何コレ

第37話 電話してるだけなのに何コレ

 ワタナベさんの最後の笑顔が軽やかだったので、とても救われた。


 結局僕から別れを言うことはできなかったけど、勝手なことを言うと、なんだか空に解き放ってくれた感じだった。


 思うところは色々あったのかもしれないけど、ややこしくならないようにしてくれたんだと思う。


 だから僕もそれに甘えて、考えすぎないようにすることに決めた。逆の立場だったら僕に落ち込んでほしいわけじゃないと思うから。


 そうは言っても僕の目から涙は止まらなかった。なんだか最近泣いてばかりだ。ここ数ヶ月で一生分の大半の涙をながした気がする。


 泣きながら寒い街角で突っ立って、僕は本当にいい人と付き合ってたんだなあと彼女に感謝した。肌を刺すような冷たい風が今は気持ちよかった。


 しばらく人にジロジロ見られながら立ちつくした後に僕は駅の方向に歩きはじめた。


 帰りに自分が帰る駅に近づいた時にライトアップの方向を振り返った。


 夜のライトアップのキラキラは当然まだ続いていて、遠くに見えるライトアップは近い時のような激しい主張は抑えめに、優しく光輝いていた。


 夜のライトアップを遠目に見ながら、「ミオさんと見たいな」という思いが自然と心に浮かんだ。


 その夜は久しぶりにぐっすりと眠った。




 さすがにすぐにミオさんに連絡するのは気が引けたので、1週間は連絡を取らなかった。喪中じゃあるまいし、と思いながら勝手にそうした。


 でも、ライトアップが終わる前にミオさんを誘ってみたかったから、翌週にはミオさんに連絡した。もう12月も半ばで、あと2週間ほどで今年も終わるという時期の週末だった。


 一緒に行けなくてもいいから、「好きな女の子をライトアップのようなキラキライベントに誘う」という行動自体をしてみたかった。


 何年か前だったらそんな自分の行為は軽くて恥ずかしいと思ったかもしれない。でも、今はそんな必死な自分がかわいいと思う。



 前に連絡した時からまた間が空いていたけれど、もう緊張はしなかった。


 メッセージでミオさんに、「電話していい?」と聞いたら「うん。いいよ」という返事が笑顔の顔文字付きですぐに返ってきたので、直ぐに電話した。


 その時の顔文字がなんとなくミオさんに似てる気がしたけど、多分気のせいだ。一般的な顔文字だし。


 2コール電話が鳴った後、

「こんばんは。どしたの?」とミオさんが電話に出た。


 ミオさんの声が聞けただけで嬉しくて、僕は電話を握りしめながら感動した。体の奥の方が痺れたようになって、自分の体は意外と分かりやすいんだなと思った。


 でも、そのせいで、頭の中が真っ白になって世間話も浮かばなかった。


「うん。こんばんは。実は…」と僕はいきなり本題に入った。何も話題が思い浮かばなかったので仕方がない。

「久々の恋愛相談というか…別れたんだ」


 ミオさんはなんとなく空気を読み取ったのか、あまり同情だとかいう雰囲気でもなく、状況を詳しく聞くわけでもなく、

「そっかあ、別れちゃったのか」と簡単に言った。


 その一言でなんだか、優しい雰囲気に包まれた気がした。勝手にそう思っているだけだけど、自分のこれまでを許してもらったように感じて勝手に癒されていた。


「うん。そしたら何となくミオさんとライトアップにいきたいなと思って」

「え?」とミオさんは少し驚いた声を出した。


 まあ、確かに彼女と別れた報告の直後に言うことじゃないかもしれないと思いながら、僕は構わず続けて言った。

「あの、港町の有名なやつ」


「だよね…」とミオさんは戸惑っていった後に続けた。

「それ、今日までじゃない?」


「そうなの!?」

 そう言われて、逆にこっちがびっくりした。確かに開催日なんて確認したことなかった。だって、去年までは視界にも入って来てなかった空想上のイベントだったから。

「ああいうのって、少なくともクリスマスまではやってるもんだって思ってた」


「あ〜。確かに。そういうイメージあるよね。…あれっ」とミオさんは何かに気付いたように言った。「クリスマスに私を誘うつもりだったの?」

「いや、そうじゃないけど」

という僕の否定を聞かずにミオさんは続けた。

「な〜んか、安く見られてるなあ。ホイホイ付いてくるはずって思ってたの?」

 かわいい声で軽口を叩くミオさんとのやり取りが本当に楽しかった。


「そんなこと思ってないし」

「どーかな〜」と言った後にミオさんはひと呼吸入れて言った。

「ね」


 なんだか、その息を吸ってからの「ね」の一言がすごくかわいかった。保管できるなら、箱に入れて大事に宝物にしたいくらいだった。


 そう感じたのはミオさんが茶目っ気を出して言った言葉だったからだろう。ミオさんは続けてこう言った。

「クリスマスに私と会いたい?」


「え?」僕はちょっと戸惑っていた。だってミオさんと僕は特別な関係でもないのに、クリスマスなどという女性にとっては特別な日に会うなんて無茶な気がした。


 ロールプレイングゲームで木の棒しか持っていない勇者がラスボスと戦うような。いや、木の棒ってことはないか、鉄の剣くらいは持ってるか。いや違う違う、何会話の最中に妄想してるんだ、何か答えないと、と焦ったら、僕の口から勝手に返事の言葉が出てきた。


「うん。会いたい」

わー。何言ってんだ、と焦ってる僕をおいて、ふふっと笑ってからミオさんは言った。

「そっか、会いたいというからにはそれなりの覚悟はできているのだろうね」

 上機嫌の時にちょいちょいある、変なキャラでミオさんは話した。


 覚悟って何だよ。と思いながら、今の僕ならミオさんに何を言われても言うとおりにするなと思ったので、僕は答えた。

「…うん」


「じゃあ、ミオさんがケンちゃんを慰めてあげるよ」

 慰めてあげるという言葉は熱を持って、僕の耳元で大きく響いた。また妄想がもくもくと現れそうなのを必死にこらえた。


 「幸せ」と書かれた空気に包まれているような気持になれた。


 寒い夜に暖かい布団に包まれているような、お腹が空いている時においしいものを食べれたような、ぼわわんとした気持ちに僕は包まれた。

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