第4話 カフェにて
彼女に連れられて、近くのカフェに入った。古くて、多分オシャレなビルの2階にあったそのカフェには、カウンター席が何席か並んだ奥にテーブル席がいくつか並んでいた。
椅子もテーブルもバラバラ、靴を脱いで横並びに座るソファ席などがあって、僕にとっては全くの異空間であった。一人でこの店に入ってしまったら、ものの3秒で、すいませんでしたと謝って逃げ出してしまいそうな、かわいらしい店だった。
もっとも、一人でこの店に入ろうにも、古くてオシャレなビルの入り口周辺にあるかわいらしい看板や黒板も、細く上に向かって伸びている階段という構成で奥が見えない雰囲気も僕を遮ってしまい、僕は入り口までも辿りつくことができなかっただろう。
さらに残念なことに、この店のどこがどうかわいらしいのかを充分説明するには、僕では力量不足だった。いっそのこと、ピンク色の内装だったり、フリルがあったり、かわいいぬいぐるみでも置いてあれば、そう表現できるのに。
木のトレイ、木のカップ、木のスプーン、
スチールや木のなどのバラバラの椅子、
手作りの手書きのイラスト付のメニュー、
全てカタカナで10文字以上ある飲み物、
各テーブルの上に一人分づつ置いてある淡い水色のチェックや真っ赤な布、
なんとも、統一感なさげ。でも、全体的にどうやらかわいいようなのだ。
この店がかわいらしい店だという証拠に、店の中はカップルで来てる一人を除けば、男は僕一人だった。
しかもその男性は、すごくオシャレで、暑いのに首元にマフラーとは違う布を巻いているような、僕とは別の世界の住人だった。完全なアウェーだった。
僕はあまり、キョロキョロして不審者に思われてもいけないからと動かないようにしていたら、今度はどう動いていいかもよく分からなくなって、硬直してしまっていた。
でもその硬直ぶりでは、却って不審者に見えるかもしれなかった。こんな街中の通りの直ぐ近くに、どう動いても動かなくても、自分が不審者に見える迷宮があるなんて本当に驚いた。
オシャレなエリアとはこんなにも恐ろしいところなのかと僕は内心焦っていた。
そんな僕に彼女は心配そうに、
「どっかで見張られて、いじめられてるんじゃないよね?」と聞いてきた。
僕は大きく左右に首を振った。
「ちょっ。と。」また噛みながら僕は答えた「慣れない場所で戸惑っているだけで」
彼女はニコッと笑い、
「いや、もしいじめられてるんなら、その男の子が入ってこれない店がいいかなと、かわいらしい店にしちゃった」と言った。
少し高めのかわいらしい声に僕は優しく包まれたような気がして、ちょっとボーっとしかけてしまった。
「そ、そうではなく、自分で決めてやりました」
僕は気がついたら、ボーっと彼女と見つめ合っている状態に自分がなっていることに気づいて、恥ずかしくなって目を斜め下に逸らしながらそういった。
偶然でも女性と見つめ合う状態になることが、もう殆ど始めてと言ってもいいくらいだったからすごく緊張した。
だからか、なんだか犯罪の自白をしているような言い方をしてしまったが、考えたらこんなふうに自分の行動の行動を話す機会なんてあまりないので、それは自然と自白めいてしまうのかもしれなかった。
カフェの店員さんが、僕のコーヒーと彼女のカタカナ10文字以上の飲み物を持ってきた。
その間はなんとなく話をしにくくて、二人とも無言だった。だから、店員さんがトレイから飲み物をテーブルに置くまでの時間がとても長く感じた。
店員さんが、その場を離れて、彼女は一口飲み物を飲んだ後にこう聞いた。
「自分で決めたって何を?」
彼女の癖なのだろうか、さっき角で声をかける直前のように小首を傾げながら聞いてきた。
僕は顔をあげてこう答えた。
「今日、あの角で、僕が恋をして、告白することをです」
彼女がきょとんと大きく目を開いたまま、そのままの姿勢と表情のままで、ほんのりと照れた表現になるので、僕は自分が口にした言葉が幾分恥ずかしい表現になっていることに気づいた。そしてその気づきが僕の顔も熱くさせた。
