第41話 騎士と魔導士

「これは、一体……」


 アテナは、不思議そうに自身の身体を見つめる。


「それが感度を1000倍にする魔法薬だ。敵の攻撃が、止まって見えるだろ?」


 実際は1000倍もあるのか分からないけど、とにかくそれくらいの勢いがある。だから。


「これなら、勝てる……っ!」

「バカな……っ!」


 攻撃を余裕でかわされ、驚きを見せるアルシエル。

 だが転生者である俺は、最初から知っていた。

 アルシエルに第二形態があることも、シャルルの魔法薬には使用者を強化するものがあることも!


「いくぞアテナ、もはやアルシエルなんか敵じゃない」

「……舐めるなよ、人間ども」


 俺の言葉にカチンときたのか、アルシエルは全身に力をみなぎらせる。


「余力を残しているのが、貴様たちだけだと思うなァァァァ――――ッ!!」


 きたっ!

 低空跳躍から、全力で叩きつける拳の一撃。

 地面を叩いた瞬間に大きな穴が開き、土煙が高く上がる。

 これを後方への冷静な跳躍で、かわしたアテナ。

 そこへ続くのは、尾による叩きつけだ。


「見える」


 しかし鞭のようにしなる尾の、斬撃のごとき攻撃も、わずか数センチのところで余裕の回避。

 次の瞬間、巻き起こる烈風。

 それはシンプルながらに超高火力の、【突撃】によるもの。

 大きな体躯で肩からぶつかりに来る一撃は、喰らえば数十メートルほど弾き飛ばされることになる。


「問題ない」


 だがアテナはこれを華麗な前方宙返り一つで、あっさりと飛び越えてみせた。

 ゲーム本編では、味方をまとめて弾き飛ばして高いダメージを与える技も、こうなれば形無しだ!


「……ならば、これでどうだァァァァァァ――――ッ!!」


 アルシエルは地面に、ブレーキ痕を残しながら急停止。

 雄叫びと共に振り返ると走り出し、その剛腕をさらに隆起させる。

 鋭い爪が、魔力で煌々と輝き出す。


「くるぞ……っ! 大技だ!」


 砂煙をあげるほどの突進から放つのは、【アンギスフラマ】

 アルシエルの、奥義の一つだ。

 低い位置から斜めに振り上げられる必殺の一撃は、荒々しい斬撃の軌跡を描き、容赦なくアテナを薙ぎ払う。しかし。


「甘い」


 その一撃をアテナは、剣を下から腕にぶつけることで軌道を変えてみせた。

 直後、爪から放たれた豪炎がド派手に燃え上がる。

 だがアテナに、ダメージはなし。


「貴様の攻撃はもう――――見切った」

「な、なんだと……ッ!?」


 アテナの言葉に、驚愕の表情を浮かべるアルシエル。

 攻守が、ここで入れ替わる。

 速い踏み込みから放つアテナの斬撃は、全て直撃。


「グゥッ!」

「【ターンエッジ】!」


 アルシエルが慌てて防御に回ったところに、放たれる往復の二連撃。

 ツバメ返しを思わせる高速の刃を、アルシエルは初撃こそ防御したものの、返す刃が直撃。

 必死に跳び下がり、距離を置こうとするが――。


「【ソニックブレード】!」


 斬撃の弧を放つ一撃が、さらにアルシエルを斬り裂いた。


「グアアアア――ッ!」

「このまま勝負を付けてやる!」


 剣を引き、追撃に駆けるアテナ。


「待て! アテナっ!」


 俺は思わず叫ぶ。

 アルシエルが取った特殊な体勢は、二つ目の奥義の前段階だ。

 両手を引き、発動する強烈な魔力。

 背負うような形で現れた大きな魔法陣に灯る、激しい光。


「……このまま勝負を付ける? それは不可能だ。なぜなら貴様を、308発の大炎弾が焼き尽くすからだ!」

「いや308時間どれだけ根に持ってんだよ!」

「――――【マグヌス・ゲヘナ】!」


 俺の声を無視して放たれる308発の豪炎弾は、全てが大型。

 その火力は、視界を真紅に染めるほど圧倒的だ。


「確かに恐ろしい一撃。だが」


 するとアテナは剣を鞘に納め、静かに息をついた。


「今なら、見える」


 そして、強い踏み込みと共に抜刀。


「ゆくぞ! ――――【ブレイドワルツ】!」


 放たれる剣撃は、高速の乱舞斬り。

 自らに迫る炎弾だけを見極め、踊るような振りで放たれる剣は、迫る豪炎弾の全てを真っ二つに斬り飛ばす。


「な、にっ!?」


 豪快に舞い散る火の粉の中、驚愕するアルシエル。

 気が付けば俺は、右手を掲げていた。


「ここだ! シャルル!」


 そして振り返ったアテナの視線に応えるかのように、必殺の魔法を放つ!


「【メギドフレイム】!」


 凝縮された炎弾は、天からアルシエルのもとへ一直線に降下。

 そのまま直撃して、夜空に豪快な炎を巻き上げる。

 アルシエルはその火力を前に、片ヒザをついた。


「やったか! ……あっ」


 うっかり口をついた、フラグ言葉にハッとする。

 アルシエルは片ヒザをついたまま、断末魔のごとき魔力弾を放った。

 大きな魔法を放ったばかりの俺は、反応が遅れた。

 ……ヤバい。

 これ、死ぬかも。

 迫る魔力の砲弾は、そのまま真っ直ぐ飛んできて――。


「させるかあっ!」


 駆け込んできたアテナの振り上げた剣に、ギリギリで斬り飛ばされた。


「クッ……! まさかこの我がたった二人の、時間も約束も守れないような人間どもに破れるとは……」


 最後の一撃を払われたアルシエルは、腕を地面についた。

 そして、ゆっくり砂となって消えていく。


「だが、決して忘れるな……貴様たち人間が悪の心を持つ限り、我は何度でも――」

「【グランフレア】」

「お、おい待てっ! せめて最後まで言わせろ! 308時間25分も待たせておいて、去り際は1分もくれないとかぐああああああああ――――っ!!」


 アルシエルはトドメの一撃に、キレながら消えていった。


「308時間も待たせたんだから、少しくらい待ってあげてもいいんじゃない?」


 俺は笑う聖女の言葉に、正直に応える。


「いやだよ、面倒くさいし」

「うわわわわ――っ! アルシエル様がやられちゃったあ――っ!!」


 一方、飛行で逃げ回りながら魔法隊と戦っていたサキュバスは、すでにボロボロ。

【テンプテーション】の効果も聖女に消去され、攻め手もない。

 これ以上の戦いは不可能と判断し、帝国の外へと逃げ去っていく。


「終わったか」


 それを見たアテナは喜ぶでもなく、クールに剣を払って鞘に納めた。


「騎士団、魔法隊の者はケガ人等の確認に回れ。またサキュバスに操られていた者で、体調不良がある者は申し出るように」

「「はいっ」」


 冷静に味方の無事を確認して、騎士団員たちに的確な指示を出し始める。


「最後はありがとな」


 俺はそんなアテナのもとに向かい、一言。


「魔法薬、大丈夫だっただろ?」


 そう言ってその肩にポンと、手を置いた。


「ひゃああああああああああ――――んっ!!」

「……あれ、アテナ?」


 大きく体を跳ねさせて、その場に座り込む赤面のアテナ。

 身体をビクビクさせながら、息を荒げている。

 そうか! 感度1000倍だと、身体もこんなに敏感になるのか!


「あ……ああ……っ」


 な、なんか……。


「――――えっろ」

「ッ!!」


 思わず、こぼれた声。

 アテナは目を潤ませたまま立ちあがると、怒りの視線を向けてきた。


「ア、アテナさん?」

「き、きしゃまあああああっ! よ、よよ、よくもこのようにゃ辱めを……!!」

「えっ!?」

「やはりきしゃまは信用できぬ! しゃては私を貶めて、帝国の武力を手にしようという魂胆だにゃああああっ!」

「ええええっ!?」


 アテナは叫んで、怒りの形相で剣を抜き払った。

 俺はすぐさま走り出す。


「いやいやそんなわけないだろ! 今回は相手が大物だったから仕方なくなんだよ!」

「待てっ! 今度という今度こそ、剣のしゃびにしてやる――っ!」


 剣を振り回しながら、後を追ってくるアテナ。


「あっ、すいません」


 前を通りかかった騎士団員と衝突。


「ひゃああああああああああ――――んっ!!」


 そのまま倒れ込み、再びビクビクし始めた。


「…………えっろ」


 帰宅の途に就く、町人たち。

 ケガ人等の発見に駆ける、騎士団員たち。

 とにかく俺たちはアルシエルに勝利し、大きな危機から帝国を守り抜くことに成功したのだった。

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