第15話 聖女様
「今日のお肉、いかがでしたか?」
「うまかったよ。甘辛な味付けは、食が進んでいいよな」
「よかったです! また来てくださいね!」
「あいよ」
少し遅い昼をこの店で食べるのが、最近の定番。
「なんだかすっかり、常連客みたいになってきたなぁ」
俺は軽く片手を振って、酒場をあとにした。
「さて、今日はどこを歩いてみようか」
見てくれよ、この余裕。
前世では住んでいる街ですら、ろくに知らなかった。
でも歩いてみると、意外な発見があったりするんだよな。
こういう気ままな生活が、今の俺には本当に楽しい……っ!
そんなことを考えながら、帝国の片隅をぶらぶらしていると――。
「教会か……?」
たどりついたのは、俺の部屋からも見える帝国の教会。
白の壁に、あせた金色の十字架が飾られた大きな建物だ。
両開きの扉が開かれ、中には集まった数十人の信徒らしき者たち。
「雰囲気あるなぁ」
そこにいたのは、二十代前半くらいだろうか。
紺色のローブに白のフードをかぶった、白銀髪の女性。
美しい翠の瞳を静かに閉じ、手を組んだ。
「皆さまの一日に、祝福がありますように」
『神秘』と呼ばれる力を発動すると、聖なる光が広がっていく。
そして信徒らしき人たちの間に、安堵と喜びの入り混じった空気が生まれた。
「「「ああっ、聖女さま……っ」」」
あれが聖女様か……初めて見た。
フィナーレファンタジー6では名前しか出てこなかった聖女様に、思わず見とれてしまう。
ちょっとした集会みたいなものが終わったのか、口々に感謝の言葉を残して去っていく信徒たち。
聖女様は、優しい笑みを浮かべて見送る。
「……あんな人、本当に居るんだな」
所作も綺麗で、まさに清楚が服を着ているかのよう。
最後の信徒を見送った後、聖女様はホールの奥にある出入り口を使って、この場を後にする。
「……ん?」
その姿をぼんやり眺めていると、聖女様が何かを落とした。
気になって出入り口の方に向かうと、そこには髪留めらしき真鍮製の飾りが落ちていた。
「あっ、待って」
呼びかけるが、聖女様は止まらず教会内へ。
俺はかんざしのような髪留めを手に、後を追う。
「どこにいった……?」
辺りを見回しながら、廊下を進む。
すると、階段を上がっていくローブが見えた。
そのまま後に続くと、聖女様は廊下を進んだ先の部屋に入ったところだった。
とにかく、髪留めを渡すだけ渡しちゃおう。
そう決めて俺は、扉を開いた。
「…………」
思わず、その場に硬直する。
そこにあったのは雑に脱ぎ捨てられたローブと、パジャマの様なものを身に着けた白銀髪の女。
「今日も、終わったー!」
俺に気づかず、白銀髪の女はベッドに倒れ込んだ。
「やっぱ、ベッドの上が一番だよねー!」
そしてベッドに顔をうずめて一瞬沈黙し、ガバッと顔を上げる。
「今日はいただいたお酒もあるし、こっそり買ってきた手羽先に喰らいつきながら、一杯やってやるぞー! 真昼間から、聖女の宴じゃーい!」
そう言って、氷を入れた木箱に突っ込んだビン入りのビールを取りだすと、直飲みでノドを鳴らす。
「かあーっ! このアルコールが、喉から胃を焼いていく感じがたまらないんだよなぁー!」
口元を豪快に拭い、今度は皿に並んだ鶏肉に手を伸ばす。
「ふふ、手羽先さんよぉ。あなた聖女がお肉を食べないと思っているでしょう! でも喰らう! かっ食らう! 顔なんてタレでべったべたにしてやるよー! わたしはそんなの気にしない女! そしてビールを流し込む! ……ぷはああああっ!」
ギュッと強く目を閉じて、大げさに息をはく。
「ああー! もう一生これだけしてられれば良いのに! そうだ!」
それから名案とばかりに、手を強く叩いた。
「明日はパーッと、賭け事でもしにいって……」
そして、ドアの前に突っ立っていた俺と目が合った。
「…………」
聖女は硬直。
やがて右手の酒瓶をそっと置き、ベッドに腰かけたまま胸元で両手を握る。
そして、神々しい笑みを浮かべると――。
「迷える子羊、いかがなされましたか」
「もう無理だろ。まずはそのタレまみれの顔を拭け」
俺がそう言うと、聖女は深く息をつき、そっと立ち上がる。
「……そう、見ちゃったんだね」
そして真っ直ぐ俺の前にくると、まるで何かの覚悟を決めたかのような表情で、両手を上げる。そして。
「おねがいだから言わないでー!」
その場に土下座した。
「聖女ってイメージとか幻想がすごく大事なんだよー! だからこんな姿、知られるわけには――!」
「いや、まあ言わないけど」
「本当!? 約束したからね! 絶対に言ったらダメだよ! 口を滑らせたら浄化するから! なんか聖なる力に弱そうだし!」
「悪そうな顔してるからって、人を悪魔みたいに言うんじゃない」
さっきまでの清楚さはどこへやら、全力で詰め寄ってくる聖女に、俺はため息をつく。
すると、安堵の息をついた聖女は一転。
「……いや、ちょっと待ってよ」
何かを思い出したかのように、顔を上げた。
「何でこんなところに入り込んできてるの!? ていうかなんでこんな泥棒みたいなやつに、頭を下げなきゃいけないの!? そうだ! わたしが聖女の宴を開いていたことも、頭のおかしい泥棒の妄言ということにすれば、わたしのイメージは守られるよね!」
そう言って、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「悪く思わないでよ。こんなところに泥棒にきた、あなたが悪いんだから」
「いや、髪留めを落としていったから、渡そうと思って追いかけてきたんだよ」
「申し訳ありませんでした」
聖女、一分ぶり二度目の土下座を披露する。
それから髪留めを受け取ると、棒一本で長い銀髪をくるっと後頭部にまとめた。
なんだかいよいよ、仕事上がりの会社員みたいだ。
「これがないと落ち着かないんだよね、届けてくれてありがと」
そしてまたベッドに戻り、ビンからビールを直飲みして息をつくと――。
「あなたも一本食べる?」
手羽先を一つ、差し出してきた。
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