第21話 お辞儀

 合コンの待ち合わせ場所の駅に着いたのは待ち合わせ時間の一時間も前だった。浮かれていたわけでもないけど、昨日の夜は寝れなかった。


 まるで合コンにすごく期待してるみたいで恥ずかしくなりながら寝れない夜をベッドで過ごした。「待ち合わせは夕方なのに、朝から遠足に行く小学生じゃあるまいし」と自分に突っ込んだ。


 待ち合わせ場所に早く着いても意味がないから、待ち合わせ場所までゆっくり歩いた。でも、待ち合わせ場所自体が駅構内だったので直ぐに着いてしまった。


 みんな携帯電話を持っているので、今時団体でなければ待ち合わせスポットで待ち合わせることもないのだろうけど、それでもその駅構内の待ち合わせ場所にはそれなりに待っている人はいた。


 ミオさんといつも会う駅とは逆側のこの辺りでは一番大きな駅。いつもは通勤で通り過ぎるだけなので、こんなに長く駅付近にいるのなんていつ依頼だっけ。


 多分、その時待っていた人の多くの待ち合わせ時間は僕の待ち合わせより一時間早かったのだろう。しばらくすると殆ど人がいなくなった。


 何となく、近くの百貨店や本屋に行って時間を潰そうかと思ったけれど、何となく動く気になれなくてぼんやりと立っていた。暑い日だったから動いて汗ばむのが嫌だったのかもしれない。


 何をするでもなく立っていたら、ミオさんと会った時にミオさんが泣いた風景が胸に浮かんできた。


 ミオさんが急に泣いたのに、僕が全く驚きも動揺もしなかったことに今になってびっくりしていた。不謹慎だけど泣いているミオさんはとても美しかった。


「泣き顔がかわいい人は不幸になるって聞いたことがあるけど、それだったらミオさんは不幸まっしぐらだな」なんてぼんやりと考えていた。


 考え事をしながらぼうっとしていたら、目の前の風景の中から視線を感じた。


 視線を感じたので、その視線の出元にピントを合わせたら少し自分よりも若そうな女の子が「こっちを見てたのかな?」という雰囲気で僕を見ていた。


 でも、僕が彼女に気づくまで彼女に焦点が合っていなったことに彼女は気が付いてくれたようだった。こういう時ってなんでお互いにそれが分かるんだろうなって不思議になる。


 彼女は僕が彼女を見ていたわけではないということを理解をしてくれたからか、ペコっとお辞儀をした。こちらもそれにつられてお辞儀をした。「誤解でしたね、すみません」「いえいえ」みたいな感じで。知らない人との何となくの意思疎通。


 でも、それで彼女の存在が心に留まってしまったのか、次に僕が気が付いた時はしばらく彼女をぼんやりと眺めてしまった後だった。


 また目があってしまった時に「こういうのって嫌がられるよな」と、慌てて「すみません」の気持ちでお辞儀をしたら、「いえいえ大丈夫ですよ」みたいな感じでお辞儀を返された。


 笑顔ではないけど、なんとなく許してくれたんだなという感じの鼻に少し力を入れたような上目遣いだった。


 僕は安心して別の方向を向くことにした。感じのいい人だなと思った。


 だいたいこういう知らない女の人と変に目が合うと、「じろじろ見ないでよ」的な嫌な感じの反応をする人が多いので、すごくその彼女は印象が良く思えた。


 夏らしい白いスカートがよく似合っている、地味だけどかわいらしい人だったと思う。


 「思う」と言っているのは、そんなにしっかり彼女を見ていないから、ぼんやりとそんな印象を感じただけだったからだ。でも、お互いを認識した後で彼女をもう一度確認したら明らかに今度は彼女を見ているのが分かるので、もう彼女の方を見るわけにはいかなかった。


 そう思うとなおさらその彼女のことが気になってしまう。お互いに待ち合わせに早く来すぎたのか長い時間待っていたのだけど、そうやって「見たい思い」を抑えるのは思いの外大変だった。


 さっきまで全く知らない人だったのに、一瞬でこんなに興味がわくのはすごく変な気分だ。きっと見てはいけないという思いが変な風に作用しているのだろう。


 そんなことを考えていたら、ふとその彼女の後ろ姿が目の端に入った。誰かと一緒ではなかったけど、連絡が着いて場所を移動したのかもしれない。


 白いスカートから伸びた脚がとても綺麗だったので、「もう一度顔を見てみたかったなと」思いながら、彼女が見えなくなるまで後ろ姿を見送ってしまった。


「こういう時に声でもかけれたら、今頃全然違う人生を歩んでるんだろうな」とか思っていたら、後ろから聞きなれたミツハシさんの声がした。


「タガワさん、早く来ましたね~?」

それは待ち合わせの20分前で、それまでに僕は既に30分以上待っていた。


 だけど、そのことには気付かれないように、

「何となく早めに来ちゃって」と返事した。

「うきうきして昨日の晩寝れなかったりとか?ってそんなタイプじゃないですよね」とまたコロコロ笑うミツハシさんの何気ない冗談が一部正解だったのは内緒にしていた。


 ミツハシさんは要約すると「今日はお手柔らかにお願いします」という一文で終わるような話を15分くらいかけて話していた。


 「こういうの、男性との話では経験ないよなあ」と思っていた頃に、タナカとイズミが来た。


 今日は男女三人ずつの合コンだったのだが、ミツハシさんが彼氏持ちなので、男性も一人は彼女持ちでいいということだった。だからイズミにも参加してもらうことにしたのだ。


 イズミは男子校時代には持っていなかったであろう、さらさっと会話スキルをゲットしているようだ。ミツハシさんがしていた「今日はお手柔らかにお願いしますね」という話を尚も内容が増えないままに膨らまし続けていた。


 内容量が変わらないままにずっと続く会話が僕にはまるで手品か魔法のように感じた。それとは全く別の話だが一方のタナカはというと、ずっと遠くの方を向きながら時々なにか呪文のような文字数の言葉を呟いていた。


 そんな中で一人ミツハシさんの友達が現れた。ショートカットの活発そうな女の子だった。そして結構かわいいミツハシさんの友達だからか結構彼女もかわいかった。


 その時僕ははたと気付いた。

「よく考えたら、もう一人の女の子もミツハシさんの友達なら結構可愛いかもしれないのに、こちら側で彼女がいないメンバーは僕とタナカって、『ハズレ』な合コンだな」

自分の勝手な思いでメンバー人選したことを激しく後悔した。


 もっとも、ミツハシさんとその友達はそんな事を意に介さずにキャッキャと楽しそうに会話していた。この二人は天使か何かなんだろか。


 そんなタイミングで、ミツハシさんのもう一人の友達が現れた。これまたキャッキャいいながら飛び跳ね気味に駆け寄ってきた。


 その友達はさっきの白いスカートの女の子だった。さっき少し地味な印象だと思ったのが失礼なくらい、彼女は爽やかでかわいかった。


 かわいい子の友達ってやっぱりかわいいんだなと思っていたら、彼女が小さくお辞儀したので、僕は小さくお辞儀を仕返した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る