第5話 楽しいイベント
戸惑っていた。
彼女の、「恋愛アドバイザー」になってくれるという、唐突な提案に僕は戸惑っていた。
そんな僕を置き去りにして、彼女はこう言葉を付け足した。
「そもそも、彼女を探そうとして、こんな街中で声を掛けるという手段に出るあたり、君には恋愛を相談できる女友達がいないと思うのだが、どうかね?」
彼女は上目遣いで嬉しそうに推理して楽しんでいた。
「どうかね」って何ですか、ドラマでしか聞いたことない言い回しですが?と思いながらも、
「まあ、確かにそのとおりなんですが」と僕は大人しく彼女の発言に従った。
考えてみると、僕にとってそれはとてもメリットのある提案だった。
彼女の言っていることはそのまま正解であり、僕には女友達も皆無だった。
彼女の機嫌のいい気まぐれに出てきた、この僕にとっても都合のいい提案に素直にのるのが、この場の正解であるようには感じた。
しかし、その一方で僕は、「付き合ってくれるのでなければ、あの必死の渾身の勇気は何だったのだろうか」という思いもあった。
他人にとってはつまらないことかもしれないが、僕にとっては一世一代の大勝負だったのだ。
しかし、よくよく考えるとその場面を打開するような技が僕にあるわけでもなかった。
僕にできるのは、
「やっぱり付き合ってくれる、とはいきませんか」と悲しそうにつぶやくことだけだった。
「まあまあ。そんながっかりしてくれなくても、ちゃんとした作戦を練ったら、あなたの年相応のかわいい彼女ができるわよ」と、ほがらかに何の保証もない事項を確証めいて言葉にした。
「と、言うわけで、ミオちゃんの恋愛アドバイスコーナー、スタート!」
と彼女は唐突に勝手に自分のコーナーを開始し始めた。
全くもって勝手に彼女が始めたことではあるが、
まずい、楽しくなってきてしまった。
もう彼女に任せようと僕は思った。
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったんだけど、なんてお名前なの」と彼女が聞くので、僕は素直に、
「あ、えとタガワ ケンタと申します。」と答えた。
彼女はきさくにさらっと 「あー。敬語じゃなくていいよ。フジカワ ミオです。ミオって呼んでね」と言った。
え?
えらくさらっと言うなあと思いながら、頑張って僕もできる限りさらっと返そうとした。
「ミ・・・ミオさん」さらっといかずに案の定噛んだけど、なんとなくそうなるなって思ってた。
多分かなり照れながら言ったのだろうと思う。最初に声をかけるほどではなかったけど、そこそこテンパってたと思う。だからか彼女は少し自分も照れながら、
「えー、なにー。そんなに照れなくてもいいじゃない。こっちも照れちゃうじゃない」とかわいく言った。
この人自然にかわいい人だなあと思いながら僕は なんとか自分のこの状態を分かってほしくて、
「いや、だって。女性を下の名前で呼ぶの初めてで」と説明した。
「ほんとにー?」と目を丸くしながら彼女は「そうなの?ごめんね。なんか初めてを奪っちゃったね」と、少し「えへっ」という感じで、なんだかドキッとする表現をしていた。
「いや、まあ別に構いませんが」この状況は本当に彼女が一方的に余裕だなあと感じながら僕が答えていたら、またさらっと彼女は
「そう?よかった。じゃあ私もケンちゃんって呼んじゃお」なんて言い出した。
そして、さらに彼女は僕の顔をじーっと見つめながら、少しだけ真顔になって、
「これも初めてだった?」と聞いてきた。
本当にころころと表情を変えれるんだなあ。そしてそのころころがいちいちかわいい。大人の女性って怖い、なんて思いながら、少し引きながら僕は、
「か、からかってます?」と眉間に力を入れながら質問した。
「ごめんっ」とまた両目をつぶりながら言って「ちょっと楽しんでいるかも。そっかーっ。ほんとに純なんだね」と彼女は感心していた。
「はい。全くの本当です」僕は彼女とは別の目のつぶりかたをしながら、つーんとそう返した。