さすがに照れたのか、彼女も目線を斜め下にずらして、口を少し尖らせながら、
「ふーん」と言った。
その後すぐ「あ、でも」と何かに気づいたようにこう続けた。
「ってことは、誰でもよかったってことよね?」
その口調には、幾分冷たいものを感じた。
でも、僕は素直に
「正直に話すと、そうです。最初から決めていました」と言って、
「でも、こうやって女性が1人で歩いているのも珍しいし、優しそうな人じゃなかったら声をかけれなかったような気がするし、そういう意味ではなんか、運命?みたいにも勝手に感じちゃったりしています」
と続けた。ほわほわと浮かれた僕は、浮かれた言葉を口にする自分に驚いていた。
彼女は楽しそうに言った。
「結構言うねえー。今日お話しすることは結構考えてきたの?」
「いえ、実は考えてきたのは最初の声をかける時の言葉だけで、さっきそれはうまく言えませんでした」
「そっかあ。面白いこと考えるね」
「ありがとうございます」と僕が言った後の、くすっと笑いそうになって慌ててそれを止めた彼女の優しい反応で、褒められてないのに、お礼を言うのはおかしかったなと気づいた。そして、なんだか笑ってしまった。
彼女もつられて、
「いや、うん、褒めてないよね」と笑った。
彼女は少し体を乗り出してきて、
「何人くらい声をかける気だったの?」
と語尾を少し上げた話し方で聞いてきた。
聞かれて僕は断られた時のことを全く考えていなかったことに気づいた。
「いえ、1人しか考えてませんでした」
彼女は目を丸く見開いて、
「え?なに?絶対うまいく自信があったの?」
と聞いてから、そんなわけないかと気づいた表情をあからさまに浮かべて、
「詰めが甘いねー。甘すぎるんじゃないの?」とくったくのない声で楽しそうに言った。
「じ・・・実は今まで一度も女の子と付き合ったことがないんです」と僕は思い切って告白してその場の空気を変えた。
「周りにも全然そういう女性がいなくて。それで、こういう方法しかなくて」
「そうなの!?本当に?これまで一度も?」と、目を見開いて立ち上がらないばかりに驚いて聞いてくる彼女に僕は無言でうなづいて返事をした。
「そうなんだー。それにしても、方法なんて他にもあると思うけど。話によほど自信があるのだったら別だけど」と彼女は今度は落ち着いて言った。僕は斜め下を向きながら答えた。
「ご覧のとおり、特に話に自信があるわけじゃないです」
彼女は少し済まなさそうに、
「あー。うん。それは話をしててわかるけど。いや、別に下手だというわけじゃないけど」
と言うので、僕はきっぱりと
「いえ。そんなに気を遣っていただかなくても、口ベタだというのは分かっています」と返した。
「えーっと」彼女は何かに気づいたように、少し話の方向性を変えて、
「ちなみにおいくつ?」と聞いてきた。僕は素直に自分が25歳であることを話した。
彼女は大きなため息を、口を横に楕円形に開いて、テーブルに向かって、はあーっと吐いて、
「そっかあ」と誰ともない言葉を口にした。
僕は「え?おいくつですか?」
と自然に聞きかけて、ある思い出がフラッシュバックして思い留まった。社会人になって最初の頃、僕はこれで知り合って数時間の女性の先輩を完全に敵に回したことがあったからだ。
でも、止めようとする意志とは別に、その時点で既に僕は、「おいく」まで口にしてしまっていたので、そこから無理やり止めようとして、「こぉうぉ」と日本語でない言葉を並び立てた。
止めようとした努力も空しく、彼女は何を僕が聞こうとしていたのか簡単に気付き、朗らかに少女のように笑いながら、
「としー?」と言いながら顔を斜めにして、
「いくつに見えるー?」と逆に僕に質問を投げかけてきた。
彼女の気分を悪くしなくて良かったけれど、僕は今、別の苦境に立たされていた。
こういう時は見た目の八割くらいでいいと聞いたことがある。ぱっと見彼女は僕と同じくらいの年齢に見えた。しかし、25の八割って20歳だ。
