第26話 僕の昼休み

 プライベートが色々とうまくいかないのとは違って、仕事はまあまあ順調だ。


 情報システムの運用なんて細かい作業も多い仕事だけど、大きな改善をすると目に見えてみんなの仕事が楽になるのが面白い。


 こういう改善作業は結構集中して作業をしてしまうので、昼休みになったことも気付かなかったり、自分に話しかけられているのも気付かなかったりする。


 月曜日は朝から忙しかったので、まさにそんな状態だった。


「タガワさんっ!」そんな僕にしびれを切らしてハシモトさんが僕の耳元で大声で僕を呼んだ。


 気付いた時のあまりの急な顔の近さに驚いた僕が「うわっ!」と声をあげたら、それにびっくりしたハシモトさんが「キャッ」と驚いた。


 何人か社員食堂に行かずに席でご飯を食べていた人が、何事かとこちらを見たので、僕達二人は「なんでもないです」という愛想笑いをあちこちに返した。


 そして僕はハシモトさんに呼ばれるままに休憩スペースに行った。


「今日はタガワさんご飯食べないんですか?」というハシモトさんの言葉で、ようやく僕は昼休みが半分以上終わっていることに気付いた。ハシモトさんはご飯を食べてから席に戻ってきたようだ。


「うわー。作業に夢中で全然気付いてなかった。ありがとう。急いで食べに行くよ」と言ってご飯を食べに行こうとしたらハシモトさんに手で動きを制された。ハシモトさんは犬に向かってするハウスのような動作で僕の顔の前に手の平を出していた。


「いや、実はタガワさんのご飯のことなんてどうでもいいんです」と少し冷たくハシモトさんは言った。僕は「顔の綺麗な人がちょっと怒った感じを出すと凄い怖いな」なんて呑気なことを考えていた。


「一昨日の合コンのことなんですけど…」とハシモトさんが言い出して、お礼を言ってないことに気付いた。


 プライベートなことなので、朝挨拶した時に席でいうわけにもいかないからお昼休みにでも言おうと思っていたのだ。


「そうそう、お礼言わなきゃと思ってたんだありがとう」と慌てて口を挟んだら、またハシモトさんに手で制された。


「お礼なんてどうでもいいんです」また冷たくハシモトさんは言った。

「シオリのことです。ワタナベシオリ」


 その言葉で僕は思い当たることがあったのでハッとした。


 僕が昨日の夜のミオさんとの話で疲れ果てて、早い時間からぐっすり寝てしまった後にワタナベさんからスマホにメッセージが入っていたのだ。しかも2回。僕は朝の通勤電車でようやくそれに気付いた。


 内容は「今電話してもいいですか?」というものと、それから1時間ほどしてから「ごめんなさい迷惑でしたよね」という二つのメッセージだった。


 朝の時間のない通勤電車の中でどう書いていいか、経験値のない自分には全く分からなかったので、とりあえず仕事が終わってから返信しようと思っていた。


 そんな、ハッとした後に思い出して焦っている僕をよそにハシモトさんは話を続けた。

「なんか、メッセージ三つ入ってますよね?」


「ええ!?三つ?」二つしか見に覚えがなくて、驚いた僕はスマホを見てもう一つ新しいメッセージを確認した。


「昨日はごめんなさい。ご迷惑でしたよね?もう連絡しない方がいいですよね?」と書かれていた。


「うわーっ」と思って頭が真っ白になった僕を見てハシモトさんが、

「まあ、タガワさんのことだから悪気はないと思ってましたけど」と大きなため息まじりで、でも少しクスッと笑いながら言った。


 それでちょっと落ち着いたけど、それでも僕の口から出てきた言い訳はしどろもどろだった。

「実は昨日結構疲れてて、気付いたのは通勤電車で、でもこういうの慣れてないからなんて返していいか分からなくて、それでメッセージは夕方に返信しようとしてた」


 途中で実際の状況を素直に話しているだけなのに、どうしてこんなに挙動不審になっているんだろうと自分が滑稽に思えてきた。


 ハシモトさんは笑いながら、

「シオリともう連絡したくないってわけじゃないんですよね?」と聞いてきたので、僕は

「もちろん。ワタナベさんいい子だと思う」と即答した。


「じゃあ、また夕方に連絡するからと迷惑に思ってない、って今すぐメッセージ送ってください」

 僕は言われるがままにメッセージを直ぐに送った。直ぐに既読になった。

「返事急がせたみたいですみません」というメッセージとスタンプが直ぐに帰ってきた。


 その後、ハシモトさんから今時の女子は12時間以上も既読スルーされたら死んじゃうから、ということを説教されているうちに殆ど昼休みが終わりそうだった。


 ひとしきり説教した後にハシモトさんは「そういえば、シオリにタガワさんには気になっている人がいるって言ってもいいんですか?」とズバッと聞いてきた。相変わらずハッキリとした子だ。


 昨日の今日で癒えていない傷が痛かったけど、「うん。昨日きっちり振られた」となるべく平静に答えた。


 ハシモトさんは少しだけ戸惑ったように「そうですか、すみません」と言ってから、直ぐに笑顔になって、

「じゃあ、私タガワさんとシオリのこと心置きなく応援しますね」と言った。


「いや、まだそんなつもりで連絡くれたんじゃないかもしれないし」と言いかけるとハシモトさんは僕の否定を打ち消すように、

「嘘ですっ」と言った。少しいたずらっぽく、そしてさっきより一段と笑顔だった。


「何が?」と思っているうちにハシモトさんは続けた。

「タガワさんに気になっている人がいるって、もう言っちゃいました。それでも連絡したかったみたいですよ」


 冷やかすように言いながら彼女は立ち上がり、手をヒラヒラと振りながら自分の席へと戻って行った。


その日の昼休みはそれで終わった。もちろん僕は昼ご飯を食べ損ねた。

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