第27話 え?まじで?
初めての人に電話する時はやっぱり緊張する。誰でもそうなんだろうか。
ミオさんと会う時の約束を何度かしているから自分はもうそういうのは卒業したのだと勝手に思っていた。
しかも今回は「今から電話していいですか」と簡単なメッセージを送るだけなのに、それでも緊張してメッセージの送信ボタンを押せなかった。
何だろう、このもやもやっとした恥ずかしいような、くすぐったいような、じれったいような感じは。
この感情にも名前があるのかな、なんて少し脱線して考えているうちに1時間は経っていた。
もう夜10時前だし、これ以上考えていたら、夜遅くてまた電話しずらくなると思って「えいっ」と両手でスマホを空中に向けながらボタンを押した。
そしたら直後にスマホがブルブル揺れ出して、「このメッセージ送信アプリにそんな機能があったのかな?」なんて不思議に思ってたら、ワタナベさんからの電話のコールが鳴っていた。
でも、恐る恐る電話に出ようとしたら電話のコールが切れた。
「あれ?」と思ったけど、スマホを押しているうちに今度はこちらから電話を掛けたような形になった。
だから、もっと「あれれ?」となったけれど、「もともとこちらから電話しようとしていたし、今電話切ったらさらに変だしな」とか思っているうちに、ワタナベさんが電話に出た。
ワタナベさんの「はい」という声が少しかすれていたので、僕の第一声は
「こんばんは。あれ?ワタナベさんちょっと声がかれてる?」だった。
でも、次の
「え?そうですか?」というワタナベさんの声は先日聞いた柔らかい声だった。
「なんか最初電話出る時変な声になっちゃっただけかも」と言うので、
「あー。確かに。もうかれた声じゃないですね」と2人で笑いあった。
笑い声を交わすのって不思議だなあと思う。それだけでどこか繋がりあえた安心感があって、さっきまでの緊張感が少し和らいだ。
「さっき、電話掛けて切っちゃってごめんなさい。メッセージをもらって反射的に電話しちゃったけど、『あれ?私が電話するんじゃなかったっけ?』って不安になっちゃって」
とワタナベさんが言った。
実は頭の中では「え〜と、それってどういうことだっけ?」と状況を正しく理解できなかったので詳しく行動を質問しそうになった。
でも、その時、以前にミオさんから「女の子の大体の失敗談は『分かる』って共感してほしいだけで、分析とかして欲しいわけじゃないから」言われたのを思い出した。
だから、自分の言葉を飲み込んで「うんうん。分かる」とだけ口にした。でも口にした後、言葉が適当すぎて会話がつながらないかとちょっと後悔しかけた。
だけどその後ワタナベさんは
「そうなんですよねー。私何でもないところで勝手にテンパっちゃう事、結構あるんですよー」と続けたので、不思議と会話は繋がった。会話ってこういうものだっけ?と頭に浮かんだのは頭の隅に追いやることにした。
「まあ、ワタナベさんから電話が掛かってきても電話代かかるから、どっちにしても折り返ししたと思いますし」
「え?あ?ごめんなさい。電話代かかりますよね?」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないですよ。気にしないでください」
と返事したら、ワタナベさんが言葉に詰まって二人とも無言の時間ができてしまった。
時間にしたら10秒くらいだったかもしれないけれど、僕はそれだけで頭が真っ白になってしまって、次の言葉も話題も頭に思い浮かばなかった。
あまりに無言が怖かったので、どうしようかと思い、必死に考えて唯一思い付いた、
「じゃあまた今度」という終わりの言葉を不自然ながら口にしようかと迷っていた。
我ながらヘタレだとは思うけど、この恐怖の時間が続くよりはましか、でも唐突すぎるなと思っていたら、ワタナベさんから柔らかい声で言葉が出てきた。
「ごめんなさい昨日今日と勝手にメッセージを送りつけて、迷惑かけて」
無言の時間をサラリと片付けた、ワタナベさんのその言葉にかなり救われた気がした僕は「ほっ」として心から
「迷惑だなんてそんなことないですよ」と言った。
ワタナベさんは尚も申し訳なさそうに
「しかも会社でカナちゃんから何か言われたんですよね? すみません」と続けた。
「いや、こちらこそ返事してなくてすみません。勝手に縁を切られなくて良かったです」
僕がそう言って笑ったら、ワタナベさんも笑ってくれたので、しばらく二人で笑った。
「連絡くれて嬉しかったですし」と僕は何も考えずに、でもだからこそ素直に自分の気持ちを言った。嘘ではない。冷静に考えると確かに連絡をくれたのは嬉しかった。
しかも、それに対して電話の向こうでワタナベさんが
「あっ、そ、そうですか」とちょっと照れたような声を出していたので、僕の勝手な思い込みかもしれないけれど、恥ずかしいような、嬉しいような、もどかしいような空気が2人をまとったような気がする。
「うわっ。なんかこれ恋愛ドラマみたいな雰囲気だな」と思ったらこっちも凄く照れてきたのか、また頭が今度は別の感情で真っ白になった。
気のせいかもしれないけれど、ワタナベさんも僕に気があるのかもと思った。初めて知ったけれど相手も自分に好意があるような雰囲気というのは恥ずかしくて、甘くて、くすぐったくって気持ちがいい。
言われてもないのに、「ちょっと田川さんのこと好きになっちゃったかも」と口にしながら笑顔で白いスカートをなびかせながらこちらを振り返るワタナベさんを想像して、僕は勝手に幸せになっていた。
こんな妄想で幸せになれる僕が馬鹿馬鹿しくて、変にかわいらしく思えた。
そんな妄想をしている馬鹿な内面の僕を置いて、表面的な僕はワタナベさんと当たり障りのない世間話で時間を費やした。内容も結論もない話だけど、こういうのが大事だってミオさんも言ってたと思う。多分。
「じゃあまた電話しますね」と、これからも続くような言葉を残すワタナベさんに、僕は今まで生きてきた中で1番肯定的な気持ちで「うん。ぜひ」と言った気がする。
でも、僕のそんな幻想的な幸せは次の彼女の一言で一瞬で消え去った。
不幸にされたわけじゃないけど、びっくりして一気に現実に引き戻されたのだ。
予想外どころの話ではない。本当に世の中は不思議なことがあるんだ、と心の底から思った。
ワタナベさんは電話の最後で確かにこう言った。
「そうそう。聞いてます?ユイとタナカさん、付き合うことになったらしいですよね」
実はその後ワタナベさんは何か言ってたようだけど、僕の耳は全くそれを受け付けなかった。
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