いやいやいやいや、さすがに20には見えない。これは言い過ぎではないか。しかし、それで言うとそもそも八割なんて数字が僕の感覚からいうとおかしい。
ならば、こういった自分の感覚は全く当てにならないので参考にしないほうがいいのだろうかと思いながら、僕の頭の中で事務の女性がぐるぐると「八割」、「八割」、「若く言って悪いことはないよ」と優しく教えてくれるので、思い切って言ってみた。
「ハタチ?」
彼女その僕の回答を聞いて、一瞬まばたきをした後、また、口を楕円形にしてため息をつき、
「ないでしょー。ないない。はい、ワンモアチャーンス」といたずらっぽく笑顔になりながら、僕にとっては全く嬉しくないチャンスをもう一度くれた。
ありがたくないのだけれど、その笑顔の時の目尻のしわがなんともかわいらしくて、自然とこちらもニヤニヤしてしまいそうだった。
僕は素直に、
「すみません。もう出てこないです」
と言いながら、彼女がなんだか話しやすいと気付いて、うきうきしかけていた。なんだかよく分からないけれど、この何でもないやりとりが楽しくなってきていた。
「そっかあ。でも、このやりとり面白いから、もう少し続けよ」と勝手に続けだした。「これ合コンとかでやると嫌われるんだけどねー」と一息入れながら、「最初はいくつに見えたの?」と続けた。
僕はさらっと
「同い年くらいで25くらいかなと」と答えた。
彼女は少し芝居がかった雰囲気で、
「おおーっ」と喜んで言った後に直ぐに「って、あんまり見た目で女性の歳が分からない、とか?」
とちょっと残念そうに続けた。
もうちょっと、実際若く見えますという話しにしておいた方が、あるいは彼女の機嫌も良かったかもしれない。
でも、そんなよくできた社会人としての表現方法を知らない僕はあっさりと
「すみません。その通り、かも、しれません」と答えてしまった。
案の定、彼女は不満そうに
「そーなのー?正直だなー。もうちょっと抵抗してもいいのよー」
と少し語尾に甘えた雰囲気を含めながら言った。
僕は今度は極々自然にさらっと
「ちなみに本当の年齢は」 と聞くことができた。
そうしたら、彼女からも極々自然にさらっと
「35よ」という言葉ができた。
本当は年齢なんて、こんな風にさらっと聞けば案外さらっとした会話になるものかも、と思いかけたけど、実際今回相手が彼女だったからこそかもしれないので、これを自分の人生における公式定理のように扱うのは止めておこうと思った。何しろ前に一度痛い目にあってるし。
そんなことをぼんやりと考えていたのだけれど、どこからか強烈な驚きがどこから湧いてきて、僕の後頭部をばしっとはたいた。
思わず口から言葉が漏れた。
「ええーっ!35?」
僕は今度は極々自然にすごく驚いていた。
彼女は嬉しそうに
「えらく、あっさり反応しなかったから、やっぱりさっきのはやりすぎたお世辞かと思ったけど、そうやって驚いてくれるのはいいね。10歳差だね」なんて、にやにや僕の反応を見ていた。
ニコニコという感じでなく、にやにやという感じだったので、本当に喜んでるなと思ったけど、こういう慣れた反応をしているのは、若いと言われ慣れているからではないだろうかとも思った。
実際、僕の目の前にいる女性は顔も表情も喋り方も僕と同世代のように見え、いや却ってこちらの方が老けているのではないかと思えるくらいで、本当にもっともっと若く見えた。
彼女は引き続き楽しそうにしながら、
「その反応で、私、すっごく、機嫌良くなっちゃった」とすっごくの部分で両目をつぶりながら言った。そして続けて、
「歳も離れているし付き合うのは無理だけど、あなたの恋愛アドバイザーにならなってあげるわよ」と、さらっと、僕が全く想像もしていなかったような展開をぶつけてきた。
その展開についていけずに、今の状況を改めて考えている僕をその場に置き去りにして、彼女は笑顔でまた、小首を少し左側に傾けた。
「どう?結構いい提案じゃない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます