第16話 聖霊祭
帝国には、聖霊祭という大きなイベントがあるようだ。
教会主導で行われる祭は、街をあげての盛り上がりとなり、露店が並ぶ姿はとにかく賑やか。
辺りを見れば、各所に配置された騎士団員たちが、警備のために目を鋭く光らせている。
「なんで俺が……」
そんなわけで、人手の足りない騎士団。
団員として連れ出された俺は、露店でトウモロコシを焼いていた。
頭にハチマキ、腰にエプロンを巻き、ノルマまで課された俺に魔導士の威厳などなし。
「くださいな!」
「あれ、副団長。こんなところで何やってんだ?」
やって来たのは、明るい茶色のショートカットに、一房の寝ぐせが目印。
馬鹿力が売りの、サニー副団長だ。
「聖女様の講演が済んだから、護衛はしばらく休憩なんだっ」
そう言ってサニーはなんと、四本分の代金を渡してきた。
馬鹿力でアホで、そのうえ大食いなのか……いや待てよ。
「今なら五本で、小さいやつ一本オマケするぞ」
「本当!? じゃあ五本下さいっ!」
「十本なら、大きいやつ一本オマケだ」
「いいのーっ!? それなら十本いただきますっ!」
俺はハケでタレをササッと塗って、次々にトウモロコシを焼いていく。
散歩前の犬のようにワクワクしながら待っていたサニーは、できあがった焼きもろこしを両手の指の隙間に八本差し、口に一つくわえた。
残った二本は植物の葉を使った包みに入れて、脇に挟ませる。
「ありふぁとー!」
「毎度!」
鼻歌交じりのスキップで去っていくサニーを見送り、思わずもれる笑み。
「これでノルマは達成だ」
オマケ分の料金は、ポケットの小銭を出して調整しておく。
こうしてアテナに言われた売り上げノルマを達成した俺は、すぐさまくつろぎモード。
通りの端に腰を下ろし、のんびりと祭の賑わいを眺める。
「あれ、こんなところで何してんの?」
「……ん?」
視線を上げると、見覚えのある顔。
目深にかぶったフードを軽く持ち上げてみせたのは、聖女だった。
「講演の警備は任せられないから、露店をやれってさ」
「へえ、意外と似合ってるじゃない。サボってるならちょっと付き合ってよ。せっかくの聖霊祭なんだしさ」
「面倒くさい」
「いいから付き合ってよー。あなただったらもう色々バレちゃってるし、気兼ねなくていいでしょ?」
そう言って聖女は、俺のエプロンをつかんで急かしてくる。
……まあ、ちょっとくらいならいいか。
頼まれると弱い俺。
聖女に引かれるまま、賑わう大通りを進む。
「お仕事終わりの聖女様に何かおごってよ。がんばったわたしには、ご褒美が必要でしょ?」
「さてはお前、それが目的だな」
そこに見えてきたのは、果実酒やスイーツなどを売る露店。
「あっ!」
聖女は、さっそく走り出す。
並ぶ、色鮮やかな露店たち。
聖女はそれらに目を向けることもなく、完全スルー。
「まずはビールから! おつまみは焼き鳥! あとステーキ串も!」
「欲にまみれすぎだろ」
「仕方ないじゃん、ストレスすごいんだから! 相談のフリして人の身体をじろじろ見てくるヤツがいるんだけどね、そいつが聖女のことを、人の話を聞くだけの楽な仕事とか言うんだよ! そうそう! 相手が聖女なのにパンツの色とか聞いてくるヤツもいるの! そのせいで今じゃ普通に「はいはい白白」って! 私はもう大切な何かを失ってるんだよ! 乙女としての恥じらいみたいなものとか!」
「聖女のもとにガールズバー感覚で通うヤツか……確かにそれはヤバいな。で、何色なの?」
「白に決まってるでしょ」
「本当に恥じらいが失われてやがる」
俺は思い出し怒りを炸裂させている聖女の機嫌を、ビールと肉で取ることにした。
「くっはあああっ! 染みるぅぅぅぅぅ!」
「なんかもう、オッサンみたいだな」
歓喜の咆哮で、めくれそうになるフードを抑えてやる。
ステーキ串にかじりつき、ビールで流し込む姿はもう、酒場の中年冒険者のようだ。
「あっ」
突然聖女が、足を止めた。
そして焼き鳥を、一気に食べ尽くして走り出す。
その先にいたのは、賑やかな大通りの中で泣いている、一人の子供。
「どうしたのですか? もしかして、迷子になってしまったのですか?」
聖女がその場にしゃがんでたずねると、子供はこくりとうなずいた。
すると子供の手を握り、聖女は辺りを見回す。
「大丈夫ですよ。きっと……ほらいた!」
そしてきょろきょろと、心配そうな顔をして歩く母親らしき人を見つけて、声をかけにいく。
無事再会できて、安堵する母子。
「ありがとうございました!」
「……ありがとう、おねえちゃん」
「気を付けてくださいね」
フードからチラッと顔をのぞかせると、母親が驚きの表情を見せる。
まさか子供を連れてきてくれたのが、聖女だとは思わなかったんだろう。
親子に手を振って見送った聖女は、早足に戻ってきた。
「ね? 聖女様は大変なんだから」
人助けには、率先して行動。
遊ぶ時は深くフードをかぶって顔を隠し、聖女として守るべきところは守る。
「意外とこういうところは、ちゃんとしてんだな」
「15歳で急に能力が発現してから、あれよあれよと聖女になっちゃったんだけど、その割には結構がんばってるでしょ?」
聖女はそう言って、得意げに胸を張る。
「さあ次は、何を食べさせてもらおっかなぁ」
そして再び、並ぶ露天に目を向けたところで――。
「いたぞ」
「っ!?」
聞こえてきた声の方に、驚くほど早く振り返った。
そして真面目な表情で、踵を返す。
「付き合ってくれてありがとね! 急用ができたから、わたしはもう行かないと!」
そう言い残して、慌てて去っていく。
「後を追え、見失うなよ」
直後、再び聞こえてきた低い声。
ガラの悪い男たちが、俺の横を駆け抜けて行った。
「……なんだ、あいつら」
取り残された俺は、急な事態に困惑するしかない。すると。
「魔導士シャルル。こんなところで何をしている」
そこにやって来たのは、どこか慌てた感じのアテナだった。
「ノルマなら、もう終わったぞ」
「そんなことより、聖女様を見かけなかったか?」
「聖女? なんで?」
「聖女様を狙って動く、怪しい者たちの情報が入ってきた」
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