第17話 聖女の真実

 帝国の聖女は、ゲーム本編には出てこない。

 これだけ大きなお祭りの、ある意味主役のような存在なのに。


「見かけたらすぐ、近くの騎士団員に伝えるように」


 そう言い残して、アテナは走り去っていった。


「まさか、聖女が本編に出てこなかったのは……その前に何かが起きてしまったからか?」


 どこかへと、駆けて行った聖女。

 怪しい男たちが向かった方へ、俺は走り出す。

 その先にあったのは、裏路地へと続く道。

 踏み込めば、祭の喧騒が遠く聞こえるほどに静かだ。

 帝国には、悪人もいる。

 そしてその人物が、魔族とつながってる可能性もある。

 聖女の姿を探して路地を走り続けると、聞こえてきた慌ただしい足音。


「向こうか!」


 すぐさま後を追い、たどり着いたのは人気のない空き地。

 そこにはガラの悪い男たちに追い詰められた、聖女の姿があった。


「このまま連れていけ。こいつは金になるぞ」


 四人組の男たちはそう言って、聖女へにじり寄っていく。


「【ファイアボルト】!」

「ッ!?」


 俺の放った炎弾は男の鼻先を通り過ぎ、石壁に当たって弾け散った。


「なんだテメエ!」

「同業か?」

「違えわ! 顔で判断すんな!」

「どうだろうと見られちまった以上は仕方ねえ! まずはそのハチマキ野郎からやっちまえ!」

「「「おう!」」」


 男たちは一転して武器を構え、走り出す。


「伏せろ!」


 俺は右手を伸ばし、聖女がとっさにしゃがみ込んだのを確認。


「【テンペスト】!」


 放つ魔法は、魔導士シャルルが持つ風の魔法。

 男たちの前で弾けた緑の魔力弾は、暴風を巻き起こした。


「「「うおおおおっ!?」」」


 突然の風に吹き飛ばされた男たちは、狙い通り石壁に激突して倒れ伏す。


「チッ!! だが!」


 しかし反応の良いリーダー格の男は片ヒザを突き、防御態勢を取っていた。


「聖女を、人質に使えば――!」


 すぐさま起き上がり、聖女を盾にしようと動き出す。


「させるか! 【ウィンドボルト】!」

「ぐああああ――っ!」


 伸ばした手が、聖女をつかむ寸前。

 巻き起こった烈風が、男を弾き飛ばした。


「大丈夫か?」

「うん、ありがと」


 俺は聖女のもとに向かい、無事を確認して息をつく。


「聖女様、ご無事でしたか!」


 すると吹き荒れた暴風に気づいたのだろう騎士団員たちが、駆けつけてきた。

 先頭でやって来たのは、副団長の座を狙う下剋上団員レインだ。

 黒髪ツインテールの彼女はさっそく、倒れている男たちの顔を確認していく。


「間違いないわ。例の金貸しね」

「……金貸し?」

「街で問題になっている悪徳貸付業者。場合によっては覚えのない借金を捏造して、法外な利子を力づくで奪い取る。そんな悪行を続けているのよ」

「それじゃあ、借金をしてたわけじゃないのか?」


 俺が視線を向けると、聖女は首を振った。


「……病気の父親の治療費が必要だって、毎日お祈りに来ていた子供がいたの。だから個人的にこっそり……」

「なるほど、聖女様が表立って特定の誰かを助けてしまうような真似はできません。そのため裏で動いたというわけですね。そうしたらその業者が悪徳だったと」


 相手は犯罪者、そして借金の理由も真っ当。


「この件についてはこちらで処理しておきます。それと、これからはまず騎士団にご相談ください」


 レインはそれ以上聞こうとせず、部下と共に悪徳業者を連行。


「アテナ様、今すぐに貴方のもとへ向かいます……っ!」


 目を輝かせながら、路地裏を去っていった。

 とにかくこれで、聖女誘拐事件は解決と言っていいだろう。

 俺は思わず、安堵の息をつく。


「――――失礼いたします」

「っ!?」


 新たに現れた男たちの姿に、聖女が身体を大きく跳ねさせた。


「おい、今度は何だ?」

「貸したお金、返してもらいますよ」

「っ!? また悪徳の金貸し業者か!」


 借金は、一社だけじゃなかったのか。

 まさかの増援に、走り出す緊張。

 しかし金貸しの男は、大きく首を振る。


「悪徳だなんてとんでもない! 私たちは聖女様がお相手ということで、ほとんど利子もなしでお貸ししたんですよ? 最近問題になっている連中とは違います!」

「え、そうなの?」

「それに我々だって別に、やりたくて取り立てをしているわけではありません。これは業務。こちらにも生活がありますので」

