第42話 家政婦は聞いた
夜の帝国で行われた、大物魔族との戦い。
見事な勝利を飾った帝国の面々は、各々帰途につく。
「シャルル殿、次作も良いものを作り上げよう」
「楽しみにしている」
「あいよ」
ナハールと中年貴族、そして怪盗はあくまで個人的な期待の言葉を残して帰宅。
「ケガしてない人は、早く帰りなさいよー」
「眠たくなってきたので、早足でお願いしますわ……」
「こくこく」
魔法隊は、【テンプテーション】から解放された男たちを誘導。
「よいしょっと!」
そして邪魔なガレキは、サニーを中心とした騎士団が道端に退けていく。
「助かったよ、来てくれてありがとな」
俺がそう言うと、聖女は聖女モードの笑みを残し、騎士団員に引率される形で去っていく。
一瞬見せた『怪しい笑み』は、「カニ漁の狩りは返したからね」みたいなことだろう。
帝国の存亡をかけた戦いは、こうして一段落。
「あとは……アテナだな」
今も顔を赤面させ、呼吸を荒げているアテナ。
【感度1000倍薬】の効果は、まだ切れていないようだ。
◆
一人の若手メイドが、城内を駆けてくる。
「あらら、もうこんな時間」
今夜は夕食の片づけの後、メイド仲間と世間話をしていたら、すっかり帰りが遅くなってしまった。
メイドは小走りで、自室へと戻っていく。
「……ん?」
するとその視線の先を、アテナと魔導士シャルルが通り過ぎていった。
そしてそのまま、城内の救護室へ。
夜は早く休むアテナを、この時間に見かけるのはめずらしい。
そんなことを考えながら、救護室の前を通り過ぎようとしたところで――。
「そんなに警戒しなくてもいいだろ」
「う、うるさいっ。このようなこと初めてなのだから、当然だろう……!」
聞こえてきた声に、思わず足を止める。
「とにかく、は、早くしろ」
「そう慌てるなって」
強烈な効果を持つ魔法薬は感度が1000倍になるため、『接触』時の反応がすさまじい。
そしてこの魔法薬の効果時間は、思ったより長い。
そのためシャルルは、道具もそろっている救護室で【解除薬】を作り、飲ませることにしたのだった。
「そ、そんなことより、本当に大丈夫なのだろうな?」
「大丈夫だから、俺に任せとけって」
「それなら、早くしろ……」
言われるまま、材料を手に取るシャルル。
聞こえてくる緊張感のある声に、メイドはドアの前に足を止めたまま、耳をそばだてる。
「お、おい待てっ! ほ、本当にそんなものを入れるのか!?」
「これを入れなきゃ始まらないんだよ。その身体の火照りを、何とかしたいんだろ?」
メイド、聞こえてきた言葉に驚愕して目を見開く。
「い、いったい中で、何が行われているのでしょうか……っ!?」
二人の会話にドキドキしながら、ドアにそっと耳を押し当てる。
「よし、いいぞ。そろそろだ、そろそろ……ほら、飲んで」
「むぐっ……なんだこれは、変な味がするぞ!」
「そういうものなんだよ。ほら、しっかり飲み込んで」
「んぐっ、ごほっごほっ!」
メイドはさらに強く、耳をドアに押しつける。
「こ、ここここの中で、いったい、いったい何がッ!?」
救護室では【解除薬】を飲んだアテナがむせて、少し口からこぼしてしまっていた。
「あーあー、びしょびしょじゃねえか……」
「しっ、仕方ないだろう! こんなものを飲まされれば……っ!」
メイドはいよいよ、身体全体をドアに押し付けるようにしてへばりつく。
「もっと! もっと聞かせてくださいッ!!」
ただの一言も、聞き逃したくないという一心で。
「よし、そろそろだな。それじゃあ……いくぞ」
魔法薬の効果を、解消する薬。
感度上昇効果をしっかり抑えてくれたかどうかは、まだ分からない。
「あ、ああ。そーっと、優しくだぞ」
効果を確かめるため、シャルルはギュッと目を閉じているアテナの肩に、そっと触れる。
「ん、んんっ!」
するとまだ完全に効果が切れていないのか、アテナはわずかに声を上げた。
「ほら、もう少しだから我慢して。どうだ?」
「あ、ああああっ……! そ、そこは、ダメだっ!」
アテナは身体を震わせ、ガタガタとベッドが音を鳴らす。
一方メイドは全ての神経を左耳に集中し、呼吸を完全に殺す。
「それなら……ここはどう?」
シャルルは身体の末端から魔法薬の効果が切れていくはずだと予想して、腕をつかむ。
「ああっん!!」
反応を見て、確信する。
やはり、効果は薄れてきている。
「よし、あと少しだ」
「だ、ダメだっ! これ以上は……これ以上は……っ! あ、あああああっ……!」
必死にこらえるアテナ。
「ここここれ以上は、ななな何がダメなんですかあ――っ!?」
メイドは身体をドアと一体化させる。
そしてシャルルの手が、アテナの指にふれたところで――。
「ひゃああああああああ――――んっ!」
身体を大きく一度跳ねさせると、そのままベッドに倒れ込んだ。
どうやら【感度1000倍薬】の効果が消えるのには、もう少しだけ時間がかかるようだ。
また魔法薬自体は末端から効果が消えていくが、同時に身体の先端部分は敏感にもなっているらしい。
「効果自体は間違いなく落ち着いてきてる。少し休めば大丈夫そうだな」
シャルルはアテナの様子を見て、息をついた。
「た、大変……っ! まさか、まさかあの凛々しい騎士団長のアテナ様が――――っ!!」
一方メイドは顔を真っ赤にしながら、走り出していた。
たまらないドキドキ感、身体がソワソワする感覚。
こんなことを知ってしまったらもう、居ても立っても居られない。
「……ん?」
慌ただしい足音が聞こえて、立ち上がったシャルルがドアを開く。
「誰か、来てたのか?」
辺りを見回してみるが、そこにもうメイドはいない。
「まったく……今回は勝てたからいいようなものの、やはり魔法薬は危険だ! 私は二度と飲まないからな!」
そしてようやく魔法薬の効果が切れたアテナは、頬をふくらませながら怒りの声をあげたのだった。
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