第14話 ダズマンからの逃走!

「見つかった、逃げるぞ」

「お前がパンツを盗まなきゃ、バレることもなかったんだけどな!」


 手に入れた下着に浮かれて、罠を踏み抜いた怪盗。

 俺たちは逃走経路を求めて、二階廊下を駆ける。

 目的の【紅の宝玉】は、すでに手の中。

 あとは逃げ出すことにさえ成功すれば、万事問題なしだ!


「「っ!?」」


 しかし階段へと続く角を曲がったところで、聞こえた足音。

 見えたのは、一階から上がってくる若き悪徳貴族の姿。


「うわ、ヤバっ!」

「顔を見られたらマズい、これをかぶれ」


 そうか! 怪盗の片割れが俺だってことがバレても終わりだ!

 鉢合わせの危機に、俺は怪盗が突き出してきた赤い仮面を……って!


「これさっき盗んだパンツの一枚じゃねえか!」

「早くかぶれ」

「かぶるかあ!」

「レシールに顔を見られたら終わり。視界を確保しながら正体を隠すには、それしかない」

「……ああもうっ!」


 俺は仕方なく赤いパンツを被り、足を通す部分が目元にくるよう調整。

 そして、レシールとの邂逅を果たす。


「お前が噂の怪盗だな。そしてお仲間の…………変態」

「そんな! 俺の方が変態になってる!!」


 盗んだ下着の99%は、怪盗が所持してるのに!


「ひ、人のパンツをかぶっておいて、よくそんなに驚けるな……」


 顔を引きつらせる二十代後半くらいの銀髪女性は、気の強そうな眼をした美人。

 抜群のスタイルに、高級な赤カーテンを巻きつけたような格好をしている。

 間違いない。

 本編でも見た悪徳貴族、レシール・ダズマンだ。


「だが残念だったね、泥棒稼業はここまでだ」

「泥棒ではない。汚い手口で私腹を肥やす者を罰する――――義賊だ」


 そう言って怪盗は、レシールを指さした。

 ポケットが下着でパンパンじゃなければ、カッコいいんだろうけどなぁ。


「ふん、強者が弱者を虐げる。これが正しい世界の在り方だ。悪いのは、弱いヤツの存在そのものだ」

「言っとくけど、俺はお前の悪事を把握してるからな」


 ここで忘れずに、レシールに牽制を打っておく。


「ふん、変態ごときに何が分かる」

「変態って言うな! お前の狙いはならず者を帝国に引き込み、やがては魔族とつながる事だ!」

「なぜそれを……」

「相棒は、パンツをかぶれば持ち主のことが分かる能力者だ」

「適当な新設定を乗せてんじゃねえ!」

「この変態に、そんな能力が!?」

「お前も信じてんじゃねえよ! あと変態じゃないから!」

「……いいだろう。それならたっぷり拷問にかけた後、変態がどんな顔をしてるのか、たっぷり拝ませてもらおうじゃないか!」


 ぜ、絶対捕まれねえ……っ!


