫌な人だったら、いくら彼女がいい人でもそんなに会ってくれないよ。話を聞いているだけだったら脈が全くないわけじゃないと思うけどな」
「そうなのか?」僕はイズミのその意見にすがりつきそうになった。
無責任なイズミの発言によって、胸の奥からほんわりと、「もしかしたらミオさんも僕のことが好きになってきているかも」という妄想が立ち込めてきた。僕はできるだけその妄想に取りつかれてしまいたかった。
でも、恥ずかしもあるので、その場ではいかにミオさんが優しさだけでそういうことができてしまう人なのかを熱く語った。この辺りがやっぱり自分は拗らせてしまう人間なんだなと思う。
「まあ、優しさかもな」とあっさり、イズミは自分の発言の無責任さを暴露して、
「でも。どうなんだ。タガワ自身は。好きなのか?彼女のこと」と聞いてきた。
「相手がどうというより、大事なのって自分の気持ちだと思うよ」だって。なにこれ、普通の青春ドラマみたいなセリフだな。
じゃあ、僕も勇気を出して自分の気持ちに素直になってみるか。
僕はもじもじしながら「うん。どうも。そう」と言った。すごくくすぐったい気持ちになった。
イズミはひゅうひゅう言って、からかいながら、今が一番楽しい時じゃないかと言った。
今が一番楽しい?どこが?
僕には今の状態の楽しさなんて全く分からなかったので、イズミは何か勘違いしているのではないかと思った。
でも、イズミによるとうまくいった時の恋愛を振り返ると付き合う前が一番楽しいものなのだと言った。そんなものなのか。
タナカはその横でいつの間にか携帯でゲームを初めて極力その会話に加わらないようにしていた。
そんなタナカを二人で軽く責めながらもフォローしつつ、僕はそっかあ、脈があるのかもしれないのかあと、お酒でぽわぽわした頭で考え続けた。
付き合いが長いだけあって僕のぽわぽわ感に気づいたのだろう。イズミはさくっとこう言った。
「でも、そんな関係だったらありがたいんだし、これからだから、今焦って後で戻れないような告白しちゃだめだと思うよ」
え?そうなの。それ何。どういうこと?
「ちょっとずつ、ちょっとずつ脈があるかどうかを探って、なさそうだったら戻るようにした方がいいと思う」ということだった。
そうは言うけど、脈があるかどうかなんてどうやって分かるんだよ。
でも、ミオさんが色々してくれる人だから依存してたけど、今回だって自分から行動したから、―方向性は間違ってたかもだけど―状況が変わったんだ。
待つだけじゃなくて、自分から行動しないと!運命は自分で切り開くんだ!と夜中一人で盛り上がった酔っ払いだった。
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