「ああ、まあまあ。敬語やめようよ。それとも、こんなおばちゃん相手にタメ口で話しにくい?」なんて彼女は本当にぐいぐい続けた。え?女性って、みんなこんな感じなの?と思いながら、頑張って僕は、
「いえ。そんなことない」の後の「です」の言葉を気付かれないようにかなり頑張って飲み込んだ。
「だいたい。本当にそんなに歳の差を感じなくて」と極々正直に僕は話した。本当に心の底からそう思っていたからだ。
「ふふ。ありがと」と彼女は少し肩をすくめながら嬉しそうにお礼を言った。
どうしよう。ミオさん、本当にかわいいんですけど。
僕は頑張って、
「ミ・・・ミオさんは」と、まだちょっと下の名前を戸惑いながら呼んだ。
「ん?なあに」とミオさんは少し下向きながら、優しく答えてくれた。
「今、付き合っている人はいないんですか?」僕は聞きたかったことを聞いた。
「あー。うん。実は最近別れたばっかりなのよね。結構長く付き合っていた彼と。実はずーっとこの人と結婚するんだろうなって思ってて。なのでまだ傷が癒えてないんだよね」
少しひきつりそうな表情をしながら彼女は続けた。
「だから、ごめん。こういう話をするのに、悪いんだけど、そのうち徐々には話しするから、今はあんまりその話しなくてもいいかな?」
「いえ、すみません。失礼なことを聞いてしまって」と僕は申し訳なさそうに答えた。
「ううん。何も失礼なこと聞かれてないよ。当然の質問じゃない?」と彼女は自分の髪を触りながら言っていた。
僕は戸惑って口をつぐんでいた。
「優しいんだね。気持ちを尊重してくれて嬉しい」と彼女は、優しい発音で言った。「うん。きっとすぐにケンちゃん彼女できるよ。ミオちゃん頑張っちゃう」
彼女は少しふざけて、笑いながら続けた。
「うん。だからしめっぽい雰囲気はやめようね。明るくからっと。ね?」
彼女は僕の顔を覗きこみながら笑顔で明るくそう言った。
「うん。分かった」と僕は、今度は自分なりには自然にタメ口で返事をした。
「そうだ。そういえばケンちゃんは周りに彼女にしたい人とかはいないの?」
と彼女が聞いてきたので、
「僕の周りには全然女の人がいなくて」と自分の現状を話しした。
彼女は、
「働いているんだよね?会社にも全然女性がいないの?」と不思議そうに聞いてきた。
「同じ部署も男の人ばかりで、フロアには事務の女性が2人いるくらいです。二人とも彼氏がいたり、結婚してたりとかで彼女として考える以前の問題で」と答えた。その答えに彼女は「ぴくっ」と反応した。
「でも、街中で声かけるくらいだったら、その会社の女性に友達を紹介してもらうようお願いしたりとかはどうなの?」とさも当たり前のように聞いてきた。
実はこれまでの僕は、全くそういう考えに至っていなかった。そっか、そう言われればそうだなあとぼんやり考えていたら、口から
「え」という声が漏れていた。多分かなりぽかんとした表情をしていたんじゃないかと思う。
ミオさんは、えー、おいおいというような少し焦った顔で、
「あれ?その顔は、そんなこと考えたことなかったって感じ?」と聞いてきたので、僕は素直に
「はい。そうですね」と答えていた。答えながら、なんでそんな単純なことに気付かなかったのだろうと思うと同時に、それでいくと実は今回のこんな思いつめ方をしなくても方法はいくらでもあったのではないかと思えてきた。
そして、どうしてこの25年間全くそれに気付かなかったのだろうと大いに自分の過去を後悔し始めていた。
後悔しながらぼんやりしている僕にミオさんが
「友達に女性は?あんまりってことだっけ?」と聞いてくるので、
「これまで男子校育ちだったから」と返しながら、さらに僕は
「でも、話してて、彼女や女友達いるやつはいるから、そいつらに紹介とか頼めば、いいんですよね?」と続けた。
彼女は心底驚いた表情で、小鼻と目のあたりにすごく力を入れながら、
「え!それもしてないのに、街中で声をかける手段に出てたの?」と少し大きな声で言った。
「はい。今言われるまで気づきませんでした。こういうことを人に相談したことありませんでしたし」と言いながら、僕は自分で自分が少し恥ずかしくなってきた。
