最終話 言ってない
「最初に好きかもしれないと言われた時はね」夜景の奥の遠くの方を見ながらミオさんは言った。
「まだ失恋の痛みも残ってたし、ケンちゃんが慣れない女性との触れ合いで錯覚したと思ったんだよね」と言いながら、僕の方を振り返って続けた。
「じゃれすぎて、失敗しちゃった。って思っちゃったの正直」
僕は「うん」とだけうなづいた。
「なんか居心地よかったしね。ケンちゃんといるの」
「そうなんだ」ちょっと嬉しかった。
「だからちょっと距離置こうと思ったのに、映画行こうってなった時なんか嬉しくて。難しいね乙女心」と言いながらミオさんは小さく舌を出して笑った。暗いのに舌の赤さが恥ずかしく思えた。
「だからその後、ちょっと自分でも戸惑ってる時に告白されて、ひどいこと言ったね。ごめんね」
「ううん」と答えながらそれがずっと昔のことのように思えた。ほんの数ヶ月前のことなのに。
「その後高校の時からの友達と飲んでた時にね、その話をしたらね、『ミオは本当はその男の子のことどう思ってるの?』って聞かれたの」と言ってミオさんは息を吐いた。暗い夜空に真っ白な息がふわふわと広がり、舞って行った。
「私ね」とミオさんは目を閉じながら言った。
「好きだって言ってもらったことの意味を改めて考えたら」ミオさんは僕の方を向きながら言った。
「嬉しかったんだ」
その「嬉しかった」の言葉は僕の胸のずっと奥の方に、染み渡った。まるで体全体が「嬉しかった」で満たされたようだった。
「それで、年齢とか関係なく、この出会いは大切にしないと…」と言いながら、ミオさんは何かに気付いてビクッとした。
僕の顔を見ていたので、なんだろうと思ったら、頬が熱くなって涙が出ていた。
ミオさんの人差し指と中指が伸びてきて、僕の頬の涙に触れた。ミオさんの指先に全身が包まれたような気がする。すごく興奮してるのに、すごく安心できた。
自分の存在が認められた気がした。「生まれてきてよかった」って言葉が大袈裟ではなく、今の自分にぴったりだった。
しばらくそうやって、二人で魂を触れ合っていたような気がする。時間にしたら一瞬だったかもしれないけれど…。
「さっ、寒いし、もう帰ろっか」と僕の涙を拭いた後ミオさんは言った。声が若干震えていたような気がする。
冬で風が吹く高台の公園なので寒いというのは理解していたけど、寒さなんて感じられなかった。
息を吐いて白くなるのを確認して寒さを感じようとしたけれど、吐く息の白さも胸に入ってくる空気の冷たさも快感しか感じれなかった。
世界を構成する全ての物質が幸せを促しているように感じた。
「うん」とだけ返事してミオさんに付いていった。
「暗いから足元気をつけてね」と僕に言った後に前を向いたミオさんの方から微かな呟きの声が聞こえた。
「こんなに暗かったら抱きしめてキスくらいできるかもね」
その強烈な言葉が僕の耳に届いた時は幻聴かと思った。前を向いて囁いた声だったのに、僕の耳は犬の10倍くらいの聴覚でその言葉を明瞭に捕まえた。いや、普通犬は嗅覚か。まあ今はどっちでもいい!そんなこと。
物語で妖精が主人公を惑わす時ってこんな感じじゃないかと思う。今指図されたらどんな悪行でもできそうだった。頭の中で何度もさっきの言葉がリフレインしていく中で、そんなわけない、きっと幻聴だろうと思った。
でも、僕の様子を見ようと思ってか、ちらっとミオさんが少しだけ振り返った時に表情は見えなかったけど、耳が真っ赤になっているのを見て確信した。本当にミオさんそう言ったんだ!
僕は何も考えずに小学生の男子が隠れていたカブトムシでも見つけたように大声で聞いた。
「ミ…ミオさん今なんて言ったの!?」
ミオさんは振り向かずに前を向いてそのままスタスタと歩きながら、
「何も言ってない」と言った。
「うそだ!」と叫びそうになったけど、さすがに自分がはしゃいでみっともないのが分かったので、嫌われたくないので食い止めた。
ミオさんはもう一度公園の暗い方に向かって小さな声で笑いながら言った。
「言ってない」
――終わり――
長い間ご購読ありがとうございました。
ミオさんのイメージのイラストをtwitterにあげてますので、良かったらご覧ください☆
https://twitter.com/aikawaakaao/status/1086460120794488832?s=19
次の角を曲がったら僕は君を好きになる 相川青 @aikawaao
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