第40話 ぶつかり合い!
アルシエルとサキュバスの連携に加えて、【テンプテーション】にかかった下僕たちの進攻。
そんな最悪の状況下に現れて、魔法珠攻撃を打ち破ったのは怪盗だった。
その変わらぬクールなたたずまいには、頼もしさすら覚える。
俺たちは自然とうなずき合い、サキュバスに向かい合う。
「それじゃあ、いくか」
「承知」
これまで散々やってくれた分も、お返ししなきゃいけないよなぁ。
「残念だったなサキュバス。どうやら戦いの流れは――――変わっちまったようだぜ」
「【テンプテーション】」
「「ナタリアちゃん、ちゅき」」
「このバカ者どもがァァァァ――っ!!」
響き渡る、アテナの叫び声。
すみませんでした。
【テンプテーション】によくかかる男が、二人になっただけでした。
「ハッ! 目を覚ませ怪盗!」
「不覚」
俺が頬をパンパン叩くと、怪盗も我に返る。
魔法珠攻撃は、切り抜けることができた。
だがサキュバスの武器は、あくまでも【テンプテーション】だ。
「魔法珠の攻撃は破られちゃったかぁ……でもキミたちは、貴族相手にも攻撃を向けられるかな?」
「なにっ!?」
「みんな、おいでーっ!」
サキュバスのあげた号令。
すると俺たちの前にやって来たのは、明らかに身なりの良い男たち。
操られ状態の貴族たちの手には、作りの良い剣が握られてる。しかも。
「ナハール!」
その先頭にいるのは、ムラムラさき式部の相棒ナハール。
見ればその後ろには、製本を支えてくれた中年貴族まで!
「さあ、やっちゃえ!」
サキュバスが指示を出す。
すると貴族たちはそろって剣を掲げ、こちらに向かって歩き出した。
身内を人質に取られた俺には、どうすることもできない。
戦況は再び、魔族たちの方に傾き始める。
ちくしょう、こんなことって……!
敵の狡猾な戦い方に、俺が拳を握ったその瞬間だった。
「……どうしたの? 早く、早くやっちゃって!」
突然足を止めたナハールたちに、サキュバスが指示を繰り返す。
それでも、貴族たちは動かない。
「こと……わる」
「えっ?」
なんとナハールは、唇を噛みしめながらこれを拒否。
サキュバスは、我が目を疑う。
「断ると言っているのだ……! この男は我が人生を変えてくれた。シャルルに武器を向けるくらいなら……死んだほうがマシだ! 私は負けない! 我が相棒、シャルルのためにぃぃぃぃ――っ!」
するとそんな言葉に反応した貴族の男たちも、剣を地面に叩きつけた。
「「「ムラムラさき式部のためにぃぃぃぃぃぃ――――っ!!」」」
そして操られそうになる身体を、気合で押しとどめる。
「そんな! うそっ!? 何がそんなにさせるの――っ!?」
何て、何て熱いやつらなんだ……!
これだと俺の異常なまでの【テンプテーション】への弱さが、一層恥ずかしくなってくるんだけど!
思わず赤くなる顔。
でも……怪盗の登場から間違いなく、逆転の流れが始まってるぞ!
「【キュアーライト】!」
そんな中、さらに聞こえてきた声。
青白の柔らかな光が広がると、【テンプテーション】の影響下にあった20人ほどの男たちが、一斉に目を覚ます。
「聖女!?」
「シャルルさん。聖女の力、お貸しいたします」
やって来たのは、なんと聖女。
放つ聖なる光で、男たちの目を覚ましていく。
「そ、それでも【テンプテーション】自体は止められないよっ! 目が覚めたって、まとめてかけ直せばいいだけだからね!」
そう言ってサキュバスは、一気に魔力を限界まで高める。
「この街の皆を、まとめて誘惑してあげる――――!」
嘘だろ!? そんなことまでできるのかよ!
