第25話 優しい電話
その時はどうやって家まで戻ったかよく覚えていない。
どうしてミオさんとあんな話になったのか分からないけど、一つだけ分かっていることがある。
それは、「僕の告白が どうしようもなくミオさんを傷つけた」ということ。
どうしてミオさんに、あんな話をさせなければいけなかったのだろう。
髪の毛を切って傷ついて、立ち直ろうとしているのは知っていたはずなのに、僕は全く何も気づいていなかった。
自分のことばかり考えて、ミオさんのことは全く見ていなかった。 そんな自分のバカさ加減を思うと、涙が後から後から止まらなくなった。
「 ごめんなさい。ごめんなさい」 僕は部屋で一人 、ずっと謝り続けていた。
「誰かを傷つけたかったわけではない 」ということを誰かに分かってほしかった。でも、それすらすごく傲慢なことのように思えた。
結論的には僕はミオさんを深く傷つけ、そして自分も深く傷ついていた。でも自分が傷ついたことは自業自得だと思った。
もう一度を今日やり直したかった。だけど もちろん、そんなことできるはずもなかった。
そうして僕が深く一人で 暗く沈んでいるところにスマホの着信音が鳴った。
着信音を聴き慣れていない僕はビクッとして一瞬心臓が止まりそうになった。
かなりオドオドしながら、電話の元を確認したらミオさんだった。
嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになったて、出るのを一瞬ためらった。でも、 ここで電話に出なかったらミオさんを困惑させると思い直し、頑張って電話に出た。
なるべく普通に電話に出ようと思って 「はい 」と声を出したら 、その「はい」が すごく震えてしまった。情けない事に第一声でもう、ミオさんに泣いていたことを気付かれたようだった。
「ごめんね。ケンちゃん泣いてるのね」
ミオさんが静かにスマホの奥からそう言った。否定したかったけれど、誤魔化したかったけど、僕は戸惑ってばかりで何も言うことができなかった。
声に出して嘘がつける気がしなかった。
「今日は本当にごめんね。いきなりこんなこと言われても困るよね。本当に…ごめんね」
「ううん。謝るのは僕の方。ミオさんを傷付けるつもりはなかったんだ」もう泣いていたのを誤魔化しようがないほどの涙声で必死に僕は言い返した。
「うん。うん。分かってる。悪いのは私の方だよ。こういうの慣れてないのに、勝手に気持ちをぶつけちゃって。本当にごめんね」
ミオさんの優しさが痛かった。
「ううん。ううん」僕は子供のように必死にミオさんの言ってることを否定した。
「ミオさん悪くないよ。ミオさんの状況も考えずに自分のことばっかり考えて。僕の方こそ最低だよね」
「ケンちゃん優しいね」とミオさんはさらに優しい声で言った。なんだかその声がピアノのように頭の奥で響いて癒されるようだった。
「こういう時大体の人は、女の人って分からないとか、人のせいにするもんだよ。ケンちゃんも怒ってるか悲しんでると思ってたから、そんな風に思ってくれてるのが嬉しい」
「うん」保育士さんに声を掛けてもらった子供のように、間の抜けた声が僕の口から漏れた。
「あのね。一つ言っておきたかったんだ。ケンちゃんの気持ちは嬉しい気持ちもあったんだ」
ミオさんの優しい声はそのまま優しく続いた。
「好きって言ってくれたの嬉しかった。だから真剣に考えないとと思ったの。だって出会って数ヶ月しか経ってないけどケンちゃんもう私に取っては特別な存在だから」
「でも、真剣に考えすぎたかな。そんなに強く想いをぶつけすぎることないよね」
そう言いながら少しミオさんが笑った。笑ってくれたことが嬉しかったからか、その時の状況を考えずに僕もつられて笑った。二人で意味もなくしばらく笑った。
「私ケンちゃんのこと嫌いじゃないし。どっちかというと…」ミオさんは少し間を開けて言った。
「ううん。どっちかというより、結構好きになっているかもしれない。」
そのミオさんの「好き」という言葉が胸に熱く響いて、心臓が高鳴った。
「でも、だから逆に怖くなってあんなに強く反応しちゃったのかもしれない。ごめんね」
自分の都合のいいところだけを切り取って、勝手に高鳴っている心臓が恥ずかしくなった。
ミオさんにこの音が聞こえないようにと、聞こえるはずもないのにバカみたいに真剣に願いながら僕は何度も
「ううん」を繰り返していた。
その後それでも何度もミオさんは謝り続け、僕はそれに対して「ううん」としか言えなかった。
最後に、
「ありがとう。ケンちゃんに好きになってもらえたことは自分の中でいい想い出にするね」
そう言ってミオさんは優しく電話を切った。
電話を切った後、僕はミオさんに嫌われていなかった安堵感と「結構好き」という言葉で少し幸せな気持ちになっていた。
でも、結ばれないならそれは悲しい幸せで、僕は何にすがっているんだろうと虚しくなった。
そして、はたと僕が自分のことばかり考えている事に気付いた。ミオさんは傷付きながらも僕のことを思って電話をしてくれているというのに
「最低だな…」
どうしてこんなに自分のことばっかり考えているんだろう、と半ば自分に呆れながら、ミオさんへの想いを胸に僕はそのまま眠り落ちた。
泣きながら寝てしまうのなんていつ以来だろう。いい歳して大人の恋をすべきなのに、僕は全くもって子供そのものだった。
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