真っ直ぐにミオさんの目を見れずに、周りの地面に視線を這わせた。ふと目の前から笑い声が聞こえてきた。
「あなたって、行動力があるんだか、ないんだか分からないわねえ」ミオさんはそう言って、また、楽しそうにフフフと笑った。
彼女が笑い出したことで、僕もなんだか楽しくなって、つられて笑い出した。
それがさらにミオさんの笑いを誘ったのか、彼女は少し目に涙をためながら大笑いしていた。
ミオさんはひとしきり笑い出した後にふと止まって、
「そうね。これまでそういうのに全く無縁だったんから、ケンちゃんはちょっと恋愛体質にならないとね」と言った。
正直ミオさんが何を言っているのかよくわからなかったけど、僕は素直に頷いていた。
「そもそも、格好からよね。あんまりケンちゃんは気にしてないかもだけど、外見って大事よ。とっても」
容姿にあまり自信もないので、僕はあいまいな反応をしていた。それがちょっと彼女の中の何かを刺激したのかもしれない。彼女はこう続けた。
「外見じゃなくて、本当の自分を見て欲しいなんていう男性に限って、自分は付き合う相手はかわいいこがいいなんて、外見を相手に求めたりするのよね。不思議なことに」
「まあ、確かに。分かるような気がします」と僕はぼんやりと返事した。
ミオさんは尚も僕を離さなかった。
「いーや。分かってない。容姿なんて変えれないしと思ってるでしょう?」と、真っ直ぐに僕を見つめながら言ってきた。
心を見透かされたように感じた僕はおとなしく降参の表明として、
「はい。確かにその通りです」と言って、「どうして、分かるんですか」と驚いてみた。
「確かに元々の顔自体は変えれないけど、ちょっとしたことでがらっと雰囲気って変わるのよ。それだけで女の子に受け入れられるかどうか結構分かるのよ」と彼女は芝居がかって指を立てながら言った。
そして、腕を組みながら上目遣いで「ミオちゃんが、ケンちゃんのそんな考えを見透かしたのはなぜでしょうか?」と語尾を上げて聞いてきた。
女性に耐性がないので、ミオさんが腕を組んだり、上目遣いになったり、語尾を上げた喋り方をしたりするのがいちいち僕にはかわいく感じられた。
でも、質問されている真っ最中だから、かわいいなあミオさんという思いを頑張って横におきながら、ぼんやりと頭に浮かんだ言葉を僕は口にした。
「今日の僕のかっこう・・・ですかね?」
「せいかーい!その通り」と楽しそうに言いながら、ミオさんは表情を変えた「じゃあなんで気を使わないの?」と疑問文のような文章を口にしながら、僕に口をはさむ間を開けずに間髪いれずに彼女は続けた「だいたい、全身真っ黒で、髪型もぼんやりとした真ん中分けじゃあ、やる気がないと思われても仕方ないよ」とざくっと僕に言ってきた。
単刀直入すぎて、傷つくことにも気付かずに、「そうなのか」と僕はぼんやりと思っていた。でもその一方で、「じゃあ、どうしたらいいのか」と僕は思った。
でも髪型も寝癖はついていないし、整髪料をつけているし、服だって高いものでは決してないけど、カジュアルで有名な店で買ったものだ。色は確かに。黒っぽい色ばっかりだけど。他に何を買っていいか分からないというのが本当のところだ。
ミオさんは少しニヤニヤしながら「むっとしてる?」と聞いて、矢継ぎ早に「じゃあ、どうしろって思ってる?」と質問してきた。
僕はちょっとすねた雰囲気を出さないように気を付けて「思ってます」と返答した。
ミオさんは尚も楽しそうに「ねー。そうだよねー」と言って、ふふふと笑った。そして、
「じゃあ、今日はちょっと時間がないけど、日を改めて服を買いに行こうよ。お金はそうねえ。なんか1つだけ1万円くらいで買って、後は1万円で全部揃えるつもりで合計2万円くらいで!」と元気よく提案してきた。
とても楽しいイベントを見つけた子供のようなテンションだった。
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