第三章 叶わない想い

第12話 叶わない想い


 そうか。これ、「片想い」なんだ。




 気付いた時にぴくっとして、凍りついたような表情をしていたのかもしれない。

 目の前のミオさんもなぜか曇った表情をして、じっと見ていた。


 曇った表情をしていても大きな黒い瞳はとても魅力的だ。

「どうしたの?さっきの発言気に入らなかった?」

「いや、ううん。ちょっと考え事しちゃって」

「そうなの?気分悪くしてなくてよかった。でも、だめだよ。会話している途中で自分の世界に入ったら。すごく不安になるし、取り残された気分になるよ」ミオさんは両目をつぶりながらお姉さん口調で言った。


「ごめん」

「ううん。いいけど、私と過ごしている時間も練習だと思ってもらえたらいいし。うんうん、言ってくれるだけで女の子は安心するんだからね」

 また、くったくのない笑顔に戻ってイキイキと話をしだした。


「そうなんだ」

「そうだよ。本当にいい練習台だよね私。アドバイス機能付きっ!」と人差し指を上げながらミオさんが言った時、ふと、



「どこまで練習させてくれるの?」



なんて言葉が胸に浮かんできた。


 口にしてしまおうかとも思ったけれど、それがとんでもないことで、この不安定な関係性を簡単に壊してしまうものだと分かっていたので口にはしなかった。


 でも、口にしなかったのは本当に配慮なんだろうか?

 これまで僕は配慮の名を借りた勇気のなさで色々な機会を失っていたかもしれなかった。



 男子校にずっといたと言っても、女性と話す機会は全くのゼロではない。


 カフェのレジで、「いつもそれ頼んでいますね」と言われたり、友達が彼女といる場所に出くわした時、僕は「配慮」という名の意気地のなさで、せっかくの機会を逃がすような行動を時々とっていた気がする。


 今回のことも、勇気を振り絞ったからミオさんと知り合いになれた。だったらもう一歩勇気を振り絞ってもいいのではないかと思った。この間飲みに行った時のイズミの「脈を探る」っていう発言も気になっていた。


 話を続けるのがうまいミオさんが次々と話題を出しながら、いろいろな恋愛のきっかけ提案をするのを聞いていた。


 その間、僕は何度も何度も僕の気持ちを伝えるのが正しいのか正しくないのかを考え続けた。答えの出ない堂々巡りを繰り返していた。


「あー。また」ミオさんがまた上の空の僕を指摘しようとした瞬間だった。


「わかってるよ!」

 僕は、思わず大声を上げてしまっていた。


 それが自分の発言だと一瞬分からなかった。


 自分の中にこんな激しい感情があるのに戸惑った。自分が自分でないようでコントロールできなくなって、いろいろなことを口走る自分を止められなくなってしまった。


「ミオさんはそんな上からの立場で言いたい放題だから気分いいんだろうけど、こっちの気にもなってよ」


 びっくりしたミオさんが僕を大きな瞳で見つめる。


 最低だった。とんでもないタイミングで、とんでもない勢いで言ってしまった。でも、止まらなかった。


「もしかしたら僕、ミオさんを好きなってしまったのかもしれない」



 二人の間が沈黙で埋められた。全く言葉がなく、表情もない沈黙がその辺りに充満した。新しい話題を出すのが上手なミオさんも、その沈黙を埋められなかった。


 ミオさんは全く予想していなかったのだろう。このタイミングで言われることだけでなく、僕の気持ちそのものを。


 今ミオさんがどんな気持ちでいるか全然分からないけど、後悔したり反省したりする時に、こんな表情になる気がする。相手が何考えているか分かったらいいのに。


 一旦沈黙が始まると、どんな話も始めるには不適切なように感じられて、それがまた沈黙を助長していた。


 漫画やドラマならこういう時、僕は告白した後、走ってこの場を立ち去るのかもしれない。いっそ、そうしたかった。だけど、思わず口にしてしまった自分に戸惑うばかりで僕はこの場から逃げることもできなかった。


 ミオさんは意を決したように、きりっとした表情をしてから一呼吸置いて、沈黙を破った。


「あ、でもそれ多分違うよ。最初に親しくしたからじゃないかな」

 すごく頑張って、あっけらかんとした表情を作りながらそう言った。

「ほら、雛が玉子から孵ったら最初に見たものをお母さんだと思う、みたいな?」


「ミオさんに僕の何が分かるの?」と思ったけど、かろうじて口にはしなかった。


 普段温厚にしているから、自分がいきり立ってしまった時にどうしたらいいのかもわかっていなかった。


 でも、ここで踏みとどまれて良かった。僕はかろうじて踏みとどまった言葉を口にした。



「そうかもしれないね。ごめん」

 ミオさんがさらっとした冗談を言い合っている流れにしたがっているようなので、僕もそれに従った。今の僕ができる精一杯取り繕った反応だった。


「何言ってんだろうね。焦ってるのかなあ」なんて笑いながら言った。かなりぎこちなかったと思うけど笑って言えた。自分を褒めてあげたい。


 僕は最低の気分でそこを離れて、かろうじてトイレに逃げ込み、トイレで深呼吸を何回もして、気持ちを落ち着かせた。


 泣きそうになったけど、泣いてはいけないと必死にこらえた。こんなにしてくれるミオさんを悪者にするわけにはいかない。


 僕は一生この片思いを胸に秘めなければと思った。そしてトイレから戻り、話を続けた。どことなく二人の間にはぎこちない空気が流れていたけど、二人ともそれには気づかないようにした。


 1ヶ月前のミオさんと出会う前の僕なら、とうていこんな空気を読んだ行動もできなかっただろう。


 僕は少し前より大人になっていた。もう大人だ子供だという年齢ではないが、成長していたのは確かだ。でも、それは僕の求めていたものと少し違っていた。僕は恋人を求めていたのだ。


 そして今、ミオさんという恋人を求めている。



 そして、それは、叶わない。




  そう、決して叶わない。



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