第24話 止まったような時間
止まったような時間の中で僕は懸命に考えた。
どうしたいって?「好き」の先に何かしたいことがある? ミオさんは何を求めている?
何が正解なのか全く推測がつかないまま、恐る恐る僕は答えた。
「一緒に手を繋いで街を歩きたい…かな?」
「それで?」
それで? それでって何? と思いながら僕は必死に次の言葉を繋いだ。
「映画に行ったりご飯に行ったりして同じ時間を過ごして、色んな話がしたい」
「それで?」
またもミオさんは僕が言った後に間髪入れずに無表情な声でそう聞いた。どういう意図があるのか分からないけど、真剣に答えないといけない場面だというのは分かった。
「それから一緒に旅行に行ったり、二人で過ごしたりして、お互いをもっと知り合いたい。そうしてずっとずっと一緒にいたい」
もう最後の方は、少し叫ぶように言っていた。店内の何人かはこちらを見てたと思う。少し気にはなったけど、そんなのどうでもよかった。
ミオさんは少しうつむき加減に大きく息を吸って、大きくため息のように息を吐いた。
そしてゆっくり顔を上げて真剣な瞳で真っ直ぐ僕を見た。
その表情は僕にとっては神がかって美しく見えた。
ミオさんはゆっくり口を開いた。
「ケンちゃん、今からホテルに行って私を抱ける?」
「へ?」間抜けな声を出しながら、僕は明らかに怯んでいた。
「まあ、無理だよね。私も無理だし」
ミオさんはそう言って下を向いた。僕はもう、この話が何の話なのかさえ分からない程混乱していた。
「私ね。ついこの間まで付き合っていた前の彼氏と、当然のように結婚して一生一緒に過ごすと信じてたんだ」
語り始めたミオさんの声はまるで無表情だった。
「信じていたというか、当たり前過ぎて『自分がそれを信じている』ことにさえ気づいてなかったしね」
何か言いたかったけど、僕の持っている言葉はこの場に役に立たないものばかりだった。だから僕は無言で次のミオさんの言葉を待つしかなかった。エサを待つことしかできないただのペットのような気分だった。
ミオさんも僕と会話する気ではなさそうな気がする。
「最初は優しかったなあ。って言っても、もう10年以上前でね。お互いを意識し合うようになってから付き合うまでも1年以上かかったし、そこから親密になるのも何年もかけながら時間をかけて少しずつ少しづつ」
ミオさんは話しながら少し笑いかけたが、少しも嬉しそうではない苦しそうな表情だった。
「それがとても大切にされてるなあって思ってたなあ。こうやって少しずつ同じ時間を重ねていくんだって。フフ」
無理に笑おうとしているからかミオさんの「フフ」は全然笑い声に聞こえなかった。
「だから年齢が上がっていっても何の心配もしてなかったんだよね。こうやって同じ時間をずっと過ごせると思っていたから。…ほんと、バカだねえ」少し目を伏せていたミオさんはもう一度顔を上げて言った。
「最後は一瞬だったよ。いや、本当は一瞬じゃなかったんだと思うけど、私にとっては一瞬。…他に大切にしたい人ができたって」
ミオさんの左目から一筋の涙が流れ出た。
「一瞬でこの十三年がガラクタになった気がした。この十三年は私にとって何だったのって」ミオさんの声は少し震えていた。
「そして後に残ったのは、結構歳だけ取った私。もう同じ事を繰り返せない私」
繰り返せないと言った時にミオさんは僕を見た。思わず僕は呟いていた。
「繰り返せない…」
ミオさんは誰にでもなく、うなずいた。
「私ね。悪いけど、ケンちゃんの気持ちが本物なのかどうか見極めている時間がないんだ。家庭も持ちたいし、平凡でいいから幸せになりたい」
そして、僕の目を見ながら続けた。
「悪いけど、自分の気持ちが恋愛なのかどうか分かってもいない若い男の子とゆっくり過ごす時間はないんだ」
もう僕は何も言い返せなかった。
僕はどうすることもできず俯いて無言で目を瞑っていた。
そんな僕の頭の上から、意外なミオさんの一言の呟きが僕に突き刺さった。
「せめて。同い年くらいだったら良かった」
「え?」
「だったら、ケンちゃんと付き合いたかった」
一瞬頭が真っ白になりながらも、何とか「だったら」という言葉を口にしようとした時にミオさんは
「でもダメなの。ダメだから」と強く決意した口調で言った。
そして、「ごめんね」と小さく呟いてその場を立ち去った。
僕は振り返ってミオさんの後ろ姿を見ることもできずにその場で呆然としていた。
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