第11話 確信
「みちがえるように変わったよね」
ミオさんは上機嫌だった。
「かっこいいよ」
ミオさんは自分が手がけた作品に対して、という意味と、自信をつけようという優しさを掛け合わせて、今日の第一声としてそう言ったのだろう。僕も大人だから論理的には理解できる。
でも、その「かっこいい」という一言が僕の胸に落とした一滴は、胸の内側から一気に広がり、ブワッと全身を包んだ。
肉親以外の女性からかっこいいと言われたのは多分初めて。でも、初めてがミオさんで良かったなんて思うの変なのかなあ。
僕は軽くて優しい、寒気のような感触を全身の肌に感じていた。こういうのを鳥肌と言うのだろうか?感動と言ったら大げさなのか。これが「恋」というものなのだろうか。
改めてそう認識しそうになったら、急に喜びの奥から悲しさと寂しさが追っかけてきたように思えたがそれには気づかないふりをした。
今日は二人でお茶をしながら今後の作戦を練る日だ。ゴールデンウィークも終わり、日差しが強くなってきた頃。
まだ肌寒いのに、陽射しはもうこの夏の暑さが少し強くなってくらいで、ミオさんはもうカフェでも窓側の席に座りたがらなかった。30を過ぎると女性には日光が怖いものになるらしい。引き籠り気質があるわけでもないのに。
今日のミオさんはえんじ色の長袖Tシャツとジーンズ生地の短いスカートという女性っぽい恰好だった。
生足ではなく、黒いタイツをはいていたが、ミオさんの細くてすらっとした脚はとても魅力的だということに気づいた。細すぎるのではなく、女性っぽい曲線のある脚についつい目が行ってしまいそうだ。
自分が意識している女性とカフェで話しをする。こうやって向かい合って話をするだけなのに、すごく楽しい。いや、「だけ」なんて嘘だ。僕はずっとこのシチュエーションに憧れていたと思う。
「その後会社の女の子とは話すようになったの?」
「うん。同じ部署の一人とは世間話程度は話すようになったよ。もう一人いる、もっと年下の女の子とはまだあんまりだけど」
「そうなんだ。でも良かった。まずは少しづつでも話してかないとね」
「うん。前までは仕事の話以外は全くできなかったけど最近は色々話しできるようになったし」
「ミオさんのおかげで?」
「ミオさんのおかげで、だね」と言ってから、
「週に2本はドラマ見るし、レンタルショップで売れてる映画と漫画とCDを借りるようにしているし、本屋でも恋愛小説を買って読むようになって、やることが多すぎて困る」と僕は目をつぶって少し口を尖らせるように言った。
「えー。でもなんか充実してるじゃない」と笑いながらミオさんは受け流した。
「そうだけど」
「今までは週末どうやってやって過ごしてたの?」
「そんなに変わらないけどね。ゲームはもうちょっとしてたけど、映画も音楽も女性受けしない古いやつばかり見てたり、テレビで野球観戦とか、時々競馬とか麻雀とかかな」
「そう聞くと大差ないね」
「うん。でも恋愛ものとか女子ウケする映画や本やドラマ見てたらこんなに話ができるんだってびっくりしたよ」
これは本当にびっくりした。こんな簡単なことだったら、誰か教えてくれたらよかったのに。
「これまでは人が知らないような作品を好きな自分が好き、って感じもあったし。人とは違う自分?口に出すとなんて恥ずかしいやつなんだって思うけど」
こんなふうに、ミオさんになら、さらっと素直に自分の内面まで表現ができる。
以前の僕だったら自分にそんな面があることさえ認めたがらなかったかもしれない。短い間でも人は変われるんだなとぼんやり思いながら話し続けた。
「まあ、そういうのも分かるけどね。そういう時期私もあったし。でも、そうやって話ができるのもいいものじゃない?」
「うん。そうだね。いいものだなって思ってる」そう言いながら、こうやってミオさんと話しできること自体に自分が価値を置いていることが心に浮かんだ。だけど、それはもちろん口にしない。
「興味持てるってこと自体すごいよ」
「動機が不純だけど」
ミオさんが自然に笑う。その自然がかわいい。笑顔をずっと見ていたい。
「元々話すのが少し苦手くらいで、本格的なコミュニケーション障害ってわけじゃないしね。爽やかになったから、女の子も話しやすくなったんだと思う」
「うん。話しやすくなったって言ってた。向こうからも声かけられるし。今頃「タガケン」なんて呼び方ができたりして」
「すごいじゃない! もう私お金もらってもいいんじゃない!?」
「すごいじゃないって、そっち!? いくらなの? たくさんは持ち合わせないけど」
「分割払いも取り扱ってますから、ご安心を」
もうミオさんはノリノリで話をしていた。こういう話をしている時のミオさんは本当にイキイキしていて、目尻にシワをよせながら満面の笑みで本当に楽しそうだ。そしてそれが楽しい。本当に楽しい。
でも、
楽しいけど、息がつまる気がする。苦しいよ。
見てる小説やドラマでは大抵、最初はそうでもないけど、いつの間にか相手が自分のことを好きになっていてくれたりする。
自分に自信がなかったのけど、本当は自分には魅力があって、それに気付いてくれるといったような。
でも、世の中そんなに甘くない。
本当はちょっと期待してるけど、客観的に見て、今の現実はそんなに甘くない。
恋ってもっと甘くて楽しいもののようにばかり描かれて、その一面のことしか考えてなかった。それは、全部作り話のなかの話だからだろうか。全然違う。ちょっと楽しい分余計辛くなる。
今まで好きだという気持ちがなかった時は何も辛くなかったのに、僕の恋は幸せの何倍も痛みを連れてくるようだった。一声かける時にドキドキしてたことが恋かもって勘違いしてた頃が懐かしい気さえしていた。
ふと、僕は気づいた。その時になって初めてようやく気付いた。
そうか。これ、「片想い」なんだ。
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