そして強烈な魅了の魔法が解放されそうになった、その瞬間。
「【フレイムストライク】!」
「誰っ!?」
飛んできた炎弾に、サキュバスは大慌てで屋根を転がり回避する。
「【ファイアバード】!」
「【…………】!」
「きゃあああっ!」
【フレイムストライク】を回避したところを狙い撃つ形で放たれた魔法が直撃し、サキュバスが転倒した。
「シャルル! こいつの相手は私たちに任せなさい!」
「そういうことですわ」
「こくこく」
「プラチナ! それにガーネットと副長も!」
杖を構える、魔法隊の三人。
いいぞ! これなら【テンプテーション】を使う余裕もなくなる!
「魔導士シャルルのために、これだけの人間が……?」
予想外の事態に、驚くアテナ。
俺はこの隙に、怪盗に声をかけておく。
「俺の部屋にある魔法薬を持ってきて欲しい。メイドちゃんに『効きすぎるやつ』と言えば分かるはずだ!」
「承知」
怪盗はすぐさま屋根に跳び上がり、城を目指して走り出した。
頼むぞ。
貴族のパーティで活躍して以来、魔法薬に興味津々のメイドちゃんなら知ってるはずだ!
「【極炎弾】!」
「くっ!」
一方ここまで、一人でアルシエルと戦っていたアテナ。
距離を取った戦いを強いられて、回避するばかりになっている。でも!
「【グランフレア】!」
「クッ!!」
俺の放った炎が、アルシエルの肩口をかすめていった。
ここからは二対一だ……いや!
「団長、シャルル君! まだだよっ!」
「ここです!」
聞こえた声に、顔を上げる。
屋根の上からアルシエルに飛び掛かっていくのは、レイン。
放つ細剣の振り降ろしが腕を斬り、アルシエルが思わずのけ反ったところに、飛んできたのはサニーの投じたデカい斧。
決死の回避を見せたアルシエルの真横に、そのまま突き刺さった。
「【グランフレア】!」
強引な回避は、隙を生む。
俺の放った業火の魔法は、体勢を崩していたアルシエルに直撃した。
いいぞ! 騎士団の連携が、良いオトリになってくれた!
「グゥゥゥゥッ……!」
大きく体勢を崩したアルシエルは、肩で息をし始める。
「どうやら、大勢は決まったようだな」
アテナはそう言って、剣を向けた。
フラグを立てたようにしか見えない、勝利宣言。
すると予想通り、アルシエルは笑い声をあげ始める。
「クックック。この我を308時間25分に渡って待たせた人間どもが、ふざけた口を利いたものだ……!」
「細かいやつだなぁ」
「お前だけには言われたくない! いいだろう……ならば貴様たちに、本物の地獄を見せてやるッ!」
「「ッ!!」」
神経質なアルシエルはその身体をさらに強化し、一回りの巨大化を果たす。
禍々しく長い角が鈍く光を帯び、その目が煌々と赤色に輝く。
それはアルシエルの、第二形態。
「終わりだ。人間どもォォォォッ!!」
「速いッ!?」
思わずアテナが声をあげるほどの、高速かつ強烈な接近。
低い軌道の飛び掛かりから放つ右爪の振り降ろしが地面を深く抉り、砂煙を巻き上げる。
これをどうにか回避したアテナに向け、アルシエルは左の爪を振り上げた。
「くっ!」
斬撃は、大きく空を裂く。
チェストアーマーに深い傷が刻まれ、前髪が散った。
アテナは下げた足に力を込め、剣による反撃を狙いに行くが――。
「ああああ――っ!」
続く尾の振り回しを喰らって、弾き飛ばされた。
その威力は高く、後方に転がったアテナは一転窮地に追い込まれる。
「【グランフレア】!」
俺はすぐさま、援護の炎弾でアルシエルをけん制。
「【フラマ・グレックス】」
反撃は、炎の鳥たちが群れを成して迫りくるというド派手な範囲攻撃。
炎鳥の群れは、【グランフレア】を打ち破って接近してくる。
「うおおおおお――――っ!?」
俺は一転、全力で逃走。