「あたしは用心深いんだ。逃げられるなんて思わないことだッ!」


 そう言ってレシールは、手にした宝珠を起動。

 するとダズマン邸の全体に、鳴り響く放送。


「緊急事態だ! 二階の怪盗たちを捕らえろ――――っ!」


 一瞬で慌ただしくなるダズマン邸。

 聞こえ出す荒い足音は、間違いなく私兵たちの集まる音だ。

 敷かれた、全力の包囲網。


「いくぞ」

「ああ!」


 俺たちは、一目散に駆け出した。

 一階へ降りる階段は諦めて、とにかく廊下をひた走る。

 するとその途中、曲がり角を駆けてきた私兵たちが現れた。


「いたぞ! 怪盗と……変態だ!」

「俺は変態じゃない!」


 その場で曲がり、ルートを変更。

 俺たちは広く長い廊下に躍り出る。


「こっちだ!」


 前方に見えたのは、こちらへ駆けてくる私兵たちの姿。


「【サンダーボルト】!」


 放つ雷撃の魔法は感電を起こし、私兵たちの動きをまとめて止めた。

 しかしここは二階の廊下が集まる『大通り』に当たるのか、すぐに新たな兵士が飛び出してくる。


「喰らえ! 不審者ども!」


 取り出した魔法珠に灯る、危険な輝き。


「【スティール】」


 しかし手にした魔法珠を先んじて盗み取った怪盗は、そのまま私兵を蹴り上げ打倒。

 奪った宝珠を、飛び出してきたやつらに投げつける。


「「「うおおおおおっ!!」」」


 風の炸裂に、転がる私兵たち。


「こっちだ! 敵は二人、急げ!」


 だがすぐに、新たな一団が登場。


「行こう! これ以上戦っても、数が増えるだけだ!」

「了解」


 俺たちは倒れた敵兵たちの横を通って、再び逃走を開始。

 仕掛けられた魔法珠から飛んでくる魔力の矢をかわしながら、廊下をひた走る。


「逃げ足が、俺より速い……!?」

「当たり前だろ! 捕まったら俺は、パンツ泥棒になっちまうんだぞ!」


 驚く怪盗の前に出た俺は、広大なダズマン邸の廊下を右へ左へ。

 私兵たちを遠ざけながら、外へ逃げ出すための道を探してひた走る。そして。


「……行き止まりだ」


 足を止める。

 視線の先にあったのは、二階の最果て。

 この辺りは物置にでも使われているのか、特徴のない扉が左右に並ぶのみ。


「しまった……!」

「どうした? まさか【紅の宝珠】を落としたのか!?」


 自分の身体をまさぐりながら、目を見開く怪盗に問いかける。


「パンツを何枚か落とした……!」

「それは要らねえから! ひろいに戻るんじゃない!」


 俺は踵を返そうとした怪盗の首根っこを、つかんで止める。


「いたぞ!」

「こっちだ!」


 すると俺たちを追ってきていた私兵の一団が、目の前に現れた。

 その数は、約二十人。

 狭い廊下に二人、追い込まれる形になってしまった。


「ここまでだな怪盗……そして変態」

「だから俺は変態じゃないんだって!」

「いいから、大人しくお縄につきやがれええええ――――っ!!」


 私兵たちは、剣を手に駆けてくる。

 さすがにこの人数差では、絶体絶命だ。


「……このまま行こう」

「了解した」


 俺たちは再び走り出し、加速していく。

 捕まれば終わりなんだ! 後は野となれ山となれ!

 充分な助走をつけた俺は、怪盗と共に行き止まりの窓に飛び込む!


「オラァァァァァァァァ――――ッ!!」


 そして窓ガラスを盛大に突き破り、空中へ。

 そのまま落下して、着地した先は……ダズマン邸一階の外庭か!

 いいぞ! 場所は悪くない!


「しまった! すぐ一階に向かえ!」


 魔法石の放つサーチライトが飛び交う中、俺たちは石壁を登って隣の貴族邸へ。

 そのまま屋根に上がって、全力疾走。


「逃げ切った! 逃げ切ったぞぉぉぉぉ――っ!!」


 聞こえてくる慌ただしい声を置き去りに、ダズマン邸からの逃走に成功した。


「……これでまた、困窮する者たちを助けることができる」


 そのまま街に入り込んでしまえば、もう捕まるはずもなし。

 安堵の息をついたついたところで、怪盗がつぶやいた。


「礼を言う。今回の成功は、魔導士の見事な援護があってこそだった」

「パンツを盗もうとしなければ、一人でも成功してたと思うけどな」

「そして帝国の未来を思う気持ちは互いに同じ。何かあれば、その時は力になると約束する」


 そう言って怪盗は、手を差し出してきた。


「ああ、その時は頼む」

「また会おう」


 握手をかわすと怪盗は踵を返し、夜の闇の中へと消えていった。


「……なんだか、とんでもない夜になったなぁ」


 それでも意外な仲間ができたのと、ダズマンの悪事をけん制できたのは大きな収穫だ。

 俺は大きな達成感に浸りながら、城内へ。


「お、おい、お前! そこで何をしている……っ!?」

「アテナ?」


 すると自室に帰る俺を見つけたアテナが、駆け寄ってきた。


「何って、部屋に帰ろうとしてるんだけど」

「う、嘘をつくな! さてはお前、何か良からぬことに加担しているな!」


 ギクッ。

 思わず息を飲む。

 さっきまで怪盗と一緒だった俺には、思い当たるフシしかない。

 もしかして、これが女の勘ってやつか?

 ……いや、違う。

 帰りが遅かったから、鎌をかけてるだけだ。

 ダズマン邸の事件を、城内にいたアテナが知っているはずがない。

 よってここは、毅然と否定することが重要!


「何もしてねえよ。飯食って帰ってきただけだ」

「嘘だ! き、貴様、一体裏で何をしているっ!」

「だから何もしてねえって! 言いがかりはやめろ!」


 始まるにらみ合い。

 それでも俺は、一歩も引かない。


「ならば……そ、それは何だ」


 するとアテナは、顔を赤くしながら俺を指さした。


「それ? それってなんだよ!?」

「あ、頭にかぶった、その下着は何だと聞いている!!」

「……あっ」


 ああああああああ――――っ!!

 しまった! かぶったまま取るのを忘れてた!


「怪盗の暗躍と共に、下着が盗まれる事件も相次いでいる。やはり貴様……何かを隠しているな!」


 ちょっと待て!

 下着泥棒の件で、むしろ怪盗とのつながりも怪しまれてるじゃねえか!

 あの野郎! 何がミスディレクション・スティールだよぉぉぉぉ――っ!!


「違う! これは違うんだ!」

「違うものか! 正体を表せ魔導士ィィィィ――っ!!」


 剣を手に、詰め寄ってくるアテナ。

 命をかけた逃走劇が、再び始まった。

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