第35話 深夜の友情

 タナカとは仲直りした後以来だった。正直、恋愛経験が乏しいタナカが僕の悩みの答えを持っているとは思わなかった。


 でもタナカは変わり者だけど、すごくいい奴で、だからなんだかんだずっと付き合ってきた。


 もちろんすごくいい奴の定義なんて人様々で、思い遣りがなくて独りよがりなタナカが僕にとっていい奴だったのは、自分より人付き合いが苦手な奴がいる安心感だったのかもしれない。


 だけど、そんなタナカに相談しようというのは唐突な思い付きだけど、頭はいい奴なので自分とは違う視点で的を得たことを言ってくれるかもしれないと、そういう期待は持っていた。



 そう思い付いたら、夜0時近くだったけど居ても立っても居られなくて、僕はあっさりと躊躇せずに電話した。


 タナカは不機嫌そうに電話に出て、「明日でいいだろう、そんなの」と言ってブチッと電話を切るかもしれないと思った。

 いい奴だけど基本的にコミュ障なのでそういう奴なのだ。

 

 電話をかけて、何コールかしてタナカが電話に出た。第一声は、

「お〜。どうしたんだ?こんな夜遅くに。何かあったの?」だった。

 予想外のタナカの電話の出方に戸惑いながらも僕は話した。

「ごめん。少し俺とワタナベさんのことで相談があるんだ」

「そうなんだ。いいよ」


「ちょっと長くなるけど、いいかな」

「いいよ。そういえば付き合いだしたんだよな。イズミから聞いたよ。まだおめでとうも言ってなかったな。…ってそんな雰囲気でもないか」


「はは」

 少し乾いた笑いを浮かべながら、僕はかなり戸惑っていた。


 なぜ戸惑ったかというと俺が予想していた反応と全然違ったからだ。気遣いとか無縁のタナカのことだから、よくて渋々話を聞いてくれるぐらいだと思っていた。


 結局またも僕は勝手にタナカを自分より下に見ていたのに、タナカは付き合い始めたことによって、短期間で色々と成長しているのかもしれない。


 僕がミオさんとワタナベさんのこれまでを説明している間、タナカはこれまで聞いたことがないようなあいずちを打ちながら、ずっと熱心に話を聞いてくれた。


 これまで他人に殆ど興味がなかったのに、この変わりようには本当にびっくりした。



 僕が思っていることを話し終えた後、タナカはためらいもなくバッサリ言った。

「それでタガワは別れたいんだな?」


「うん…」一方的に言葉にするのをためらいながら僕は言った。

「まあ申し訳ないけど。…別れたい」


「じゃあ別れたいって言えばいいじゃないか」

「でも、自分勝手な話だし、相手を傷つけたくない」

と僕が言った後にタナカは大きくため息をついた。


「タガワ、一つ核心を付いたことをいうぞ」

 以前に聞いたことがない気遣いの一言の後にタナカは言った。

「傷つけたくないとか言っているけど、お前実は自分のことばかり考えていないか?」


 タガワのその一言は、重い鉄球のように僕の腹を打ち付けた。


「自分のことばかり…」

「いや、タガワのことだから違うのかもしれないけど」と言いながらタナカは続けた。

「俺最近気付いたんだ。ユイと…マシマさんのことな。ユイと付き合いだして、俺本当に自分のことしか考えずにずっと今まで生きてきたんだなって」

「うん」


「どっか行きたい?って聞かれた時にどこでもユイの好きなところでいいよって言ったら、それは優しさではなくて非協力的だって言われるんだよ」

「非協力的…」


「色々アイディアを出し合って決めていきたいのに、考える労力を自然と惜しんでいるって。俺そう言われたのが衝撃でさ。相手の好きなところでいいっていうの自体も自分では気遣いのつもりだったんだよ」

 趣味の話以外では、過去に記憶がない長い説明でタナカは続けた。

「だってアニメショップに連れて行ってもつまらない思いをさせるだけだろうしって。でもユイによると考えるのを放棄するより、自分の好きなところに連れて行った時に、相手に何を伝えようかと思ってくれるのだけでも嬉しいんだって」


 タナカは何度もつっかえたりしながら、一生懸命自分の経験と気付いた事を話してくれていた。

「こういう類の遠慮は、実は自分の身を守るためだったんだと気付いた時、大げさだけど俺は人生というものに触れた気がしたんだ」


「なるほど…」知らない人が聞いたら人生とはちょっと大げさな話かもしれないが、僕は心底感動して、納得していた。


 少なくとも僕達の狭い世界ではこれまで出会ってこなかった出来事だった。

「いや、お前の悩みにあった話をできていないかもしれないけど」


「ううん。分かるよつまり…」僕は胸がズキンと痛くなるような思いをしながらも感じたことを言った。

「俺は自分が傷つきたくないから、相手を傷つけたくないという表現をしているということだろう?」


「うん。まあそうだ」

 タナカは素直にそう言った。以前と違ってびっくりするほど気遣いを見せてくれたけど、ぐうの音も出ないほどの核心を付く奴なのだ。


 でも、以前のタナカとこれもまた大きく違っていたのは、タナカは若干涙ぐみはじめ、潤んだ声でこう続けた。

「俺ら自分のことばかり考えて生きてきたのは仕方ないじゃないか。みんな最初はそうだろうし、結婚して子供がいたって一生そういう人だっているよ。うまい表現が見つからないけど、俺もお前も変わる時期なんじゃないか」


 お互いに表現力や語彙力が乏しいので、的確な言葉ではなかったかもしれない。大袈裟すぎる表現なのかもしれない。でも、熱い気持ちで必死に何かを伝えようとしているのは、これ以上ないくらい分かった。


 自然と涙があふれた。必死に考えてくれ、分かり合おうとすることが涙腺を刺激したのかもしれない。


 冷静に考えるとよく分からないところから涙がやってきて、僕の全身が麻痺するくらい、ジーンと震わせた。


 二人は泣きながら深夜まで話し続けた。


 この感動をどう表現していいか分からないけれど、簡単に言うと、「タナカとの付き合いが、これまでとはまた違った次元になった」と、ぼんやりと感じた。



 タナカとの話は核心をついた話で、相談相手としては唐突な思い付きだったけど、タナカに相談してみてよかったと思った。


 でも、では「どうしてあげるのがワタナベさんにとって本当にいいのか」その答えはまだ見つかっていなかった。


 具体的にはどうしようか、そう考えていた会社からの帰り道に、ワタナベさんからスマホにメッセージが来た。


「週末、港町のライトアップを見に行きたいな」

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