第13話 約束

 ここ最近は毎日ため息をつきながら後悔ばかりしている。


 なんであんなことしちゃったんだろう。



 なぜ後悔し続けているのかというと、この間の変な告白の後、ミオさんの反応が固くなったような気がするからだ。明らかに反応が変わっていた。


 元々は次に映画を一緒に見て感想を言い合って、女性と話すのに慣れようという話しをしていた。


 考えてみたらもう殆どデートみたいな経験ができるのだ。感謝しても感謝しきれないくらいありがたい話だった。ミオさん本当に女神様ではなかろうか。



 でも、・・・その予定が中々合わなかった。



 気が付くと予定が合わないうちに1ヶ月くらい経とうとしていた。


 4週間くらい連続して週末に会っていたのがずっと昔のことのようだ。あまりに楽しかったので、あれは自分の空想だったのではないかと思いはじめた。


 そうしてるうちに、もう長袖では暑い季節になり、湿度が上がり、梅雨の到来を感じさせるような時期になっていた。



 以前だったら単に都合が悪いだけかと思っていたかもしれないが、僕も少しづつではあるが、言葉にしない言葉を理解できるようになってきた。少なくともそんな気はする。


 ただ、それはあくまで以前の自分と比べてだ。そこには何かの意味がある気がしながら、でも、どういう意味かは分かりかねている。



 会えない日にはずっとミオさんの事を考えて過ごしてしまう。もちろん仕事はしてるし、ご飯も食べてる。普通に暮らしている。


 でも、一人になると後悔でじたばた身悶えてしまう。あの時をもう一度やり直せたら、今度はこうするのになんて、後ろ向きな考え事で夜遅くまで寝れなくなる。

 

 気が付くと、重苦しく辛い。気分的には視界全体を黒いどろっとしたペンキで何重にも塗りつぶしたようだ。切ないのとはまた違う辛さだ。


 でも、後悔ばかりしても仕方がない。気が滅入って他のことに手が付かないし、せっかくだからミオさんが好きだという本や漫画や映画をたくさん買って、それに囲まれて気を紛らわせた。



 また今週も都合が合わないのだろうかと思いながら、映画館の上映情報を端から端まで見た。


 そして、「これ、前にミオさんが好きって言ってた小説の映画化だ!」と気付いた。もう封切りしてから結構時間が経っていて、観客動員数も減っているからか午後に1回だけの上映だった。



 みつけた!小さなきっかけ。



 いそいそと、メッセージを送った。ミオさんが好きって言ってた話ですよねって。どう好きだって言っていたかを思い出しながら。


 でも、くどくどとは書かないようにした。来てくれるといいなと思いながら、送信ボタンを押すのをためらっていたら、涙がにじみ出そうになった。


 びっくりした。めめしい。「女々しい」なんて漢字にしたら女性に失礼なくらいめめしいと思った。僕ってこんなやつだったのか。少し目をこすりながら、送信ボタンを「えいっ」と一気に押した。


 返事はすぐ来た。


 メッセージで短文で都合が合わないから、と一度断られた後に、「やっぱりいく」という一言だけがメッセージで帰って来た。



 一度断られた時にすごくがっかりきて悲しかっただけに、「なんだそれ」と正直、少し思った。だけど、一度断られても、一緒に映画に行けることがやはり嬉しい。


 僕は「はい」とだけ返した。もちろん上機嫌だったけど、他になんていいか分からない。


 ほっとしたのだろう。意識していないのに、とても大きなため息が出てびっくりした。


 しばらくあまり息をしていなかったようで、普段自分はどんな風に呼吸していたのか、改めて考えても分からない事にもびっくりした。


 以前の僕ならプライドが邪魔して、一度断られたら素直に行く気にならなかったかもしれない。でも、そんなプライドは無くなって本当に良かった。


 ミオさんと話した時に、

「自分のプライドを大切にしすぎずに、相手の気まぐれもかわいらしいと思えるといいよね」なんて話がでてきて、とても感心したからかもしれなかった。


「言ったことを素直に受入れられるのがケンちゃんのすごいとこよね」なんて褒められたのもあるかも。僕って単純。



 もう、ミオさんに選んでもらった長袖のTシャツの季節ではなくなったので、映画の日の前に、僕は自分で服を選びに街に出かけていた。


 ミオさんと一緒だからという「そこにいる権利」を持っていなくても、僕は一人でその街のオシャレなエリアにも行けるようになっていた。


 そして夏に履けるちょっといいジーンズを一本買っていた。自分のセンスではなく、女性店員に声をかけて選んでもらった。


 声をかけるまでは恥ずかしかったけど、声を掛けてみたら、話は簡単だった。

「すいません、ジーパンってどういう基準で選んだらいいのか分からなくて」


「あー、分かります。履いてみないと分からないですよねっ」と笑顔で店員さんは言いながら、かわいらしくあごに手を当て、

「そうだなー。じゃあ、これとこれ行ってみよっか!」と言い出した。


 女性店員はまるで自分の恋人かというように気さくにいろいろと試してジーンズを選んでくれた。


 世の中の女性って、みなそうなのかと思ったが、考えてみたらそういう商売なのだ。男性服売り場にいる女性店員というのはそういう立ち回りなのだろう。


 思わず鼻の下を伸ばしそうになりながら(でれっとすると口がにへっとして、本当に鼻の下の部分が伸びるんだと鏡を見て気付いた)僕はジーンズを買った。


 僕がこうやって自分でショップに行ってジーンズを買った事をミオさんは喜んでくれるだろうか。


 自分が選んだものでなくとも、似合ってるかっこいいと言ってくれるだろうか。


 そんな期待と不安を胸にしながら、僕は久しぶりにミオさんに会える週末を待ち焦がれた。


 こんなに特定の日を待ち焦がれるのは純真にサンタクロースを信じていた小学生の時以来かもしれなかった。

 

 前日の夜遅くミオさんからメッセージが来た。



「明日久しぶりだね。なんか緊張するね」



 僕はその夜、一度寝た後も、何度も何度も携帯を開けてそのメッセージを確認した。その何でもないメッセージが嬉しくて、もう、死んじゃいそうだった。

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