第23話 やっぱり僕は

 会った時に一瞬別の人かと思った。


 ミオさんの長い髪がバッサリ無くなっていて、肩までの内巻きショートカットになっていたからだ。


「変?そんなにジロジロみないでよ」

 ミオさんは笑いながら僕の背中を軽くポンッと叩いた。

 ミオさんの叩いた背中が嬉しさでじんわりと熱を持った。


「ちょっと雰囲気違うなと思って」

「びっくりした?」

「うん。でも、かわいい」と僕が口にするとミオさんは少し赤くなりながら、

「ケンちゃん、本当にそういうのナチュラルにうまくなったよねー。元々才能があったのかね? 何にしろお姉さん嬉しいよ」と普段とは別のキャラクターを演じるように変な口調で話した。


 すぐ赤くなるところがかわいくて、本当にずるいと思う。あー。ずっと照れさせたい。


 昨日のワタナベさんもいい感じの女の子だったけど、やっぱり今はミオさんのことが好きなんだなと改めて感じた。それも会って数分の間に。


 昨日の合コンの後に家に帰って直ぐにミオさんにメッセージを送った。合コンの後の相談をしたいと、直ぐに今日の約束をした。その時点ではワタナベさんとどう仲良くなるかの相談の視点も少しはあった。


 でも今日実際にミオさんと会って、別の人とうまくいく相談をする気なんてどこかに吹っ飛んでしまった。それはもう綺麗さっぱりとだ。


 やっぱりミオさんは特別にかわいいし、僕にとっては単にかわいいというのとは違う特別な存在だ。


 今日は夏らしく白い半袖のブラウスとジーンズというシンプルな格好だった。でも、胸元が少し空いていたり、ジーンズもところどころ空いている穴から素肌が見えているのにどきどきした。


 シンプルな格好だから細くてスタイルがいいのが却って強調されているような気がする。


 視線があまりにそちらに奪われすぎないように気をつけないとと顔を見ると、今度はそのクリッとした瞳に目を奪われそうになる。そして目が合ったら、目尻にシワを寄せた、ほやっとした笑顔。どこを見ても好きしかない。


「でも、見とれてばかりいないで何か言わないと」と思って、僕は取り敢えず何も考えずに言葉を発した。

「なんか、髪を切って幼くなったから、また年齢がよく分からなくなったね」

「まー。嬉しいことばっかり言うね。ほんとにこの子は」もうミオさんがやっているのが何のキャラクターなのかよく分からない。親戚のおばちゃんか。でも照れ隠しなんだな、と思うと余計にかわいく思えた。


「本当はこの前のあれを少し反省して…」と急にミオさんは斜め下を見ながらも真剣な表情をした。「ちゃんと失恋して吹っ切ろうと思ったんだ」


 僕はミオさんの急な変化に対応できず、返す言葉もなく無言だった。こんな時に異性経験が多い人ならなんて言うんだろうと頭の中を検索したけど、残念ながら僕の頭の中では何も引っかからなかった。


「この間はごめんね」とミオさんが小さく舌を出した。

 その舌の赤ささえかわいく思えて、僕はまた心を奪われた。


「ううん」と呟くのが精一杯だった。


 なんかもう頭の中が真っ白だった。頭がミオさんでいっぱいで、他に何も考えられなくなった。


 それまで今日そんな事をしようと考えていなかったのに、なぜか「今、自分の気持ちをもう一度伝えないと」と強く感じた。


 まるで、それは使命のように感じていた。

自分の心臓の音が耳の近くで「とくんとくん」と鳴り続けた。


 全く整理されていない言葉が、溢れる気持ちで高い体温を伴って口から漏れだした。

「ミオさん。あれからずっと考えていたんだ」


 ミオさんが少しビクッとして、真顔になった。

 真顔できれいで、瞳が一際大きく見えた。


「僕の『好き』が勘違いなのかどうかということを」


 ミオさんは瞬きもせずに僕を見続けていた。


 でも、僕は溢れる気持ちとは裏腹に、この気持ちをどう伝えていいか次の言葉が出てこなくなった。前から用意していなかったから当たり前と言えば当たり前かもしれない。無計画に発言した自業自得かもしれない。


 でも。でも、一度言い出してしまったからには引き返せなかった。

 もう適切な表現もうまい説明もできなかったけど仕方ない。

今の自分の気持ちを振り絞って言った。


「やっぱり僕。ミオさんが好きなんだ。本当に」

それだけ言うのが精一杯だった。

それだけ言っただけで目が熱くなった。


 ミオさんは僕がそれ以上話す言葉を持たないのを理解したようで、表情を変えずに言った。


「そう」


 口がゆっくり動く様がとても綺麗だった。

だから、その後のミオさんの言葉が少しよく分からなかった。

「それで、ケンちゃんはどうしたいの?」


 僕がその返答を考えるまでに少し時間がかかったけど、その間ミオさんは全く動かなかった。時間が止まったようだった。

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