「なるほど。でも少しだけ待ってくれよ。借りたのには理由があるんだ。それを聞けばもう少し待ってもらえると思う。今度は誰のために借りたんだ?」


 問いかけると、聖女はうつむいた。


「ほら、なんで借りたのか言ってやれって。今回も助けたい人とかがいたんだろ?」

「…………」

「言わないと、この人たちも納得できないだろ。ほら早く」

「…………賭け事」

「はい?」

「正確には……ポーカーかな?」

「連れて行ってくれ」

「ちょっと待って! 何度も話したよね! ストレスなの! 賭け事はストレス解消のためにやってることなんだよ! それにまとまったお金を返すためにやらされることって何だか知ってる? カニ漁だよ! 聖女にカニ漁なんてできるわけないじゃん!」

「うるさい、さっさと漁に行け」


 俺は確信した。

 本編に聖女が出てこなかったのは、カニ漁をしていたからだ。


「いやだああああ――っ! お願いだから助けてよ! わたしがいなくなったら、皆困るでしょう!?」


 泣き叫びながら、しがみついてくる聖女。

 これで聖女としては、本当に真面目だから困る。


「仕方ないだろ、自業自得なんだから」

「それならせめて付いてきてよぉぉぉぉ! わたし一人でなんて、絶対無理なんだからああああああっ!!」

「返済金額的には、五匹は取ってもらわないといけませんね」

「そんなのムリだよおおおおおお――っ!!」

「……え、五匹? 五匹でいいのか?」


 金貸しの意外な言葉に、俺は思わず聞き返す。


「クジュクリの浜で、カニを五匹ほど取る。これが業務になります」

「なんだよ、船に乗る形でもないのか」


 てっきり北海の荒波を浴びながら、命がけの漁をするんだと思ってた。

 これはおそらく、潮干狩りとか地引網みたいな形でカニを取るやつだろう。

 ただ、数が少なく貴重だから高額になるみたいなパターン。

 時間がかかるのが問題なんだったら、人数さえ増えれば早く終わるはずだ。


「……しかたねえなぁ。俺も行ってやるよ」

「本当!? ありがとう……ありがとうございますぅぅぅぅ!」


 泣きながら頭を下げる聖女。

 必要なカニは、五匹だけ。

 それなら、時間さえかければどうにでもなるだろう。

 俺は金貸しにこの件の他言無用を頼んだ上で、多重債務聖女を助けてやることにした。



   ◆



「うおおおおおおおお――――っ!?」

「きゃあああああああ――――っ!!」


 俺は聖女と、クジュクリの浜辺を全力で駆け回る。

 振り返ればそこには、ハサミを振り回しながら怒涛の勢いで追いかけてくるカニの姿。


「カニが、カニが……めちゃくちゃデケええええええ――――っ!」


 カニの大きさは、家一軒くらいある。

 どうやら帝国のカニ漁とは、こいつを捕らえることを言うらしい。


「こんなの五匹もつかまえろとか、カニ漁ヤバすぎだろォォォォ!!」

「ちょっと待って! 置いていかないで! あなた逃げ足の早さどうなってるのよー!? あっ」


 突然聞こえた間抜けな声に、振り返る。

 そこには、ハサミにつかまれた聖女の姿。


「聖女ぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」


 カニは捕えた聖女を、ブンブンと勢い良く振り回す。


「たっ、助けて! 助けてよ! お願いだから助けて! おねがい……だから……」

「聖女? おい、どうした聖女!?」

「なんか、気持ち悪くなってきたかも……」

「おいやめろ! そんな状況で吐いたら……お前……っ!」

「もう、無理……」

「うおおおおおお――――っ!?」


 カニの振り回しによって、陽光美しい海岸線にスプラッシュする聖女の吐しゃ物。


「吐き散らかすなよ! 汚ねえなぁ!」

「汚くないよ聖女なんだから! こんなのほぼ聖水で……っ! うええええええっ!!」

「ぎゃああああ――っ!! 馬鹿! こっちに来るなああああああ――――っ!!」


 広がる悲惨な光景に俺は、借金なんかするものじゃないと、あらためて心に刻み込んだのだった。

 ちなみにカニ漁は、その後なんとか五匹の捕獲に成功。

 俺は業者から特別に、『監督料』とかいう小遣いをもらった。

 明日は帝国酒場で、豪華な昼飯を楽しもうと思う。

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