第40話 行きたいところ


「行きたいとこがあるの」とミオさんは言った。

「ちょっと歩いてもいいかな?」

「うん、もちろん」と言って僕は付いていった。


 警察署の横から山側へとミオさんは歩いて行った。僕はミオさんの横を歩きながら付いていった。


「今日はゴメンね」と僕は改めてミオさんに謝った。

「ううん。だって飛び出したのって、私に変な人がぶつかってきたからでしょ」

「そうそう、びっくりしたよね!」僕はその時の酔っぱらいのことを思い出して、ついつい大声を出していた。


「うん。その後もっとびっくりしたけど」とミオさんが言ったので冷静になった。ミオさんはクスッと笑っていた。


「ごめん」と謝る僕をサラッと流してミオさんは言った。

「年末の病院とか警察ってこんな雰囲気なんだね」


「なんか忙しそうだったね」と言った後にミオさんは続けて言った。

「テレビの24時間ドキュメンタリーみたいだったねー」

 二人は顔を合わせて笑った。


 ミオさんは段々住宅街の方に歩いていった。

 港町の山側はずっと坂道で、途中の坂はそこそこきつくなったのにミオさんは器用に歩いていた。


「かかとのあるブーツなのによく坂道歩けるね」

「小さい頃からこの街で育ってるからね。ヒールで砂浜も歩けるよ」

「それはすごいね」砂浜を歩くのは難しそうだったから素直にそう言った。


「慣れてない人にはびっくりされるね~」

「これはどこへ向かってるの?」と聞いてみた。

「どこだと思う?」

「神社か何か?」

「半分当たりかな。神社の横も通りすぎるしね」ミオさんがそれ以上言わずに別の話になったので、僕もそれ以上聞かなかった。


 最後に高台の公園に辿り着いた。

そこからは木々の間から港町の夜景が一望できた。

「すごい、キレイだね」


 ミオさんは公園の上の方を指差して

「あそこの方が見晴らしはいいけど、車でも行けるからカップルが多いんだよね」と言った。


 この公園も目が慣れるとベンチに何組かカップルがいたけど、ミオさんが指したその先はもっと多いのだろう。なんとなくそれはすごく分かる気がした。


「私、木々の間からこうやって見える夜景が好きなんだよね」とミオさんは笑顔で言った。

「だから、ケンちゃんと一緒に見たかったの」


 「一緒に見たかった」の言葉で、僕の中で何かがパチパチと小さくはじけだした。


 それは段々大きくなって爆発しそうになってきた。ミオさんへの思いがこみ上げてきて止まらなくなってきた。


「ミオさん好きだ!」ついに耐え切れなくなって、僕は叫んでいた。


「うん」いつものように目尻にシワを寄せた笑顔でミオさんは言った。

「私もケンちゃんのこと好きだよ」


 それを聞いて、もうどうしていいか分からないくらい幸せだった。世界で1番好きになった人が僕を好きでいてくれるなんて奇跡以外の何物でもなかった。


 物語の主人公でも手に入れられないものを手に入れた気がした。


 おでこから虹色の光の輪が何重も飛び出してきて、世界に広がっていくようだった。今だったらこの光の輪で悪者も倒せるかもしれなかった。


 僕はたまらなくなって、叫んだ。

「結婚してください!」


 ミオさんはきょとんとした顔をして瞬きを三回した。これは予想外だったようだ。

「それは前から今日言おうと思っていたの?」

「いや、今、胸の奥からこみ上げてきたんだ」


 ミオさんはクスッと笑って言った。

「…まだ早いんじゃない?」


「そんなことないよ!だって」と興奮して大声で言う僕の唇にミオさんはそっと人差し指の先で触れた。


 唇に魔法をかけられたように、触れられた部分が光り輝いたような気がした。僕はすごく恥ずかしくて嬉しくなって、言葉がでなくなった。


「だって、まだキスもしてないのに。焦らずゆっくり行こうよ」とミオさんは微笑んだ。

「きっと長い付き合いになるはずじゃない?」


 僕は無言で何度もうなづいた。


「私もちょっと興奮してるのかな。ドラマじゃないんだから、人の口に指を当てたのなんて初めてだよ」とうつむいてミオさんは言った。


 その後、木々の間から見える夜景を見ながらミオさんは僕について話をしだした。

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