付近の建物にぶつかり炸裂した火の鳥たちが、次々にまばゆい炎を巻き起こす。
「い、一発も当たらないとは。あの魔導士、なんという回避能力だ……」
「今だっ!!」
この隙を突き、駆けて行くサニーたち。
「だが、これならどうだ?」
しかし両手を掲げたアルシエルは、そのままクロスする形で振り下ろす。
「「っ!?」」
巻き起こる空刃の嵐に、サニーたちはとっさの防御態勢。
するとアルシエルは振り下ろした手を大きく開き、魔力を容赦なく解き放つ。
「【マグナ・エルプティオ】!」
「ああああああ――――っ!」
「うわああああ――――っ!」
「ひゃああああ――――っ!」
猛烈な爆発が付近の建物を崩し、爆風に飛ばされたサニーたちが壁に叩きつけられる。
俺とアテナも、もつれあうようにして転がり倒れ込んだ。
「これが我が力だ。308時間25分に渡って我を待たせたことを、後悔しながら死んでゆけ、人間ども! フハハハハハハハ――ッ!!」
「くっ! 凄まじい強さだ。魔法で押されると、どうしても戦いが厳しくなる……っ!」
アルシエルの強烈な魔法攻撃を前に、アテナは悔しそうに拳を握る。
空刃乱舞からの爆破魔法は、一気に俺たちを窮地へと追い込んだ。
「……待たせた」
「間に合ったか!」
そこにやって来たのは、変わらずクールな怪盗。
いいぞ! 狙い通り、一発で目当ての魔法薬を持ってきてくれた!
俺はすぐに、アテナのもとへ駆け寄る。
「アテナ、これを飲め!」
「なんだ、これは?」
「魔法薬だ。こいつがあれば、この状況をひっくり返せる!」
「…………」
「アテナ?」
「そ、それなら、お前が飲めばいいではないか」
「こんなところで魔法薬嫌いを発揮すんな! それに俺が使うと、どこかで【テンプテーション】を受けちゃった時に危ないだろ!」
「だ、だが」
元来の魔法薬嫌い、魔導士シャルルという宿敵への警戒、そして放尿騎士未遂という過去のせいか、アテナは魔法薬を受け取らない。
「状況を考えろ! 勝つにはこれしかないんだよ!」
「ほ、本当に信じていいのだろうな」
「間違いない! これなら勝てるはずだ!」
「本当だな!」
「ああ! ここで裏切るヤツが、あんな不様に【テンプテーション】のオモチャにされると思うか?」
「…………」
脅威の説得力。
そーっと魔法薬を受け取ったアテナは、強く目を閉じる。
そしてそのまま、一気に全てを飲み干した。
「……どうだ?」
「っ!?」
するとその顔が、突然上気し始めた。
「……か、身体が熱い。燃えるように熱い……っ」
「よしきた、成功だ!」
「き、貴様っ! 私に……いったい私に何を飲ませたっ!?」
瞳を潤ませ、顔を真っ赤にしながら詰め寄ってくるアテナ。
俺はその魔法薬の効果を伝える。
「それは、感度が1000倍になる薬だ」
「なん……だと? い、いったいそれで、どうするつもりなんだっ!?」
「そんなの、決まってるだろ」
「隙だらけだぞ……人間どもォォォォ――ッ!!」
アルシエルはこの隙に、爆発的な加速でこちらに接近。
俺は下がり、場を開ける。
「死ぬがいいっ! 女騎士ッ!!」
「っ!?」
アルシエルは右手の爪を振り降ろし、続けて左の爪を振り上げる。
そこから、尾による回転撃へとつなぐ。
第二形態の攻撃に、一切の容赦なし。
しかしアテナはその全てを、わずかな挙動一つで完全回避した。さらに。
「【獄炎弾】!」
最後に放たれた灼熱の豪炎弾を、首の傾け一つでかわしてみせる。
「な……にッ!?」
驚異的な回避を見せられ、驚きを見せるアルシエル。
「どうなっているんだ、これは……」
俺は困惑しているアテナに、告げる。
「どうだアテナ。敵の動きが――――止まって見えるだろう?」
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