第29話 金欠仲間

「……金が、足りない」


 今日も今日とて、いつもの酒場に向かおうとしていた俺は気づいた。

 連日の外食や魔法薬作成の結果、手持ちの金がなくなってしまったことに。

 だが、最大の問題はこれだ。


「魔導士シャルルは、給金をもらってない……!」


 想定外だった。

 意見役という立場のシャルルは、帝国から一銭ももらっていない。

 まあ、皇帝から毎月お小遣い的に金をもらう悪役も嫌だけど。


「今日は完全に、ステーキ定食の口になってるのに……っ!」


 悪人とつながってる魔導士シャルルには、給金なんていらなかったのかもしれない。

 でも俺の自由気ままな帝国生活には、小遣いが必要だ。


「なんとかして、金を稼がないと」


 城内を歩きながら、考える。

 こういう時は、前世の知識を使った金策をするのが確実。

 前の世界にはあって、この世界に無いものとか、何かないだろうか……さて。


「「どうしたものか」」


 ……ん?

 城内で、偶然かぶった声。

 俺たちは、思わず互いを見合う。

 そこにいたのは、見知らぬ一人の中年男性。

 短い黒髪に蓄えたヒゲ、ゆったりとした布を巻いたような服装は、どこか古代ギリシャ人を思わせる。


「何か、困ってるのか?」

「ああ、私は画家をしているのだが……金がなくてな」


 なるほど、俺と同じか。


「これまで長きに渡って様々な絵を描いてきたのだが、もはや新たなアイデアは浮かばない。そこで貴族の肖像画を描くことで食いつないでいたのだが、肖像画など何枚も必要になるものではないからな。最近は稼ぎがなくて、食うのもギリギリの状態なんだ」

「そういうことか……」

「そのうえ最近は若手の良い画家が増えてきたからな……絵しか描けない私には、他にできる事もない」


 転職は簡単じゃない。

 かといって現状のままでは、困窮するだけ。

 それは確かに、厳しい問題だ。


「お前さんは、どうしたんだ?」

「ああ。どうやら俺は……ただ働きだったらしい」

「なんと……」


 二人、中庭のベンチに腰掛けため息をつく。

 どうして困窮する男は、最終的に公園のベンチにたどり着くんだろう。


「「さて、どうしたものか……」」


 思わず二人、空を仰ぐ。


「……いや、待てよ」


 その瞬間、不意に俺の脳裏に浮かんだ『前世』の記憶。


「あるぞ、金を稼ぐ方法!」

「うん……?」

「画家がいれば、できるはずだ!」

「なんだ? どういうことだ?」


 いぶかしそうに、俺を見る画家。


「漫画だよ! 漫画を作るんだ!」

「まんが……? それは一体なんだ」

「絵画と言えば、基本は一枚の絵で完成されてるだろ? 漫画は一枚で完結させず、絵を連続することで物語を表現するんだ。例えば絵を縦に四つ並べて、上から下に見ていくと物語が表現できないか?」

「なるほど、確かに」

「これを応用して、絵の連続で物語を読ませるという手法。これが漫画だ」

「……お、面白い。それは革新的だ!」


 やはりこの世界に、漫画の概念はないようだ。

 画家は、思わず息を飲むほど興奮する。


「だが、私には物語を作る才はないぞ」

「それは俺がやろう」


 前世では色々読み込んだし、ネタならたくさん出せる。

 やってやれないことは、ないはずだ。


「して、どんな話を描くのだ?」

「――――エロだ」

「エロ……?」

「そうだ、エロ漫画を作るんだ!」

「エロ漫画だと……ッ!?」


 画家はカッとその目を見開き、拳を強く握る。

 そうか、この画家はずっとお堅い絵を描いてきた可能性もある。

 そのプライドが、許さない可能性も――。


「その話、もっと詳しく聞かせてくれ!!」

「あ、怒ってるわけではないのか」


 ……俺には、ずっと疑問があった。

 それはこういう異世界において、『エロの供給』はどうなっているのかという点だ。

 これは重大な問題だろう。

 気軽に楽しめるエロがないというのは、冗談抜きで死活問題だ。


「さっき言った通り、漫画というのは物語を表現することができる。それならエロを楽しませることもできるはずだろう? だから様々なエロ物語を描き、そして」

「そして……?」

「本にして販売するんだ」

「そ、それは……大変なことになるのではないか!?」


 俺の計画を聞いた画家は、ワナワナと震え出した。


「例えば、暇を持て余した貴族令嬢と少年の戯れや、新人メイドと主人の許されない関係なんていうのはどうだ?」

「そんなもの、売れないはずがない……っ!!」

「幸いこの世界にはすでに、木版なんかを用いた印刷が確立されてる。できあがった漫画は木版に掘らせて印刷し、大量生産すればいい」

「すごい……っ! 考えるだけで血が、創作意欲が沸き立ってくるぞ!」


 ついに画家は、勢いよく立ち上がる。


「私はナハール・コルハナだ! 魔導士シャルルよ、よろしく頼む!」

「ああ! こちらこそ!」


 俺たちは握手を交わし、さっそく第一弾の作成に入ることにした。



   ◆



「あれは、魔導士シャルルか……?」


 城内を移動中だったアテナが見つけたのは、肩を落とし悩む一人の画家。

 そこに魔導士シャルルがやってきて、何やら話を聞き始めた。

 すると画家の男の表情が、みるみる活気を取り戻していく。


「悩める男の話を真剣に聞き、元気づけた。やはり魔導士シャルル、根は悪いやつではないのか……?」


 盛り上がるシャルルと画家の姿を見て、アテナはまたも困惑を深めるのだった。

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